その時、宇宙クラゲに電流走る(物理)

 さて、手伝うと決めたからには宇宙クラゲと話をしなくてはならない。話の内容が内容だけに、本来なら宇宙クラゲの元に出向いて話さなければならないことなのだが、カイトは現在ここを離れられない。連邦市民の犯罪を立証する上で、助けた地球人たちが証人になっているからだ。顧客の一覧などがあるわけではないから、実際のところどこにどれだけ関係者がいるか分からない。

 犯罪の種類からして、間違いなく信頼できるのは機械知性と宇宙クラゲ、他はこれまでの知り合いくらいだ。連れていこうかと少しだけ考えて、無理だなと思い直す。ここまで逃げてきたこともそうだが、単純に過剰な労働で衰弱しているのだ。

 彼らは連邦市民の闇の社交場で働かされていたが、連邦市民としての権利は持ち合わせていなかった。つまり、現時点では彼ら彼女らの生命のバックアップはない。

 仕方なくカイトは、部屋を借りて通信することにした。いささか非礼だが、宇宙クラゲは事情を知れば許してくれるだけの度量がある。


『やあ、カイト三位市民エネク・ラギフ。どうやらまた大立ち回りだったようだね。ある程度報告は聞いている。連邦市民の不心得者が迷惑をかけた、済まない』

「いえ、気にしないでください。残念という思いは多少ありますけど、それで連邦という場所を嫌う理由にはなりませんから」

『そうかい。それなら良かった。それで、今日は何か用か……な』


 と、通信をつないだ議員のテラポラパネシオが、同席しているリーンに気付いた。上機嫌だった宇宙クラゲが、これまで見たことのないような不穏な空気を帯びる。驚いた。あれほど気さくだと思っていたテラポラパネシオが、こんな不機嫌さを見せるなんて。


『リーン四位市民ダルダ・エルラ! 君がいるということは、例の件をカイト三位市民にまで伝えたのか!』

「おや」


 思った以上に反応は激烈だった。これはカイトも予想外である。宇宙クラゲに声を荒らげるという生態があったとは。

 とはいえ、程度の激しさはともかく、反応については予想の範囲内だった。議会で決定されたことを、いつまでも蒸し返すようなことを宇宙クラゲは好まない。しかも、自分たち連邦が現在進行形で迷惑をかけている相手に。かれらのカイトへの奇妙なほどの評価の高さを考えると、これでもまだ穏当な対応なのかもしれない。


「も、申し訳ありません! しかし」

『しかし、ではない! ラガーヴの境遇には同情の余地もあるが、そこに住まう全ての命を救うのは連邦の役割ではない、これは議会の正式な決定だと伝えたはずだぞ!』


 宇宙クラゲの怒りの声に、リーンは委縮してしまっている。先程までの尊大さは一体どこへ行ったのやら。

 まあ、このままリーンを委縮させていても仕方ない。カイトは軽く手を挙げて、仲裁に入る。


「まあまあ。僕も話を聞いて、手伝う必要があると思ったからこうして連絡を入れさせてもらったわけで」

『カイト三位市民。君の慈悲には感服するが、ことはそう簡単ではないのだ』


 カイトが自分の意志で参加したと分かったのか、一応宇宙クラゲは落ち着きを見せた。だが今度は、カイトの期待に応えたくても応えられないという苦悶がにじんでいる。こちらとしても、そんな反応をさせたいわけではないので話を急ぐ。


「ええ、それは分かっています。というより、僕が心配しているのは皆さんの方で」

『皆さん……というと、我々かね』

「はい」


 頷く。議員の宇宙クラゲは、カイトがかれらの何を心配しているのかまったく分からないようだった。空中でぐねりと一回転してから、聞いてくる。


『よく分からないな』

「連邦法では、ある一定の水準以上の知性体については救うこともあるけれど、それ以外の生物については生きるも死ぬもその生物次第、という規定ですよね」


 カイトはカイトで、説明する前に先に確認しておくことがある。ある程度分かってはいるが、宇宙クラゲの言質が欲しかったのだ。


『その通りだ。カイト三位市民以外のアースリングがこの規定に該当した。それもカイト三位市民が我々と接触を果たさなければ選択されなかったがね』

「つまり、連邦は本質的に、その星の運行はその星の裁量で行われるべき、と考えているということですか」

『カイト三位市民は理解が早くて助かるよ。無論、アースリングの皆のように、連邦の人工天体に居住区画を用意することは可能だ。生命の解析データさえあれば、知性体以外の生物もそこに復活させることが出来る。これまでにも多くの星の住民たちが、自分の星への喪失の悲しみと苦しみに耐えてきたのだ。ラガーヴの生物だけを例外には出来ない』


