無関係を装うには無理がある

 ブナッハへの説明にはそれほど時間はかからなかった。何しろ、これまで説明した通りのことを伝えるのだ。相手がリーンからブナッハに代わったからといって、物事の道理が変わるわけでもない。カイトの説明に、ブナッハから異論は出なかった。


「以上です。何か質問は?」

『大した質問ではありませんが、ひとつだけ』

「どうぞ」


 説明を終えると、ブナッハが軽く手を挙げた。

 どうやら動くつもりのようだ。発言を促す。


『移動の間に、削られた地表の環境が変化することは考えられませんか。例えば、微生物の分布など』

「ありえるでしょうね。再構築したあと、ただちに大きな影響が出るとは思えませんが、中長期的に環境が変化していく可能性はゼロとは言えないでしょう」

『そうですよね。環境が変わってしまったら、それは果たして惑星ラガーヴと言えるのか、私には判断がつきません』

「何か対案でも?」

『いえ。私の知性では良い方法は見当たりません。ですが、故郷が変貌する悲しみに関して、カイト三位市民エネク・ラギフのご意見はいかがかと思いまして』


 なるほど、これが狙いか。自分たちに同情的な反応をカイトが見せることで、自分たちの要望を通そうと思っていると見た。

 確かにこのプロジェクトに関わっているスタッフで、故郷を持っているのはカイトだけだ。テラポラパネシオは自分の故郷を覚えていないし、他のスタッフは連邦生まれ連邦育ちと聞いている。アシェイドは故郷に対する過度な思い入れを持たない人選をしたということだ。こういう反応を予測していたのか。


「残念ながら、特に何も。僕は故郷にも自分の種族にも特別な思い入れはありませんので」

『……は?』

「そうでなければ、テラポラパネシオに惑星の全権を委ねたりはしなかったでしょうね。僕たち地球人は、地球の運営に明確に失敗しました。本来なら星と一緒に滅ぶべきところを、幸運にも連邦に所属することが出来た。まあ、地球人の中には市民権を上げて地球に戻りたいと思う者もそれなりにいるでしょうけど……」

『あ、あなたは天然惑星で誕生したのではないのですか!?』

「ええ。ですが、僕は元来そういった感傷を持ち合わせていません。同情を惹きたいというなら、人選ミスですね」


 カイトをじっと睨みつけてくるブナッハ。こちらを探る目つきは、発言の真偽を疑っているからだろうか。

 と、座っているカイトの足元に球体型のエモーションが転がってきた。他の誰からも見えない位置で、メッセージを表示する。必要としていた情報を余すことなく確認して、カイトは軽く溜息をついた。事実を元に推測を補強する。思った以上に予想通りの結果だった。

 話題も丁度良い。向こうが言い逃れできないような罠を張ることにする。本人も決して気づかないだろう、小さく、そして致命的な罠を。


「僕が故郷をどう思っているかは問題ではないでしょう。故郷への郷愁をあなたから言われる筋合いはないと思いますが」

『私にとっても、惑星ラガーヴは故郷のようなものです。私は製造されたのは中央星団ですが、それ以降はずっとラガーヴで暮らしてきました』

「製造? あなたの故郷はそもそもここですよね、ブナッハ・ブーン低位市民ザザ・アムザ

『!?』


 場の空気はふたつに割れた。驚愕を顔に浮かべている者と、話題についていけていない者と。ブナッハは前者、リーンは後者だ。少し意外だった。


『な、なんのことですか。ブナッハ・ブーン? ひと違いでしょう。一体何を根拠にそんな』

「僕がツバンダの件に関わってすぐに、リーンさんが来た。僕はそれを、単なる偶然で片付ける程おめでたい頭はしていなくてね」

『そんなことで!?』


 もちろん、それだけではない。宇宙クラゲも話を聞きたそうにしているので、カイトは今しがた手に入れた、根拠となるデータを画面に表示する。


「うちの相棒は優秀でしてね。ある程度の情報を与えておけば、連邦の情報からでも必要なものを抜いて来てくれる。ブナッハ六位市民、あなたの思考パターンから、連邦の死亡者データに残っていたブナッハ・ブーン低位市民の思考パターンが検出されることについて、何か釈明はありますか」

