中央星団休暇録
ツバンダ関連の裁判は随分と先の予定になってしまったが、護衛の役割が解かれたわけでもない。結果としてカイトは、中央星団で休暇を送るような形になっている。
「こないだ休暇をもらったばかりなんだけどね」
「結局アグアリエス事件に巻き込まれましたよ?」
「それはそうだけどさ」
エモーションの冷静なツッコミなど物ともせず、カイトはベッドの上で端末に目を落としている。
建前上は護衛なので、地球人の居住区をあまり離れるわけにもいかない。と言うより、そういう建前でないとテラポラパネシオから協力を求められるのが分かっているのでここに居るのだ。
かれらの今の関心事は、ラガーヴの成果をどう地球の場合に役立てるのかというシミュレーションにある。その為にも地球人であるカイトをアドバイザーとして招聘したがっており、カイトはそれを護衛にかこつけて断り続けているのだ。いかな傍若無人の宇宙クラゲといえど、連邦法は極力守る姿勢は崩していない。
ラガーヴの星系転出が一段落するか裁判が落ち着くまでは、カイトは地球人の居住区から出ない覚悟だ。
「お陰で久しぶりに活字に思う存分耽溺できるってものだよ」
「クインビーでも時々読んでいるではありませんか」
「本当に時々じゃないか。転移出来るってのも善し悪しだね。思ったより読む時間が取れない」
時間を気にせず、集中力の続く限り。読みたいだけ読むなんて贅沢な時間。この前はエモーションの希望を優先したが、今回はそもそも出歩くことさえ出来ない(ということにしている)。時々はこういう仕事も良いかもしれない。
「大丈夫ですか? 襲撃がないとは限りませんが」
「それは大丈夫。こちらも対策は万全だとも」
カイトは端末の活字に目を滑らせながら、右手を軽く振る。と、近くにあったテーブルがふわりと浮き上がった。いや、よく見るとこれはテーブルではなく。
「
「そ。これを居住区のタイルにいくつか偽装させてる。護衛対象の皆さんにも一人一枚ずつ関連付けてるから、初手から戦闘艇でも出してこない限りは大丈夫だと思うよ」
「いつの間にこんな技術を?」
「クインビーを使ってるとね、不思議と超能力が成長してる気がするんだよね。……怖くて調べてないけど」
ディ・キガイア・ザルモスを使っていたら超能力が成長した、なんて話は当の宇宙クラゲからも聞いたことはない。これがカイトだけの特質なのか、働きバチに浸透した自分の超能力の関係なのか、あるいは成長した気がすることも含めて気のせいなのか。どっちであっても厄介な話になりそうなので、カイトは調べないことに決めている。
エモーションの呆れたような視線を無視しつつ、カイトは端末に意識を戻す。エモーションの内部に保存されていた地球の著作もあるが、最近は連邦市民の著作物も時折購入している。
テーブルにしている働きバチの上には、貰い物の菓子が乗っている。時折引き寄せながら、口に放り込むのも超能力で。
「こんなふうにだらけていると知られたら、テラポラパネシオの皆さんが怒りませんか?」
「多分もう知ってるよ」
宇宙クラゲは今日も姿を隠して、地球人の居住区を護衛しているのだ。カイトの様子を知らないわけがない。それでも何も言ってこないところを見ると、現時点のラガーヴはカイトの発想もアドバイスも必要がない状況なのだ。
一応会議の司会を務めた手前、ラガーヴ引っ越しのスタッフたちから不定期に報告も上がって来ている。人工天体の建造は順調だが、引越先の恒星系の選定には手間取っているらしい。
「本当に必要なら声がかかるさ。それに」
「それに?」
「いい加減、僕ばかりが目立つのも良くないんじゃないかな」
テラポラパネシオの永年の望みを叶えただけでなく、地球の連邦参入、ザニガリゥ大船団壊滅、宇宙ウナギとの関係構築、アグアリエス事件の解決。最後のひとつはエモーションの功績が一番大きいが、カイトの活躍がなかったわけでもない。短期間で少々顔と名前を売り過ぎた。