 思った通りだ。話をしている間にまた怒りが再燃したらしく、議員の宇宙クラゲは全身から稲光のようなものを放射した。怒ると物理的に雷を起こすのか宇宙クラゲ。

 そんなことを思いながら様子を見ていると、宇宙クラゲが照れたように触腕を揺らす。


『おっと済まない、興奮してしまった。どうかね、カイト三位市民。君にならって周囲に電気を放ってみるという演出を最近我々は身につけたのだ』


 また無駄に無駄な技能を。しかも何故こちらを見習ってとか付け足すのか。ここにはいないが、これを知った後のエモーションの反応がこわい。


「え、ええ。格好いいのではないでしょうか」

『そうか! それは良かった。……さて。それでだね』

「はい。僕が心配しているのはですね」


 話を戻そう。カイトは一度咳ばらいをしてから、議員のテラポラパネシオに疑問をぶつけた。


「その理屈ですと、今後太陽系の近くを別の恒星がニアミスした時、地球のクラゲは見捨てるってことでいいんですかね」

『ふへぁっ?』


 宇宙クラゲから変な音が出た。

 結局のところ、宇宙クラゲが地球に過剰な配慮をしてくれるのは地球にクラゲがいるからだ。ごく一部はカイトへの好感があるものだと思いたいところだけれど、何より大きいのはクラゲの存在である。

 ただ、ここで問題になるのは地球のクラゲという生物の在り方だ。


「僕も詳しくはありませんが、地球にいた頃、別の恒星が太陽系の随分近くを通過して行ったという話を読んだ記憶がありましてね。次にニアミスするのは何万年だか何十万年だか後だ、とも。で、その時には皆さん地球のクラゲをお見捨てになるので?」

『……どうしてそんなひどいことをいうのだね、カイト三位市民』


 一気に知能が後退した。そんな声だった。合成音なのに何故か涙声っぽいのはどういう仕組みか。そして妙に弱々しい。

 極端な話、地球のクラゲというのはテラポラパネシオにとっては何者にも替えがたい重要な存在だが、ほかの連邦市民にとっては『知性のない惑星の土着生物』に過ぎない。

 連邦法に則ってそれを見捨てるのか、それともどうにか救う方法を考えるのか。

 今回の件はつまり、見方を変えればそういう話でもあるのだ。


「可能性がゼロではない以上、備えておかなきゃいけないでしょう? で、どうされます。地球のクラゲ……見捨てます?」

『むりだ。そんなことはできない』

「ですよね。なら、地球のクラゲだけを特別に救います? 一応地球にも他の動物とか植物とか、いますけど」

『それもだめだ。そんなとくべつあつかいは、ゆるされない』


 テラポラパネシオは、極めて理性的な種族だ。誰よりもかれら自身が連邦法を真摯に守っているからこそ、連邦の法には価値が付与されていると言って良い。

 地球のクラゲのためだけに、かれらは法を曲げたりはしない。だが、地球のクラゲという同胞を忘れられるほど、これまでの孤独は軽くもない。


「ですよね。だから、僕もリーンさんの手伝いをしようと思ったわけですよ。彼らの状況を解決する見通しが立てば、同じことがあった時に他の星でも対応できるようになります。結果として、地球が同じ状況になったら――」

『地球のクラゲも救える……?』

「ええ。そういう悲しみを減らせるのは、意味があることではありませんかね?」


 ぴしゃん、と。議員の宇宙クラゲの背後で稲妻が走った。誇張ではなく。

 そして議員の後ろから、ぽこぽこと同じような姿が現れた。どこぞから転移してきたものらしい。


『よく分かった。カイト三位市民』

『これは由々しき事態だ』

『我々の総力を挙げるに足る内容だと判断する』

『済まなかった、リーン四位市民』

『このまま見落としていれば後悔どころではなかった』

『素晴らしい気づきを与えてくれたこと、感謝する』


 まさかこのまま宇宙クラゲ大会議が始まるとでも言うのだろうか。

 頬を引きつらせるカイトに構わず、最後に議員の宇宙クラゲが重々しく告げた。


『我々はこれより、すべての精力をこの件の解決のために費やすと決めた。良い結論が出ることを祈っていてくれ、カイト三位市民』

「え? ええ、あ……はい」


 そのままぷつりと、通信が途切れる。

 取り敢えず、上手くいったと見て良いのだろうか。


「ま、まあ何とか協力は得られそうですね。リーンさん……リーンさん?」


 リーンの反応はない。振り返ってみると、口をあんぐりと開けたまま気絶しているようだった。どうやら宇宙クラゲの群れというやつは、生粋の連邦市民にも刺激が強すぎるものらしい。


***


 なお、この少し後。カイトは別の議員から、テラポラパネシオがまったく仕事をしなくなってしまったと小言を貰うことになるのだった。

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