銀河最大の引っ越し作戦

恒星ニアミスの予兆

哀は胸で光る

 どのような手段をもってしても、その計算結果を覆すことは出来なかった。

 ラガーヴ王リーンは心から悲しみ、そして手段を考え始めた。どうにかして、迫る破滅に抗う方法はないだろうかと。

 惑星ラガーヴは、遠からず滅びることになるだろう。それは誰のせいでもない。そして、破滅を避ける手段はかれらの手にはなかった。

 恒星のニアミス。あるいは衝突。惑星ラガーヴを構成する恒星系ラガーヴに、別の恒星系が近づきつつあるのだ。かれらが所属する、連邦という組織の調査によればその恒星系には生命を宿す惑星はない。

 恒星ラガーヴと相手の恒星が衝突すれば、恒星は融合するとみられる。ニアミスするにしても、大量の彗星が飛来することは避けられない。その先にあるのは、星に生きる生命たちの大量絶滅だ。


「連邦を頼るか、公社に依頼をするか……」


 銀河最大の組織である連邦は、友好的な知性体への対応は手厚い。一方で、知性体ではない生物への対応は淡泊でもある。

 一方で連邦と比肩する組織である公社は、絶滅を目前にした生物を保護することで知られている。問題は、ラガーヴが連邦の傘下にあること。そして、現在の公社は連邦の依頼でアグアリエスという放浪種族の保護に力を注いでいること。連邦の中にある惑星の依頼を受けてくれるかという問題もある。

 事実、連邦議会に対応を求めても反応は良くなかった。ラガーヴの住民たちはみな連邦の市民権を持つ。すなわち、連邦の中央星団には自分たちの命のバックアップがあるのだ。

 惑星ラガーヴを放棄し、居住用人工惑星に逃げてきたまえと、議員のひとりが同情的に言ってきたのも記憶に新しい。

 リーンもまた、それが正しいことは分かっている。ラガーヴに現在住んでいる住民は、連邦の七位市民テトナ・イルチ以上の市民権を持っている者だけだ。それ以下の市民権しかない者たちは、連邦の人工惑星に居を構えている。これは連邦における極めて普遍的な生活スタイルであり、特別なものではない。


「市民らの脱出は滞りなく進んでおります」

「うむ」


 側近である機械知性の言葉に、力なく頷く。

 窓の外には、美しい自然が広がっている。友と狩猟を行った森、騎乗生物ボモアで駆けた草原、空と、川。

 思い出だけではなく、そこに住まう命たちを諦めるという決断。リーンにはどうしてもその決断が出来なかった。


「恒星の接近が進めば、この美しい景色にも異変があろうな」

「はい。もしも衝突が起きることになれば、この星じたいが巻き込まれることもありえましょう」

「そうだ。そうだよなブナッハ。私には見捨てることは出来ない」


 リーンは力なく俯いた。

 かれは誰よりも愛しているのだ。

 この星に生きる、すべての命を。


***


 常に力強く、豪放であった主のいたたまれない程の小ささに、ブナッハもまた打ちひしがれていた。元気な主の姿を見たい。そのためには、ラガーヴに住まうあらゆる生命を守る手段を考え出す必要がある。

 機械知性であるブナッハの思考能力は、生身であるリーンを凌駕する。かれに思い至らないだろう解決策を導き出すために、昼夜を問わずその思考回路は稼働を続けていた。


「!」


 連邦で日々飛び交う情報を片っ端から集め、記憶し、積み上げる。

 そしてその日。ブナッハはとうとう方法に思い至った。


「方法を、ひとつ」

「思いついたか、ブナッハ!」


 その瞬間、リーンは明らかにかつての元気を取り戻していた。全幅の信頼を寄せる側近の言葉に、瞳を輝かせる。


「何をすればよい、誰に助けを求める!?」

「はい。助けを求める先は連邦しかないと存じます」

「うむ、それはそうだな。だが、既に議会には断られている。もう一度それを成し遂げるには、普通の理屈では通るまい」


 自分の想いが届かなかった悔しさをにじませ、リーンの表情が再び曇る。

 ブナッハはしかし、自信をもって言葉を紡ぐ。連邦でも極めて強い権力と能力を持つ存在が、実際には自分たちと同じ懸念を抱いているはずだという確信があったからだ。


「成算はあります。我々と同じような危惧を抱く方々に助力を求めれば良いのです」

「そんな方々がおられるか?」

「はい。テラポラパネシオの皆様です」

「何をばかな」


 リーンは全ての希望を喪ったとばかりに、地面に座り込んだ。

 一部の連邦市民にとって、テラポラパネシオの存在は希望であると同時に、恐怖の象徴でもあった。自分たちが銀河の覇者たるべしと宇宙に進出した際に、圧倒的な力の差を思い知らせてくるのはいつもテラポラパネシオなのだ。

 庶民は強烈な畏敬の念を抱き、権力者は恐怖を抱く。感情にその活動を邪魔されることなく、淡々と理性的に物事を進めるのがテラポラパネシオという存在の本質だとリーンは理解している。

 それに、連邦議会でもテラポラパネシオは特別な立場を維持している。そもそも議会はリーンの願いを退けたのだ。テラポラパネシオがはっきりと自分の請願を却下した瞬間を、リーンは今でも鮮明に思い出す。


「今なら可能です。テラポラパネシオの皆様は協力します。ご心配であれば、無条件で協力させられる方につなぎをつけましょう」

「テラポラパネシオの皆様に無条件で協力をさせられる方……? そんな存在がいれば、今ごろ連邦はその存在に支配されていることだろうが」


 リーンは段々と腹が立ってきた。

 側近の言葉を信じたいが、理性がそれは無理だと騒ぎ立てる。ブナッハの言葉を退けよう。今は甘いだけの幻想に浸っている場合ではない。

 全てを守るべく動くか、守るべき者を厳選して逃がすか。これまで出来なかった覚悟が、今なら出来る気がする。

 顔を上げ、外へと強い視線を向けたリーンに、ブナッハははっきりと答えた。


「カイト三位市民エネク・ラギフならば、可能です」

「カイト三位市民? 誰だ、それは」


 惑星ラガーヴの破滅を防ぐべくここ何周期も力を費やしてきたリーンは、最近の連邦内部の事情に極めて疎い。

 テラポラパネシオが永遠の友人と認めた、未開惑星出身者アースリング

 その嘘のような事績が並べられるにつれ、リーンは自分の頬が引きつるのを感じていた。


「何の冗談だ、それは」

「冗談ではありません。そして、カイト三位市民とテラポラパネシオの皆様を繋いだ存在こそが、この星の未来への可能性となるのです」


 冷静であれば、きっと一笑に付していただろう。

 だが、リーンは一度だけブナッハの言葉に縋ることにした。その一度であれば、もし失敗したとしても次の決断を行う余裕はあるはずだから。


「分かった。やろう」

「はっ!」


 まずはテラポラパネシオの説得だ。リーンには自信がまったくなかったが、ブナッハから感じられる確信だけは、信じても良いと思えるものだった。

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