ラガーヴ退去指令

 惑星ラガーヴには、現時点で知性体がまだそれなりに残っている。リーンから委任されたブナッハは、住民たちがつつがなくラガーヴから退去できるように準備を進めつつ、一向に連絡のないリーンを心配していた。


「陛下は上手く接触出来ただろうか」


 今日もまた、一隻の船がラガーヴを出た。居住用の人工天体へと移るのだ。それぞれがラガーヴの思い出となりそうな荷物を持って。ラガーヴの民は、自分たちの星への愛着が極めて強い種族なのだ。

 ブナッハが唯一懸念を持っていたとすればそこだ。極めて求心力の強いリーン王であるが、それはラガーヴという星への強い愛情から来ている。その救援のために、連邦議会に幾度となく陳情をしたほどだ。惑星ラガーヴへの愛着が表に出過ぎれば、連邦のリスクなど考えもしないだろう。

 連邦上層部の、ラガーヴへの評価は低いはずだ。それを理解しているブナッハだがリーンにそれを伝えることは出来なかった。結局、リーン以外が王であっても同じ問題が起きるからだ。この愛着の強さは、ラガーヴに住む知性体が等しく罹る悪い病気としか言いようがない。

 と。


『ブナッハ』


 リーンの私室に設置されている端末から、ずっと待っていた主からの連絡がきた。端末の前に急いで移動して、ブナッハはリーンの顔を見た。どことなくやつれているような。

 随分と交渉は手ごわかったと見える。ブナッハはリーンを労わるのではなく、まずは結果を確認することにした。おそらく本人もそれを望んでいるだろうと、永い付き合いだけに分かっていたからだ。


「ご首尾は」

『テラポラパネシオの協力を得られる運びとなった』

「おお! 素晴らしい」


 ブナッハは喜びを遠慮なく言葉にした。だが、リーンの表情は冴えない。

 顔が曇っているのは、疲れだけではないらしい。


『お前の言うとおり、カイト三位市民エネク・ラギフに仲介を依頼した。確かに彼にはテラポラパネシオを動かすだけの力があったようだ』

「良かった、私の集めた情報は間違っていなかったようですね。それで、どうされたのです? 首尾よく行ったにしては、お顔の色が優れませんが」

『む、そうか? ならば、中てられたのかもしれん。あのアースリングは、恐ろしい人物だったからな』

「はあ……?」


 そう言いながら眉間を揉むリーンに、ブナッハは生返事で返した。よく分からないが、何か特別な経験でもしたのだろうか。

 テラポラパネシオが自分たちに似た生物を探している、という噂はまことしやかに囁かれていた連邦のゴシップだ。ブナッハが手に入れた情報では、アースリングの故郷である惑星『地球』に、偶然にもテラポラパネシオが探し求めていた生物が生存していた。カイトは連邦に最初に接触した時に、その情報をテラポラパネシオに提供して貸しを作ったという。

 連邦最大の実力者に最初から貸しを作れるなど、幸運なこともあるとブナッハは思ったものだ。今回の件も、惑星ラガーヴの状況に地球が置かれたら、という側面で話をすれば乗って来ると判断したのだ。

 リーンは口下手なところもあるので、最初から上手くいくとは思っていなかった。最初は顔つなぎだけをして、その後に入れ知恵するつもりだったのだ。だが、リーンと少し話をしただけでテラポラパネシオを動かせるところまで話を進めた。

 どうやらカイト三位市民というアースリングはただ幸運なだけではなく、それなりに知恵も回る人物らしい。ブナッハはカイトというアースリングへの評価を少し高めた。


「それで、どのような協力をいただけることになったのですか」

『……連邦議会の承認を得て、新しい技術を試す場としてラガーヴを提供することになった』

「はぁ!?」


 あまりに突拍子もない内容に、ブナッハは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


***


 連邦議会からの正式な書類が届いたことで、ブナッハはリーンの荒唐無稽な説明を否応なく信じる羽目になった。

 これまでどれほど陳情しても、根回しをしても頑として動かなかった議会が。連邦法や過去の事例を盾に突っぱねてきた議員たちが。カイト三位市民というフィルターを通すだけでこれほどまでに協力的になるとは。

 ブナッハは思わず、連邦の市民名簿で公開されているカイトのプロフィールを再度確認してしまった。間違いなく連邦に参加してから日が浅い。地球という惑星が連邦に参入した時期を考えても、とてもそんな人脈を構築できる時間があったとは思えないのだが。


