断りにくい協力依頼
エモーションの心底驚いたような一言で、そこにいたるまでのカイトの言葉から一切の説得力が消えた。
じっとりとしたリーンの視線に耐えかねて、溜息をひとつ。
「テラポラパネシオの皆さんには良くしていただいていますよ。それで、一体どういったお話を?」
「うむ。智慧を借りたいのだ」
「智慧」
「我らが住む惑星ラガーヴが属する恒星系に、近づきつつある恒星がある。衝突すればいうまでもなく、衝突せずとも惑星には多大な影響が出るだろう。星の生命が滅ぶほどの大きな影響が」
恒星のニアミス。カイトは専門ではないので聞いたことがある程度だが、ありえない現象ではないようだ。実際、過去には太陽系にも恒星が接近したことがあったらしい。それが生物の大量絶滅を引き起こしたのではないかという研究もあったはず。
確かに大きな問題だ。連邦の力を借りたいという理由も十分に分かる。
「であれば、それこそ連邦議会に助力を求めれば良いのでは?」
「連邦の市民権を得ている身で連邦を批判するようなことは言いたくないが、連邦は知性体以外の生物に対して比較的冷淡でね。私はラガーヴの王として、星に生きる全ての命あるものを出来るだけ救いたいと思っている。連邦議会からは、残念ながら却下されたのだが」
「議会から却下された? ならば何故僕に。いくらなんでも議会の決定を覆せるほどの力はありませんよ」
精々が、宇宙クラゲに話を聞く場を用意してもらうよう働きかけられる程度だ。議会には宇宙クラゲも議員としているのだから、理をもって却下された話であれば彼らが知らないはずもない。
むしろ、カイトが関わろうとどうしようと、議会の決定を覆そうとは思わないのではないだろうか。その辺り、テラポラパネシオははっきりと筋が通っている。
「やはり君もそう思うか」
「それはもう。実際、どういう理由で却下されたのです?」
「これまでにも天体の異常や戦争、色々な理由で滅亡した惑星はあった。連邦は無限の資源を持つが、だからこそすべての命に際限なく資源を費やすのではなく、未来に命以上の価値を生み出し得る知性体に費やすと決めていると。これは連邦法の一条一項に記されている文言であり、今回の依頼は連邦として取り組むべき事案ではない……そのように言われた」
「なるほど」
おおむね、カイトの予想したどおりの答えだった。連邦は生命のバックアップを取ることが出来るほどの技術を有している。それは個々の生命体の肉体の情報だけでなく、経験や記憶に至るまですべて保存しているということだ。
簡単に言えば、生命体の詳細なデータさえあれば、星が滅びた後もその生物を出力することすら可能なのだ。
「それほどラガーヴの生物が大切なら、生物のデータでも持ってくれば良い……とでも言われましたか」
「!」
リーンの表情が変わった。図星らしい。
要するに連邦議会は、惑星ラガーヴが滅んでも、その時に存在していた生物のデータさえ揃っていれば復活させることは出来ると思っている。命にバックアップがあるなどと考えたこともなかった地球人のカイトにすると、これはずっと違和感の拭えない話だ。
だが、連邦にしてみれば議会の返答こそが常識だ。カイトのような地球人の考えもリーンのような知性体以外の生物への愛着も、どちらかといえば異端と言える。
「確かに僕の価値観からすれば、どちらかと言えばリーンさんの考えには納得できる部分もあります。ですが……」
それでも、自分たちは連邦市民なのだ。
連邦の法と考え方を遵守する責任があるし、連邦の考え方にもそれはそれで理がある。滅びに瀕しているからと助けてしまえば、この広い宇宙、その対象は際限なく増える。
それに、一度でも特別扱いを許してしまえば、これまでに泣く泣く滅びを受け入れた他の星の種族が納得しないだろう。カイトは個人的な事情でその辺りの考えが希薄なのだが、普通は誰だって故郷を失うことを許容できるとは思えない。
「やはり難しいか」
「僕が何を言っても、議会の決定を覆せるとは思えないかと」
