引っ越し作戦の課題
ラガーヴ引っ越し作戦、開幕
さて、リーンの腹も決まったことで、正式にラガーヴの別恒星系への引っ越しは行われる運びとなった。連邦議会でも採択が行われ、カイトのアイデアが成功した暁には惑星転出という新しい技術が世に発表されることになる。
そんなわけで、カイトは今回の作戦を実行に移すチームと顔合わせをすることになった。今回の引っ越しにカイトは関わらない。あくまでアイデアを出した立場としてアドバイザー格での参加に留まる。
裁判が行われていない以上、カイトの最優先すべき役割はあくまでも証人となる地球人の護衛なのだ。テラポラパネシオが手伝ってくれることになったのである程度は気楽な立場になったが、任された仕事を最後まできっちりとやり切るのは当然のことだ。
「よろしくお願いします」
『よろしく頼む、カイト
部屋のモニターが一気に増設され、十台ほどになっている。端末の性能で空中に投影することも出来るのだが、部屋には実体モニターを置いておきたいのは地球人としてのカイトの性なのかもしれない。
それぞれに自己紹介を終えたところで、カイトは課題の洗い出しを始めることにした。プロジェクトリーダーはテラポラパネシオのはずなのだが、何故か今の時点で会議を進めようとしない。折角の機会だからとカイトを司会に指名したのだ。何が折角なのだろう。
ごねても仕方ないので、収容のための人工天体の責任者であるェマリモレスに問いかける。
「結局、必要な人工天体はいくつになる見通しですか」
『三十基を予定している。扱いは惑星の全量採掘ではなく表面採掘となるので、少々少なくても大丈夫だろうという判断だ』
「そうなのですね。すべて現時点で稼働しているものですか?」
『いや、十基は新造となる。なにしろ、惑星の動植物をすべて搭載しなくてはならないからね。動物に対しては無理のない範囲での冬眠措置を取る予定だが、植物に関してはどうしたものか悩んでいる』
『公社の知恵を借りてはどうだろう? パルネスブロージァ社長は思考型植物だ、何か良い知見を持っているかもしれない』
『確かに。後でアポイントを取ってみよう』
パルネスブロージァのことだから、うちも協力するから後でマニュアルの共有を、とか言い出しそうだ。
しかし、人工天体二十基が既にあるとは驚きだった。いや、ェマリモレスの言い方からすると、残りの十基は特別製なのかもしれない。人工天体を余らせているのは良いのか悪いのか。
と、そんなカイトの思考を読んだのか、ェマリモレスが苦笑するような気配を漏らす。
『カイト三位市民は心配性だな。今回使う予定の人工天体は、連邦がまだ資源の問題を解決出来ていなかった頃、生命のいない惑星から資源を採取・運搬するために使われたものだ。かなりの旧式ではあるが、数だけは多くてね』
「なるほど」
『ゾドギアのように元々惑星観察のために造られた人工天体もあるが、そうだな……君が関わったものだとトラルタンは資源採取用の人工天体を改修したものだよ』
カイトが出会った時点で、連邦は寿命と資源の問題から解き放たれていた。忘れてしまいがちだが、連邦にも資源を採掘に頼っていた時代はあったのだ。
人工天体はその頃が最も多く建造されており、当初の役割を終えた人工天体は解体されることもなくそれぞれ保管されているらしい。今回のように、何か必要があった時に改修して使うために。
「無用な心配でしたね。それでは人工天体の件は問題ないとして、引っ越し先の選定について」
『それについては我々から』
アームを挙げたのは、機械知性のコロルケロルだ。
こちらは実働はしないが、連邦の勢力圏内に無数にある恒星系のデータを調べるのが役目だ。機械知性のチームは五名。惑星ラガーヴが移動する先だけでなく、移動した後の引っ越し先の恒星系に与える影響も精査することになっている。
『惑星ラガーヴの周期環境データから、恒星、恒星系惑星による影響が許容値となる恒星系を現在探しています。条件としては第一に生命のいない恒星系、第二に恒星そのものの寿命が永いこと。この条件で発見出来なかった場合は、生命のいる恒星系を探索範囲に広げる予定です』
「調査条件に異論のある方はいますか?」
問いかけるが、特に反応はない。コロルケロルの方針は妥当だと考えられているようだ。と、コロルケロルが代わりにとェマリモレスに質問をぶつける。
『ェマリモレス
『どこまでとは?』
『菌類などの扱いについてです。採掘により表出する可能性や絶滅のおそれがありますが、その辺りの保全については』
