宇宙クラゲ・インシデント
テラポラパネシオの仕事能率が目に見えて低下した。
そんなニュースが連邦内部を駆け巡ったのは、程なくのことだった。事情の確認も含めて、(珍しく)地球人の居住区画に滞在しているカイトの元に問い合わせが来たわけだが。
『というわけで、何か知っているなら解決策も含めてさっさと出してくれまいか』
「何で僕がそんなテラポラパネシオの皆さん担当みたいに扱われるんです?」
カイトとのやり取りが多かったからか、仲が良くなった連邦議員のアシェイドがモニターの向こうでそんなことを言う。カイトが半眼で問い返すと、アシェイドは満面の笑顔で言い切った。
『そりゃ、テラポラパネシオと交渉が出来て、有利な譲歩を勝ち取れる連邦市民なんて君しかいないからさ!』
それはそれでどうなんだ他の連邦市民。
頭を抱えるカイトに、アシェイドはあくまで朗らかに言い切る。
『君な。テラポラパネシオは連邦が出来てからこれまで、連邦法を完全に遵守し続けていたんだぞ。あらゆる誘惑、あらゆる脅迫、あらゆる懇願を跳ね除けて、ひたすらに連邦法の守護者であり続けた。だから今の彼らへの信頼と崇敬がある』
「はあ」
『それがどうだ。君というアースリングが現れてからというもの、テラポラパネシオは連邦法などそっちのけで君やアースリング、地球に便宜を図り続けている。周りは君が思っている以上にテラポラパネシオを恐れているし、それを左右出来る君を注視しているんだぜ』
それは単純に、連邦がかれらの望むものをこれまで用意出来なかっただけではないだろうか。地球クラゲが関わると、テラポラパネシオは法の番人というより愉快な宇宙クラゲとしか思えないわけで。
『実際、君が関わってテラポラパネシオが動くことになった事件は、結果として連邦の立場の強化や旧弊の清算に繋がっている。だから我々も君がテラポラパネシオを使って私腹を肥やそうなどと思いはしないが』
「それを知らない連中は疑う可能性があると」
アシェイドは実に地球人くさい仕草でそれを肯定した。そういえばかれも地球由来の演劇を好んでいるんだっけか。
『ま、種明かしをするとだ。君からの連絡記録が、テラポラパネシオが使っている通信機材のログとして残っていた最後だったってことさ。君が関わった後のかれらの奇行もよくある話だ。……で、どうなんだい』
「大した話じゃないんですがね」
ま、隠すことでもない。
カイトは苦笑交じりに、アシェイドにテラポラパネシオとの会話内容を伝えるのだった。
***
『そういうことか。地球のクラゲ、ね』
アシェイドが頭を抱えている。カイトも同じ立場だったら困り果てていただろう。何しろ、宇宙クラゲと地球のクラゲは見た目や生態がある程度似ている以外は、本来何も共通点がないのだ。
だが、これはどういった宇宙の神秘なのか、宇宙クラゲと地球のクラゲは宇宙クラゲの望む交歓とやらが出来てしまったらしい。つまり、宇宙クラゲルールにおいて地球のクラゲは『遠い星に偶然生まれた奇跡の同種』となってしまう。
それを紹介しただけのカイトを『種族の永遠の友人』なんて重苦しい扱いにしてしまうほどの喜びようだ。カイトの懸念した通り、太陽系に別の恒星がニアミス、あるいは衝突して地球が文字通り崩壊してしまったとしたら。
「テラポラパネシオの皆さんの心が、壊れてしまうのではないかなって」
『その懸念はもっともだ。むしろ我々が先に気付いて問題提起をしておくべき案件だったとも言える。地球のクラゲを巡ってのあの理屈の通っていない議論……思い出すだけで頭が痛いというのに』
そういえば、最初は地球を売ってくれと言われたのだっけ。それほど前でもないのに、だいぶ昔のことのような。
最初があれだったので、カイトにしてみるとどちらかといえば宇宙クラゲは奇行に及ぶのが普通という印象だ。
『仕方ない。考えるのは構わないが、仕事に穴は空けてくれるなと頼むとするか。情報提供感謝するよ、カイト』
