しかし回り込まれてしまった
リーンの顔が、話を聞くにつれてこわばっていく。
言っていること自体は理解できる。リーンの望む通りの結果を得るためには恐らく唯一と言ってよい方法だということも分かった。だが、何故か納得することだけが出来ない。
惑星ラガーヴをいくつかの要素に分解して、連邦の誇る人工天体で保全する。そして命のなくなった剥き出しのラガーヴを、新しい場所へと運ぶ。後は新しい場所に定着したラガーヴに要素を戻していく。
惑星の引っ越し、とカイトは言った。確かに引っ越しだ。建物を解体して建物ごと引っ越す方法というのは、ラガーヴの文化にもある。だが、それを惑星に対してやるのか。何をどうしたらそんな発想が出るのか。
「ええと、その」
「どうした、リーン
明らかににやついているアシェイド議員に内心で苛立ちながらも、リーンはどうにかして翻意させられないかを考える。何故だろうか、この方法を受け入れようという気持ちが湧いてこないのだ。
絶対にこちらの動揺する姿を楽しんでいるに違いないアシェイドが、ことさらに表情を渋いものに変えて言ってくる。
「まさか話を聞いてから怖気づいたとは言わないだろうな? 言ったはずだぞ、聞いた後に断るのは許さないと」
「しかし。しかしですね。こんな荒唐無稽な」
「そういう反応になりそうだったから、先に確認したのではないか。そもそもだ、君は自分がずっと筋違いの願いを口にしていることを理解しているのかね?」
アシェイドの言葉には理がある。連邦法の規定を超える対応を求めていること、議会から却下された後も方法を模索していること、自分の星の問題にテラポラパネシオやカイトを巻き込んだこと。どれも我侭だと言われても仕方がない。
更に頼っておきながら、成功しそうにないという理由でアイデアを否定するなど。頭では分かっているのだが、どうしても受け入れられない。
と、アイデアを出した側であるカイトがまあまあとアシェイドに声をかけた。
「仕方ありませんよ。僕もそこまで知恵が回るわけでもありませんからね、稚拙な方法しか思いつかないのは申し訳ない限りで」
「あ、いや――」
「ですが、これ以上のアイデアが出ないのも事実です。僕のアイデアに替わる対案があるのであれば、ぜひ」
そんなものはない。アイデアがあるならそもそも用意している。
気を悪くさせてしまったかと不安になるが、カイトの表情からこちらに対する敵意や反感のようなものは感じられない。本心から自分のアイデアが大したものではないと思っているのが分かった。
「対案……ですか」
「そうだな。反対するなら対案が欲しいところだ。なに、可能性の有無については私とテラポラパネシオで判断しよう。公正かつ公平な判断を約束するぞ」
一方で、アシェイドの言葉からは反感がひしひしと感じられる。いつまでもこちらの手を煩わせるなという怒り。議員から睨まれるというのは、これからの連邦での生活が非常に肩身の狭いものになることを意味した。
掠れそうな声で、何とか思いついたものを挙げる。
「こ……」
「こ?」
「恒星を。ラガーヴに向かってくる恒星を破壊することは、出来ませんか」
「却下する。恒星の能動的破壊は禁忌だ。それに」
『意味がない。接近恒星の規模と現在の接近状態から計算すると、もしも恒星を破壊すればラガーヴ恒星系にも重篤な影響がある。それこそニアミスで済んだ時よりも重篤な影響がな』
アシェイドもテラポラパネシオも却下してくる。恒星の破壊が連邦法で禁忌とされているのは知っているが、何故禁忌なのかは分からない。アシェイドも説明するつもりはないようだ。そして恒星を破壊してももう遅いと。
だが、リーンは諦めない。破壊が無理ならば。
「で、でしたら軌道の変更はどうでしょう? 接近してくる恒星の軌道を変えれば、破壊せずとも」
『それは良いアイデアだ。では、恒星の軌道を変更できるだけのエネルギー源と、恒星の表面温度に耐えながら進路を変えられる素材の用意を頼むよ』