「アシェイド議員が議会に働きかけ、ですか。そして、今回提起された技術でラガーヴの難局をしのぐことが出来れば、その方法を連邦の名前で公開すると」

『ああ。既に作業責任者たちとの面談も済んでいる。順調だよ、呆れるほどにな』


 リーンが自嘲気味に吐き捨てた。無力感が強いのだろう、何しろ既に事態はラガーヴ側から離れつつある。何も出来なかった、出来ないということをこれほど明確に突きつけられることも今までなかっただろう。

 だが、考え方を変えれば責任の所在が自分たちから外れたと見ることもできる。もし失敗したとしても、リーンの失政ではなく連邦の失敗となる。リーンの求心力は落ちないだろう。


「ところで、その新しい技術というのはどういうものなのですか。書面には記されていませんでしたが」

『……そのことだが』


 一段とリーンの表情が曇った。

 何だろう、リーンはこの方法を不本意だと思っているようだ。渋面を作って、数回の深呼吸。


『惑星ラガーヴを、ラガーヴ恒星系から離脱させる』

「……は?」

『惑星ラガーヴを別の恒星系に移動させるということだ』

「馬鹿な!?」


 思わずブナッハも怒鳴っていた。リーンが不本意だと思うのも理解できる。惑星を他の恒星系に移すなんて、これまで誰も考えもしなかった方法だ。

 恒星からの光量、周辺惑星の重力干渉。ぱっと考え付くだけでも、ラガーヴの生物が絶滅する理由が複数思いついてしまうような話だ。だが、リーンが不本意を主張しても結論は変わらなかった。

 つまり連邦議会はこれを実現可能だと考えている?


『ラガーヴの生物に関しては、事前に連邦が用意した人工天体で回収・保全することになる。これは土壌や河川、大気も含まれるとのことだ』

「ラガーヴの表面を削るということですか!」

『そうだ。環境の変化には配慮するが、絶対ではない。土壌の性質が激変するおそれもある』

「断ることは出来ませんか。あまりに荒唐無稽が過ぎますし、その結果ラガーヴの生態系が崩れてしまっては」


 ブナッハの言葉に、リーンは力なく首を横に振った。

 どうやら同じことをリーンも訴えたようだ。だが、結果としてこの書類が届いているということは、リーンの反論は届かなかったのだろう。

 方法論としてブナッハが考えていたのは、巨大な障壁の展開による惑星の防衛だった。テラポラパネシオの協力が得られれば、成功率は各段に跳ね上がる。それを期待していたのだが。


『無理だ。恒星系のニアミスであれば防ぎようはあると言質は取れた。だが、恒星の衝突にまで事態が発展した場合、惑星ラガーヴだけでなく障壁を展開した個体まで消し飛ぶ。そのようなリスクは負えないと言われた。私も同意見ではある』

「しかし……!」


 ブナッハも食い下がる。連邦議会の横暴だと訴えることも考えたが、訴えた先が連邦議会になることを考えるとあまり意味はないかもしれない。


『どちらにしろ、この提案を蹴れば連邦議会はラガーヴから手を引くことになる。当然、テラポラパネシオの協力も白紙だ』

「むしろそちらの方が良いのではありませんか」


 こちらの言葉には多少の怒気が入ったかもしれない。だが、リーンの心には響かなかったようだ。ゆっくりと疲れたように頭を振り、のったりと告げる。


『そうなれば、結局ラガーヴは低くない確率で滅ぶことになる。やらなくても失敗しても滅ぶなら、成功する可能性に懸けてみるしかないのだろうな』

「陛下……」


 その結論を出すまでに、どれほどの葛藤があったことか。

 リーンの表情が曇っている原因は、何よりこの葛藤だったか。ブナッハは不満や不信を押し殺して、ことさらに明るく告げた。


「分かりました。それでは早急に民衆の転出を完了させます」

『頼む。それと、頼みがあるのだ』

「何でしょうか?」

『出来るだけ詳細な、現在のラガーヴの状態を記録しておいてほしい。惑星の転出が成功した後、環境の整備に使うそうだ』

「承りました。余すことなく」

『頼む。……惑星の転出に成功しても失敗しても、その記録さえ残っていれば民の心も慰められるだろう』

「……必ず」


 悲しいほどに痛々しい、王の笑顔。それを直視することが出来ず、ブナッハは思わず頭を下げた。

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