「いえ。早く解決するといいですね」
『……いちおう話の中心になってるの、君の故郷だよね? ずっと思っていたけど、君ちょっと故郷に関して淡泊すぎないか』
「それほど愛着があるわけでもありませんし。今の僕は連邦市民ですからね、故郷のことより連邦の安定の方が優先されるのは当たり前だと思いますが?」
『いや、まあそうなんだが。普通、そういうのは連邦市民として生まれた世代からの考え方で……いや、いいや。また連絡するよ』
何やら色々と諦めたような面持ちで、アシェイドが通信を終える。
釈然としないながらも、カイトも部屋を出る。自分が考えているより、どうやらキャプテン・カイトという名前は連邦内部で意味を持ちだしたらしい。有難いやら息苦しいやら。
***
で。
『頼むカイト、テラポラパネシオの説得に手を貸してくれ』
アシェイドがふたたび通信を寄越してきたのは、翌日のことだった。
今日は隣にエモーションがいる。保護した地球人たちのバイタル管理に当たらせていたのだが、ようやく危機的な状況は脱したということで本来の業務に戻ってきたのだ。
「失敗しましたか」
『ああ。駄目だ。聞く耳もたない』
宇宙クラゲは相当頑固に断ったのだろう、アシェイドの顔には濃い疲労の色が見える。機械知性も動員して、あらゆる説得材料を用意したのだろうが、その全てを跳ね返されたとみえる。
「連邦法から逸脱するつもりはないって言ってましたし、ちゃんと説明すれば聞いてくれるんじゃないかと思っていたんですけど」
『そもそも返答が全くないんだ。聞こえているんだかいないんだか……。それはそれで煩わしかったのか、通信にも出なくなった』
なるほど、答えなければ法に触れるも触れないもない。
そして、宇宙クラゲはそもそも音をどうやって聞きとっているのかも分からない。集中していて話を聞く器官を閉ざしていたとか言い訳されればお手上げだ、確かに。
『頼むよ。君の言うことならかれらも無視はしないだろ? せめて交渉の状態にはしておきたいんだ』
「うーん」
困った。カイトはカイトで、この場を動けない理由がある。アシェイドが困っているのも分かるが、今は頼られてもちょっと対応できない。
「通信にも出ないとなると、ちょっと今は協力できないかなって」
『なんで!?』
「アシェイドさんも知っているでしょ。今、うちの居住区でツバンダ星系で保護された地球人が休息を取っているの。彼ら、連邦市民の犯罪被害者かつ証人だよ」
『その件もあったぁぁ……! というか、裁判の担当もテラポラパネシオだ! このままじゃしばらく身動き取れないぞ、君も!』
「ええ、まあ。それは仕方ないですよね。永い人生、ままならないこともありますって」
カイトが現在請け負っているのは、連邦議会から正式に依頼された要人保護依頼という体裁だ。正式な許可なく保護対象から離れることも許されていないし、保護対象が害されれば厳罰の場合もある。模範的な連邦市民としては、仕事を請け負った以上安易に出歩くことも出来ない。
追放刑に処されていたカイトにとって、しばらく缶詰になるのは特に苦ではない。証人として保護されている地球人たちに対しての興味は特にないが、カイトが留守にしている間に殺害されたなどということになっては寝覚めが悪い。
『リーン
「それを言うなら、ツバンダ星系で馬鹿なことをしていた連中の方では?」
『そうだな! どちらもロクでもなかった!』
どうやら、リーンに対する評価はテラポラパネシオ以外の議員の中でも思わしくはないらしい。
ああでもないこうでもないと大仰に悩むアシェイドを眺めながら、カイトはカイトでどうしたものかと考え始めるのだった。
今ここで断ることが出来たとしても、どうせいつかは巻き込まれることになるのだから。
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