「えっ」
「恒星のあの超高温をどうにか出来ないと、触れることも出来ないだろう。破壊するならば遠くから撃てばどうにかなるかもしれないが、移動ではな」
何となくテラポラパネシオなら出来るのではないかと思っていたが、違うのだろうか。リーンが視線をテラポラパネシオの方に向けると、テラポラパネシオはこちらの思考を読んだのか、触腕をゆらゆらと不自然に揺らした。
『我々が遠隔で移動させることも出来なくはないが、恒星にかかる力が大きくなりすぎれば破壊してしまう可能性がある。それでは結局惑星ラガーヴには重篤な影響があるわけだが』
「連邦で恒星の破壊や移動が禁忌となっているのは、それが理由だよ。テラポラパネシオなら出来るかもしれないが、相応に危険が伴う。失敗すれば惑星ラガーヴだけでなく、作業に従事しているテラポラパネシオまで消し飛ぶことになるからな」
予想以上の反対の強さだ。だが、危険性を考えれば実施しないという判断に異を唱えることは出来ない。テラポラパネシオが消し飛んでも構わないからやって欲しいとは言えないからだ。
「い、移動させるならば、分離せずにそのまま移動させることは出来ませんか!?」
「移動途中に惑星の環境は激変を続けることになるが? 惑星ラガーヴの生物はそこまで環境の変化に強い種族だっただろうか」
「テラポラパネシオの皆様であれば、ラガーヴの環境を維持したまま移動させることも可能なのでは」
『それは我々も提案した。だが、我々にかかる負荷が許容値を超えそうだということで却下されている。移動させるのであればカイト
駄目だ、まったく太刀打ちできる気がしない。というか、カイトもアシェイドも顔色ひとつ変わらない。この程度の内容は、既に彼らの中で検討されているのだと分かった。
それはつまり、リーンにはこれ以上の反論が不可能だということ。
「恒星のニアミス、あるいは衝突を回避する方法は思いつきませんでした。ですがその中にある惑星を移動させることで影響を防ぐことは可能だと試算されました」
カイトの言いたいことは分かる。分かっているのだ。
自分にとってだけ都合のいい方法は、ここからどれだけ考えても絶対に出てこない。それが分かっているのに、この提案を受け入れる形を心が取ってくれない。
じっとリーンを見ていたカイトが、何となく得心したように言った。
「そうですか。リーンさん、あなたは『今のままの惑星ラガーヴ』が破壊されることが我慢できないのですね。どれほど難しくても、自分の愛する惑星ラガーヴのままであって欲しい、無事に未来を迎えて欲しいと」
胸を衝かれた。
言い返そうとして、言葉がまったく出てこない。代わりに胸の中で何かが思い通りの形に落ち着いたような感覚。言葉にならない感情を、カイトの言葉が形にしてくれたのだと分かる。
それはあまりにも稚拙な拘り。呆れたような視線が向けられた。
「リーン四位市民……。いくらなんでもそれは」
『都合の良すぎる話だな。残念ながらそこまでは付き合えない』
実際に呆れているのだろう。突き放すような言葉。
「不幸なことだとは思いますが、何のリスクもなく惑星ラガーヴが完全に救われる未来は存在しないようです。たぶん、何かを諦めなければ」
「諦める……?」
「惑星ラガーヴに住む者の命を諦めるか、今のままのラガーヴの姿を諦めるか。結局はそのどちらかを選ぶことになるのではないですかね」
後は、先程の覚悟が嘘ではなかったと示すだけですよ、と結ぶカイト。
リーンは自分が逃げを打てる場所がいよいよなくなってしまったことを自覚した。ここで返答を間違えれば、彼らは惑星ラガーヴを見捨てるだろう。いや、既に見捨てていて当然なのだ。彼らには彼らの事情があって、ラガーヴの現状を利用しようとしているだけ。
覚悟。先程の自分の想いを今一度心に灯して、リーンは口を開くのだった。
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