有名税の取り立て来たる

 期せずして売り飛ばされた地球人たちも、良くも悪くもだいぶ宇宙での生活に慣れてきたようだ。カイトが後回しにしたせいもあるのだろうが、連邦への移住を選択しない割合はそれなりに増えてきた。そういう人々は、自分なりの居場所を見つけたのだろうと好意的に解釈することにしている。

 とはいえ、まだまだ扱いの良くないところはあるらしく、この日カイトは久々に二桁人数の地球人を連邦の中央星団に連れ帰ってきた。


「久々に大所帯ね、カイト」

「ああ。市民登録は済ませたから、後は任せるよ」


 市民登録を終えた後、地球人たちの居住区へと案内する。普段は役所に任せてしまうのだが、今回は事情が事情だったので自分で連れてきたのだ。

 とはいえ、代表であるレベッカもカイトが直接連れてきたことに違和感を覚えたようだ。声のトーンを落として聞いてくる。


「一体どういう事情? あなたがここまで連れてくるなんて珍しいじゃない」

「残念ながら連邦にもロクでもない連中はいる、って話さ」


 今回カイトが向かったのは、連邦と友好関係にある組織が運営している人工惑星だった。思想の違いから連邦には参加していないが、連邦の思想を尊重しているという触れ込みの。

 カイトの訪問が遅れたのもその辺りが原因にあったわけだが、実際にその人工惑星で行われている事業は、合法とは程遠いものだった。


「変だとは思っていたんだ。連邦の管轄外なのに、妙に絡んでくる連邦の船が多くてね。僕をその星に行かせたくないみたいだった」


 要するに、連邦に対して事実を隠していたのだ。

 体裁としては、その人工惑星は連邦の特区に近い扱いだった。他の種族に迷惑をかけかねない種族的性質を満足させるために、連邦の居住惑星に設置されているのが特区。

 その制度に目をつけた連邦市民が、連邦内部では楽しめないような娯楽を楽しむために出資して作らせたのだそうだ。当然、違法である。

 その組織は自分たちを連邦の庇護下であるように装い、非合法な事業を秘密裏に行っていた。地球人が買い取られたのは、非合法な労働者としてである。需要があったのだよ、と支配人は笑っていたっけ。


「彼らは非合法な仕事を強制されていたんだけど、連邦の高官が黒幕にいると知って絶望してもいたんだ。実際、この中央星団にも息がかかっている連中がいないとも限らないし」

「大丈夫なの?」

「ここに来る途中に議会で確認したよ。トップは五位市民アルト・ロミアの市民権の持ち主。低位市民ザザ・アムザから五位市民まで成り上がった立志伝中のひとってことで有名だった」


 どうやら非合法な事業で得た収益を使って、市民権の拡大を行っていたらしい。

 顧客の中には連邦市民もそれなりの数がいたようだ。だが、顧客たちが持つ市民権のランクは総じて高くない。高位の市民権には経済力や能力の他に、性格や倫理観なども注目されるから仕方ないのかもしれない。


「今回の件については、リティミエレさんが激怒していてね」

「え。なんであのひとが」

「リティミエレさんは地球人をずっと観察してきたんだぜ。連邦市民の中じゃ相当に地球人を大事にしてくれているよ。事情を知って議会に応援を要請したらさ、多分テラポラパネシオの経路だと思うけど、リティミエレさんに話が伝わったみたいで」


 カイトとの縁もあっただろうが、リティミエレは今もゾドギアの副長として地球環境の再生事業に従事している。地球人という種族への評価は周りと同様に低いが、それでも保護者のような目線で見守ってくれているのは有難い限りである。

 ともあれ、事情を知るや否やゾドギアから自分の船ですっとんで来たというから凄い。暴れ回るリティミエレを陽動にして、カイトは地球人たちの救助を完遂させたというわけだ。


「これから裁判があるから、彼らは重要な証人として扱われる。中央星団に住んでいる市民が顧客にいるかもしれないから、僕が連れてこなきゃならなかった。何より彼ら自身が連邦を信じ切れていないからね。裁判が結審するまでは僕も中央星団に滞在する予定だよ」