意向の確認出来ていない地球人も残り少ない。カイトはそろそろ、売られた地球人の意向を確認し終わった後の自分のやりたいことについて目を向けなくてはならない。
「まずは連邦の色々な星を見て回りたいね。居住可能な天然惑星巡りも面白そうじゃないかい」
「そうですね。確かに気が早い……とは言えない状況になってきましたね。思ったより早く片付きそうで良かったです」
「連邦の皆さんには頭が上がらないよ」
当初はカイトとエモーション、クインビーだけでやろうと思っていたことだ。それなのに連邦の協力を得られたことで、随分と時間が短縮出来た。個人的には自分の功績など、協力してもらって短縮出来た時間を考えれば何ほどのこともないのだ。
しかし連邦側もきっと、自分たちの協力はカイトの功績の大きさに見合わないと言い出すのだろう。実際、テラポラパネシオなんかは盛んにそう喧伝している。
「お互い様というやつですね」
「うん。だからまあ、まずは連邦内を見て回りつつ、何かあったら協力するさ。それが大体終わったら、もっと遠くを見に行きたいね」
「もっと遠く、ですか」
「そう。銀河の外を見に行くのもいいかもしれない。別の銀河とか、浪漫じゃないか」
「そこでも厄介ごとに巻き込まれそうな気がしますね」
「ヤなこと言わないでくれる? 実際にそうなりそうだ」
寿命の問題から解き放たれたカイトは、興味を惹かれるままに生きるだけだ。楽しめそうなことなら山ほど思い浮かぶ。
「居住可能惑星のグルメにも興味あるよね。リティミエレさんの故郷の食事はちょっと勘弁して欲しいけど」
「ああ、それは楽しみですね。リティミエレ
アバキアでのトラウマを思い出したのだろう、珍しくエモーションが表情を分かりやすく歪める。地球人の味覚と同じような味覚を得てしまったことは、彼女にとって幸せなのか不幸なのか。
「たまには食事に行こうか。居住区では地球料理の再現が進んでいるらしいから」
「それは良いですね」
エモーションの表情が戻る。心なしか口調も明るくなった。彼女が人型のボディを手に入れたのは地球文明の崩壊後だから、地球の料理は知識だけで食べたことはなかったはずだ。
「何か食べてみたいものはあるかい?」
「そうですね。やはりシュクメルリでしょうか」
「あー……あるかな。どうだろ」
「調べますね」
相変わらず、食に関しては率先して動く。虚空を睨んで、何らかのネットワークにアクセスしているようだ。
「見つかりました。地球人の評価も良好です。これは期待できそうですね!」
「それは良かった」
肉体改造によって、カイトの肉体は極めて燃費が良くなっている。食事に関してはこだわりがない性格のせいか、特に趣味に没頭している時こそ食事を飛ばすことが多い。宇宙監獄収監中も、エモーションによる管理がなければ栄養バランスが乱れて健康を維持出来てはいなかったというのは両者ともに共通した見解だ。
特に準備も必要ない。端末を置いて、そのまま外へ。エモーションがカイトを急かすように先を歩き出した。
人間と機械知性の関係性が逆転しているような気もするが、これこそがカイトとエモーションのふたりらしさなのだ。
「ほら、店は別に逃げないよ」
「食材は逃げます。急がないと品切れになるかもしれないではないですか!」
「そうなったらそうなったで、別のものを食べれば良いじゃないか」
「いいえ、決めたからにはシュクメルリの舌になっているのです! 何故キャプテンはそういう時ばかりロマンを解さないのですか!?」
「普通、それは僕が言う側なんじゃないかなあ」
エモーションの小言もいつも通り。
地球人の居住区画は、今日も何事もなく平和だった。
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