「そうだな」
決して突き放したつもりはない。事実、リーンは表情こそ暗いが、こちらを憎むような表情ではなかった。無理だと言われるのは元より察していた、そんな感情の見える表情。
カイトは既に検討済みだろうと思いつつも、居たたまれなくなって口を開く。
「連邦議会では駄目かもしれませんが、公社なら手助けしてくれる可能性があるのでは?」
「それも考えた。だが、時機が悪いと断られたのだ」
「時機、ですか」
「ああ。私は寡聞にして存じ上げなかったのだが、知っているかね? 宇宙マグロ流星群という天文現象を。それを引き起こしている生物群が、公社の庇護を必要としているそうで、今は他の事業に手を伸ばしている場合ではないのだそうだ」
うぐ。まったく自覚なく急所を貫いてくるリーンに、カイトはわずかに頬を引きつらせた。アグアリエスの件に関しては、カイトも深く関わっている。
何だか余計に断り辛くなった気がして、カイトはほんのわずか視線を逸らした。
「そ、そうですか。それで、話は戻りますが……何故僕なんです?」
「うむ。私の側近……ブナッハという機械知性なのだが、そ奴が今回の件、頼るならばカイト
ますます断りにくい話になってきた。なるほど、王であるリーンと比べて、側近のブナッハという機械知性は随分と連邦まわりの事情を調べたらしい。
考えてみれば、リーンが世情に疎いのも仕方ないといえる。恒星のニアミスなんて話題、一年やそこらの短期的な話ではないはずだ。事態が明らかになってから、これまでずっと悩んで方法を模索してきたのだとすれば、外のことに目を向けている余裕などほとんどなかっただろう。
為政者としてのリーンの苦悩が分かるだけに、カイトは軽々しく断ることが出来なかった。
「あ」
そして、ブナッハなる機械知性が、何故カイトに頼れと言い出したのか。その理由に思い当たる材料が、たったひとつ。確かにこの件をブナッハが見越していたのだとしたら、カイトには宇宙クラゲに今回の件を相談する理由がある。
カイトの個人的事情というより、テラポラパネシオという友人のために。
「どうした?」
「議会や公社を動かすことは出来ませんが、確かにテラポラパネシオの皆さんだけであれば、説得を成功させられる可能性はあります」
「本当か!?」
「確実ではありません。ですが、材料は確かにひとつだけ」
ブナッハが、この材料に気付いていたとはとても思えない。テラポラパネシオという種族は、連邦内部で半ば崇拝に近い敬意を向けられている。その絶対的な能力を考えると、策謀の対象にされることもまずないだろう。
カイトがテラポラパネシオに永遠の友人として遇されていると知ったことで、テラポラパネシオの弱みか何かを握っているとでも思ったのかもしれない。
弱みを握っているわけでは決してないが、この件を放置したら後々ロクでもないことになる。そんな未来を半ば確信してしまったことで、カイトはリーンに協力する以外の選択肢がなくなってしまったことを自覚する。
「僕からも、条件がひとつ」
「何だ!?」
「テラポラパネシオの皆さんに話を持って行くところまでは請け負います。ですが、彼らの返答に関しては責任を持てませんし、断られた場合は僕もそれ以上手伝うことは出来ません。それでよろしければ」
「構わない。そうなったら諦めて、私財の及ぶ限り救える命を救うことにするさ」
はっきりと、清々しく。
答えてきたリーンの言葉は、これまでとは違って、確かな真情があふれたものだ。
「いいでしょう。それでは出来るかぎり、お手伝いしますよ」
妙なことになってきたものだ。
面倒ごとを持ち込まれたのは間違いない。だが、友人である宇宙クラゲのことを考えると、一概に面倒とばかりも言っていられない内容でもある。カイトはこの奇縁について、言い知れぬ運命にでも感謝すべきなのか真剣に悩むのだった。
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