一方そのころ
バットムテ・エギラメフティオ・セメノーンはセメノーン星系では最も知られた人物である。連邦議会の議長であった時期もあり、三十五周期前に退くまでは極めて長期にわたり連邦議員を務めていた。その性格は温厚実直、清廉を絵に描いたような人柄と評判も良かった。
バットムテがツバンダ星系の運営に関わるようになったのは、私欲からのことではない。氏族の中でも不出来なヘズモダがツバンダ星系の人工天体の設立に出資していたことが発覚したからだ。
本来ならばバットムテがヘズモダを処罰し、ことを明らかにしていれば済んだ話であった。だが、ヘズモダがセメノーンの大きな規模の氏族出身で、族長の直系であることが問題をややこしくした。
ヘズモダの曽祖父にあたる氏族長は曾孫を溺愛していた。何とか穏当な解決をと、バットムテに依頼したのだ。バットムテがセメノーンの氏族の中では小さい氏族の出身だったことも問題だった。言外に自らの氏族を人質に取られたからだ。連邦内の正義と、氏族の無事。バットムテはその日、連邦の正義に背を向けた。
「……つくづく、政治などをやるならば、家庭や縁故を捨ててから臨むべきだと思うよ」
「バットムテ師。今からでも議会に赦しを請うのはいかがでしょうか」
側近の言葉に、バットムテは溜息ひとつで却下した。
ヘズモダの氏族は、バットムテの手によって解体されて散り散りとなった。ヘズモダは失意の中で永遠の安息を選び、氏族としては滅びを迎えている。それには随分と時間と手間がかかった。
ヘズモダをツバンダから引き離すと同時にツバンダの実権を握り、その力を駆使してヘズモダの氏族を様々な手段で圧迫したのだ。正道から引きずり降ろされたことへの怒りもあったが、何よりもこれ以上妙な動きをされればセメノーンの立場にも関わるという危機感が強かった。
連邦内ではヘズモダの悪名はそれほど伝わっていなかったが、セメノーンの内部では相当の不安があった。バットムテが悪事に手を染めてヘズモダを排除したことはセメノーンでは公然の秘密であり、それでもバットムテを恨む者は殆どいなかったことからも分かる。
「難しいですか」
「テラポラパネシオを甘く見てはならん。あれは機械知性よりも融通が利かんぞ。それに、私が連中に投降してみろ。ツバンダとセメノーンの関係も知られる。それはセメノーンの未来に良くなかろう」
「我々にその覚悟はできています!」
バットムテ型。そう呼ばれるバットムテの持つ巨大船は、セメノーン出身のクルーのみで固められている。この船の中にいる者たちは決してバットムテを裏切ることはない。だが、周りにいる船団は話が別だ。ツバンダで散々利権を貪ってきた者たち。
連邦には居場所がないからとバットムテの元に集ってきた。無論、バットムテを信じてのことではない。最終的にはバットムテを討つことで、議会からの恩赦を受けようと考えているはずだ。
味方の顔をして近づいてくる敵ほどおぞましいものはない。そういうものだと分かって利用してきたのはバットムテだ。恨み言など言うつもりはないが、旅の供には不足ではある。
「馬鹿どもめ」
モニターを見て吐き捨てる。時勢も読めない一部の馬鹿が、アースリングを買い入れていたと聞いた時には卒倒しそうになったものだ。その時にはもう議会から退いていたバットムテだが、テラポラパネシオが地球とカイト
実際にはツバンダのバイヤーがアースリングを買い入れたのと、カイトが連邦に所属した時期はアースリングの買い入れの方が早かったようだ。だが、連邦議会はカイトの連邦参入時点をもって、アースリングを連邦市民と認定してしまった。
無能な部下というのは問題を立て続けに起こすもので、発覚を恐れたツバンダのスタッフはバットムテへの報告を遅らせたのだ。ツバンダにアースリングがいることを知った時には、カイトは既にディーヴィン人の船団と戦闘を開始していた。アースリングの救助は連邦の規定路線に乗ってしまったのだ。
連邦議会はカイトがアースリングを迎え入れたいと打診したことで、先にディーヴィン人に売り飛ばされたアースリングもまた連邦市民となる資格がある旨を宣言してしまった。全てが後手後手になってしまったのだ。この時ばかりは、バットムテは自分が議会から退いて初動が遅れたことを後悔した。
「中央星団からの連絡は?」
「途絶えました。最後の緊急メッセージでは、テラポラパネシオが分裂してこちらを追跡に入ったと」
悪いことには悪いことが重なる。これでは逃げ切れる望みは薄いだろう。
カイトが連邦市民になる前に買い入れた、というロジックは使えなくなった。バットムテはどうにかしてツバンダのアースリングを連邦市民として受け入れさせる方法を模索したが、上手くいかなかった。ツバンダのスタッフ達が頑強に抵抗したからだ。どうやら、バットムテの指示を無視して彼らを酷使していたらしい。
買い入れたアースリングが連邦に引き取られて証言されれば、身の破滅だ。恥ずかしげもなくそんなことを喚き散らしたモルノティーナ支配人を、バットムテは絞め殺したくなった。
いつかは必ず、ツバンダは破滅の瞬間を迎える。カイトという人物の行動を見てそう確信したバットムテは、せめてセメノーンの立場だけは守ろうと暗躍を開始した。
「私の生体データは上手く破棄されただろうか……」
「分かりません。テラポラパネシオの動きが想定より早かったためです。一体なぜ、裁判が始まる前に直接動いたのか」
ツバンダのアースリングの情報を流したのも、テラポラパネシオを裁判の中心に据えたのもバットムテの手による。あらかじめ裁判の中心に据えておけば、公平性の観点から、今回の事件にはテラポラパネシオは積極的に関与しない。そういう狙いがあった。
議会の中にはセメノーンと関係はなくても、ツバンダに関与したことのある議員は少なからずいる。その辺りを利用すれば、準備を完全に済ませることが出来ると思ったのだが。
何故かは分からないが、誰が動かしたかは容易に分かる。テラポラパネシオを自在に動かすことが出来る連邦市民など、バットムテには一人しか心当たりがない。
「カイト三位市民が動いたのだろうさ」
「彼が、ですか。何故です?」
「さあな。彼も証人の保護という役割を持つ以上、あまり目立つ動きは出来ないはずだが……」
少なくとも、証人の縁者である限り、裁判の公平性に関わるような行為には荷担出来ない。軽挙妄動するような人物だとは思えなかったから、何か別の狙いがあったとは思うが。
「だが、私にはテラポラパネシオを動かせる者をカイト三位市民以外に知らない。連中は連邦法以外を行動理念にして動くことは殆どない」
「私もです。こちらの狙いを読んでいたのでしょうか」
「そんなことが出来るなら、ここまで私を泳がせてはおるまいよ」
「確かに」
バットムテは、私欲によって逃げているのではない。
連邦の未来のために、誇りを持って働いてきた自負がある。ツバンダに関わる羽目になったのは人生の汚点だが、それでもどうにか連邦のためになる方法を模索して、軌道修正してきたつもりだ。
年老いたバットムテが最期の役目と自らに課したのは、連邦の浄化とセメノーンの未来だ。それは今も変わらない。
「折角の機会だ。連邦の敵となったのなら、最後はかのキャプテン・カイトと対峙してみたいものだな」
「ご勘弁ください、バットムテ師。この状態でそんなことになったら、カイト三位市民を激怒させるだけです」
「それもそうか」
側近の言葉に、バットムテは表情に憂いを浮かべた。
「本当に、愚かな奴らよ」
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