『馬鹿なことを言わないでください、カイト三位市民! ブナッハは間違いなく機械知性です。ブナッハ・ブーン? 名前は似ていますけど、別人ですよ』

「ブナッハ・ブーンは全身の機械化を行った連邦市民です。つまり、思考パターンをデータ化している」

『!?』

「バットムテ元議員は、悪事を行うにあたって最も厄介なのはテラポラパネシオだと誰よりも理解していた。何しろ彼らは心を読む。彼らに読まれてしまっては秘密も何もあったものじゃない。だからこそ、かれはテラポラパネシオから心を読まれない私兵を必要としていた」


 全員の視線が、宇宙クラゲに向かう。視線の様子からすると、かれらが人の心を読めるという事実はあまり広く認知されているわけではないようだ。

 テラポラパネシオはあっけらかんと認めた。


『なるほど。我々から心を読まれないようにするには、カイト三位市民のように超能力を一定以上の水準に高めるか、全身機械化を果たすほかにない』

「そう。そして、僕が現れるまでは超能力はテラポラパネシオ以外は使いこなせないと思われていた。自然と、方法はひとつに絞られる」

『で、ですがブナッハにはこれまでそんな様子はまったく……』

「そうでしょうね。僕も少し前だったら気づかなかったでしょう。機械知性のブナッハ六位市民は実在していますから。ただ、その奥に隠れてブナッハ・ブーンが存在するだけで」

『……何故気づけた? 私は少なくとも今までに一度も表に出たことはないが』


 唐突に、声が変わった。ブナッハの少し高い声とは似ても似つかない、低く濁った声。ブナッハ・ブーンと人格を交替したと判断し、カイトは口許を笑みに歪めた。

 偶然ではあるが、似たような事例につい最近関わったばかりなのだ。


「アグアリエスの船には、船を管理する二種類の機械知性がいた。表と、裏。そんな事例を知っていたから、バットムテ元議員がそういう手を使ったかもしれないと思っただけさ」


 とはいえ、バットムテがそれを仕込んだ時には、アグアリエスの存在は連邦に知られていなかった。このアイデアは、何もヒントのない中でバットムテの協力者の誰かが思いついたということだ。随分と頭が切れる。

 ブナッハ・ブーンのような全身機械化を果たした連邦市民が、死を選択する。その一方で自分の核となる人格・思考部位を取り外し、ロールアウト直前だった機械知性のボディに組み込む。機械知性は自分の中に他の人格が存在することなど知る由もなく、それぞれの職務に精励する。その思考の一部を操られていることも分からないまま。


「単なる妄想で終らせちゃいけないからね、君らの関わりもちゃんと調べてある。惑星ラガーヴに存在する細菌の中に、ツバンダで使われている違法薬物を製造する上で必要不可欠なものがいた。どうやら惑星ラガーヴにしか存在しない種のようだ。大量にツバンダで運用されていたのも確認している。君が横流ししなければ不可能な量だ」

『そ、そうなのかブナッハ!?』

「元々あんたの役割は、リーンさんに近づいて細菌の横流しを秘密裏に行える立場を手に入れることだった。それは上手く行っていたが、問題がふたつ発生した。惑星ラガーヴがそう遠くない未来に破滅すること、そしてツバンダが検挙されたこと」


 おそらくカイトを敵に回すべきではないとバットムテは判断したのだろう。カイトとかれの間に面識はないが、議会の情報が手に入らないとも思えない。

 バットムテはテラポラパネシオの思考なら追えると思った。しかし、カイトの考えは情報が少なくて分からなかった。だからこそ、カイトとテラポラパネシオを抑えておける手を打った。


「惑星ラガーヴの件が僕に持ち込まれた時から、僕はあなた方の誰かが関わっていると疑っていたよ。あまりに持ち込んでくるタイミングが良すぎたからね」

『良すぎるとは? どういう意味だね、カイト三位市民』

「簡単なことですよ。惑星ラガーヴに恒星がニアミスするまで、あと何周期あります? 少なくとも百や二百じゃないはずだ。恒星接近の影響が出る前なのに、偶然ツバンダ星系の事件に僕が関わっているタイミングで、偶然僕とテラポラパネシオの付き合いに気付き、助けを求めることにした? そんな馬鹿な話、誰が信じると」