「そうなのね。……良かったんだか悪かったんだか」

「ん?」


 レベッカの不穏当な発言に、カイトは首を傾げた。彼女がカイトの中央星団への滞在を手放しで喜ばないのは珍しい。厄介ごとを持ち帰ったのは確かだが、それにしても反応が良くない。


「何かあったのかい」

「来客よ。カイト三位市民エネク・ラギフサマに」


 渋面をつくって、レベッカが答える。何やらとても不愉快な思いをしたようだ。舌打ちでもしそうな勢いである。


「来客? 僕に」

「ええ。いつ戻ってくるか分からないって言ってるのに、強引に居座っててさ。無駄に偉そうだし、本当に迷惑よ」

「あらら」


 それなりに人当たりの良いレベッカが、こんな態度を取るとは。

 居座っているということは、地球人の居住区にいるということか。口ぶりからすると許可を取っているわけではなさそうだが。


「会った方が良さそうだね」

「本当は会わせたくないところだけど、ずっと居られるのも迷惑なのよね」

「了解。会おうか」


 どうしていつまでも面倒ごとから解放されないのだろう。

 カイトは内心で深く溜息をつきながら、肩を怒らせて先導するレベッカの後について行くのだった。


***


「君がカイト三位市民かね。……なるほど?」


 値踏みされるような視線は、あまり気持ちの良いものではない。横でレベッカが聞こえよがしに舌打ちした。


「初めまして。あなたは?」

「私はリーン。惑星ラガーヴの首長にして、四位市民ダルダ・エルラの地位を戴いている」

「なるほど。よろしく」


 聞いてもいないのに自分の市民権の順位を明かしてきた。なるほど、権威主義的なところがあるようだ。レベッカの嫌うタイプでもある。

 カイトはそういった分析を態度には表さず、リーンと名乗った知性体の出方を窺うことにする。

 地球人は連邦の分類でいうと前肢先端機能発達型種族に当たる。リーンもまた同様の種族に該当するようだが、地球人とはまた違う雰囲気だ。

 二足歩行ではなく、三足。前に二本で後ろに一本だから、後ろはもしかすると尻尾のようなものかもしれない。衣服で覆われているから、三本足で立っているようにしか見えないのだが。

 そして上半身に腕は四本。上下で七本の機能肢を持っていることになる。顔は地球人の知識でいうとワニに近いだろうか。総じて違和感を感じさせる外見だった。

 レベッカたちの視線は、どことなく不気味なものを見るようなものだ。だが、宇宙をあちこち回って多種多様な知性体と交流してきたカイトにとって、この程度の違和感は違和感とすらいえない。


「それで、僕になにか用があるとか?」

「うむ。最近噂に名高いカイト三位市民の力を借りたいことがあってな」


 おそらくリーンは最大限に礼儀に気を使っているつもりなのだろうが、口調がどうにも尊大で仕方ない。惑星の首長と言っていたから、母星では王族のたぐいだったのかもしれない。四位市民ということは、連邦の傘下に入ってから代替わりしている、という予測も立つ。

 ともあれ、リーンの依頼は助力だ。不遜な態度に対する印象はともかく、内容くらいは聞いても良いかと思う。


「僕の力ですか。あまりお役に立てることはないと思いますがね」

「そんなことはない。テラポラパネシオの皆様に影響力を持っているということは、それだけで素晴らしいことだ。羨ましくてならない」


 リーンの言葉から、少しばかりの棘を感じてカイトは片眉を上げた。

 嫉妬か不信か、リーンの言葉からはどうも本心が感じられない。騙そうという感情は感じられないし、それなりに焦りがあるのも分かる。だが、これでは。


「そういうことなら、僕はやはりお役には立てないでしょう。テラポラパネシオの皆さんには良くしてもらっていますが、影響力と言えるほどのものはありませんよ」

「えっ」


 そんな声を上げたのは、戻って来てから一言もしゃべっていなかったエモーションだった。勘弁してくれ、もう。

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