『……それについては有識者の判断を求めることになるだろう』
『了解です。採掘による環境変化により、移動中の土壌性質が変化する可能性も考慮の必要があります。移動が上手く行っても、その後の生物相が根付かなければ意味がありませんから』
『その懸念は理解している。表面土壌は植物の移動のためにも、深層土壌と分けて運ぶ方針だ』
『安心とは宣言できませんが、対応する予定があるならば不要な仮定でした。了解です』
専門的な話をぶつけ合う両者。と、ラガーヴの代表として会議を傍聴しているリーンが手を挙げた。質問したいらしい。
「リーン
『はい。質問なのですが……せめて、人工天体内部の時間を停止させて運ぶことは出来ませんか。それならば土壌環境の保全などの必要はないのでは』
リーンの言葉に、周囲の空気が冷えたような気配。カイトも気にはなっていた。リーンと同じ理由ではなく、カイトの場合はテラポラパネシオから聞いた話がどの程度連邦内部に浸透しているのかを確認したいという意味で。
時間操作の技術は連邦にとって禁忌だ。テラポラパネシオたちは出来てしまうというが、かれらの力を借りない時間遡行はこれまでにも行われた事例はある。リーンは中央星団と縁が薄いようだし、その辺りの知識共有が出来ていなかったのかもしれない。
最初に反応したのはェマリモレスだった。声のトーンが随分と低い。
『正気でそれを言っていますか、リーン四位市民。時間干渉は随分と昔に連邦法で禁忌とされた技術ですよ。それを公式の場で口にするなど……』
『その通りです。そんなことを言った時点で、プロジェクト自体が凍結されても不思議ではありません。カイト三位市民、私はこのプロジェクトへの疑義を提起します』
思った以上に反発は大きかった。ェマリモレスだけでなく、他のスタッフも厳しい目をリーンに向けている。
カイトは自分も興味を持っていた手前、多少の気まずさを抱えながら答える。
「落ち着いてください。このプロジェクトは、天体現象により滅亡の可能性がある惑星を救うための手段の模索です。より厳密に惑星環境を保全するために、時間干渉の可能性に言及したくなるのは理解できます」
『しかし』
『カイト三位市民も時間干渉の被害者ではないですか。そのような方の前でこんな無責任な発言、許せません』
その言葉に、リーンは潰れてしまいそうなほど小さくなった。カイトのこともよく知らないようだったから、地球人が時間干渉によって生まれた種族だという知識はなかったのだろう。
苦笑を漏らしつつ、いやいやと手を振る。
「被害者と言いましても、それがなければ僕たちは今ここに存在すらしていなかったわけですから。時間干渉の被害については実感がなくて」
『それはそうかもしれませんが……』
「僕たちは自分たちが被害者だという自覚はありません。恨みや怒りがあるはずの本来の被害者たちは、生まれてくることすら出来なかった。本来の被害者に代わって居場所を得てしまった僕たちが不満を口にするべきではない。そう思っています」
カイトの言葉に、怒りを露わにしていたスタッフたちは何やら感じ入ったような様子だった。
とはいえ。リーンに対する印象が良くなるわけでもない。これからのためにも、一応叱責をしておくことにする。
「リーン四位市民」
『は、はい!』
「時間干渉は、僕たちみたいな生まれ方をする者が発生する技術です。僕たちは本来地球という星に発生するはずだった命を上書きする形で生まれました。時間干渉にはそういう罪深い側面があるんです。あまり軽々しく口にされるべきではないかと」
『わ、分かりました。申し訳ありません』
リーンも反省したようだ。必死に謝ってくる。
それを見て、多少は気持ちも落ち着いたのだろう。冷え込んだ空気が少し和らいだ。カイトはここぞと口許を緩め、静かに宣言した。
「今回の発言については、問題はありましたが不問とします。禁忌も含めたあらゆる方法を模索する上で、必要なものだったと判断しました。皆さんもそのように」
『……仕方ありませんね』
『被害者であるカイト三位市民がそう仰るのであれば』
「ただしリーン四位市民。結論は出ましたので、今後この件について同様の要望を提出することは禁止します。よろしいですね?」
『勿論です。二度と言いません』
「結構」
カイトはちらりと、モニターに映るテラポラパネシオに目を向ける。
何を考えているのか、ゆらゆらと揺れるその様子から読み取ることは出来そうになかった。
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