『確かに』


 ブナッハ・ブーンはカイトとテラポラパネシオの意識を事件から遠ざけたかったのだ。ブナッハがリーンのために宇宙クラゲとの伝手を探そうと思った辺りから、思考に干渉していたのかもしれない。

 そして、折を見てカイトと宇宙クラゲの関係性を目につくところに用意する。ブナッハはそれが自分の見つけた情報だと信じて疑わないまま、リーンに提案を寄せたわけだ。

 ブナッハ・ブーンがふいに笑い出す。


『そこまで見透かされているとはね。なるほど、あの方が警戒するわけだ』

「認めるのだね?」

『ああ。何があっても隠し通せとは言われていない』

『そんな。嘘だろう、ブナッハ! 君はずっと私を補佐してくれていたじゃないか』

『ええ、陛下。それはブナッハという機械知性の確かな真心でありましたよ。その後ろに私という別の人格があっただけで』


 何てことだと頭を抱えるリーンには今のところ用はない。ブナッハ・ブーンが簡単に認めたのは、ツバンダが崩壊したこともあるのだろう。最早ラガーヴ産の細菌は使い道がないのだ。彼の今の目的は会議を混乱させて、カイトとテラポラパネシオの一部をここに釘付けにし続けること。カイトはそれも踏まえて、問いかける。


「バットムテ元議員の居場所を知っているかい?」

『……いや、知らないな。知っていても言うわけにはいかないが』


 それはそうだろう。自分の生身を捨ててまで、バットムテに協力しているのだ。かなり忠誠心の高い配下だと分かる。だが、知らないというのもまた事実だと見た。機械知性の思考を読むのは簡単だ、専門の機械に繋げば良い。調べればすぐ分かるような嘘をつくとも思えなかった。


「最後の指令は、僕とテラポラパネシオを巻き込めって話かな」

『ああ。まさか最初から疑われていたとはね』

「僕とテラポラパネシオの間に地球のクラゲを噛ませたのが違和感の始まりだよ。テラポラパネシオの皆さんが地球のクラゲを溺愛しているなんて事実、知られたら彼らの弱点になり得る。そんな危険な情報を、市井にバカみたいに広めるわけがないからね」


 地球のクラゲのために、テラポラパネシオが狂乱したなんて話、知っているとしたら議員かその周辺くらいのはずだ。それを連邦から離れて内政に力を尽くしていた、連邦議会に伝手のない機械知性が知っていた。違和感しかない。

 ブナッハ・ブーンは少しばかり驚きに目を見開いたが、観念したのだろう、自嘲気味に天井を仰いだ。


『そうか。……いや、流石だカイト三位市民』

「急ぎ過ぎたね。もう少し時機をずらしていれば、僕も気づかなかっただろうさ」

『これだけ長時間あんたの足止めが出来たんだ、良しとするさ』


 遠からず、カイトはバットムテの捕縛に駆り出されることになるだろう。そう考えれば、カイトとテラポラパネシオの一部をこの場に引き付けられたのはブナッハ・ブーンの功績と言えるだろう。彼も十分バットムテに対して顔が立つというものだ。

 話が一段落したのを確認して、カイトは話を戻すことにした。


「で、だ。移転先はどこにするかね? リーンさんもいい加減呆けてないで、早めに決めてくれ」

『……は?』

「は、じゃないよ。近々あんたは拘束されるんだぜ、決めておいてもらわないとこっちまで滞ってしまうじゃないか」

『いや、しかし。私はバットムテ様の……』

「あんたがバットムテ元議員と関わりがあることと、この会議の議題には何の関係もない。違うかい」


 関係があることが分かった。バットムテ元議員の居場所は知らない。それだけ分かれば十分だ。

 惑星ラガーヴの移転プロジェクトは既に始まっているのだ。今更取りやめなんてことにしてはいけない。カイトの言葉に、ブナッハ・ブーンとリーンは表情を取り繕うことも出来ずに顔を見合わせるのだった。

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