時の彼方の再会を約して

 宇宙マグロ流星群ことアグアリエスは、少なくとも連邦の勢力圏内ではすべて保護された。汚染中枢の排除から、しばらく経ってからのことだ。

 連邦は自分たちの非を認めた以上、威信に懸けてアグアリエスの救助活動を大々的に行った。結果として、数十年はかかると思われたアグアリエス救助は一年も経たずに完了した。テラポラパネシオの活躍が大きかったとカイトは聞いている。

 残念ながら勢力圏外までは対応しきれない。連邦は、別の組織の勢力圏にも比較的自由に出入りしている公社に役割の一部を移管した。アグアリエスの反応を発見したら連邦に連絡、その報を受けて連邦の救助船団が動くという段取りだ。

 公社社長パルネスブロージァの承認を得て、アグアリエス救助は公社の業務の一環となった。こういう時、コネが太いといろいろ助かる。


「メッセージは確かに預かったよ。ラウペリア六位市民アブ・ラグに間違いなく渡しておく」

『済まない。最後まで世話になったな、キャプテン』


 当初の予定どおり、フルギャドンガコピーは公社のアグアリエス保護施設の内部に禁固される運びとなった。汚染中枢の早期発見と撃滅に功績ありということで減刑の話も出たそうだが、当の本人が固辞したという。

 アグアリエスが種として進化を重ねた果て、自らの力だけで生きていける肉体へと戻った暁には、その禁固は解かれる。


「最後かどうかは分からないさ。僕やエモーションが退屈に負けて永遠の安息を選ばない限り、もう一度会える可能性は残っているよ」

『それはまた、分が悪い話だ』

「どうでしょうね。案外キャプテンは興味や好奇心の赴くまま、恒星と同じくらいの年月を生きそうな気はしますが」


 エモーションの、辛辣なのか信頼なのか分からない発言を聞き流しつつ。カイトは球体のボディにデータを移されるフルギャドンガを見送る。

 かれに許されているのは、アグアリエスを見ることだけ。何かを動かすことも、言葉を発することも出来ず、ただ生まれ死にゆくアグアリエスを見守ることだけが、かれに課された罰なのだ。


「それじゃ、またな。博士」


 フルギャドンガの意識を納めた球体が、部屋の中央にある柱に埋め込まれる。

 これから永い永い、刑期が始まる。希望も絶望も飲み込んで、ただ無為に過ぎる時が彼を苛むのだ。

 再会。カイトやエモーションがそれまでを退屈せずに過ごせるかというのも大きな壁だが、それよりも永劫に近い空虚の中で、すり減るであろうフルギャドンガがどうなるか。刑期が終わったころには、もしかしたら自我そのものが消え去っているかもしれない。


「……ラウペリア六位市民のところに行こうか。約束は果たさないとね」

「そうですね」


 フルギャドンガが辿るこれからについて、カイトは口にしなかった。エモーションも同意見だったのだろう。短く応じると、静かに部屋の出口に向かう。

 カイトは部屋を出る前に、一度だけ振り返った。無数のアグアリエスが入っているプールと、中央に存在する巨大な柱。

 約束は果たさないといけない。随分と難しい約束をしてしまったと思いつつも、カイトの心に後悔はひとつもなかった。


***


 ぷしゅうと、音がした。

 周囲の機材が動く音。待ち望んだ日が来たことを知りつつも、かれはあまり感慨を覚えなかった。

 かれの知り合った知性体の数は、決して多くない。かれがここにいる間に、そのほとんどが永遠の安息へと旅立って行った。ここを時折訪れるのは、世代交代を果たした知り合いの末裔ばかり。向こうはきっとこちらを知らない。かれが一方的に見知っているだけの、そんな手合いばかり。


「おめでとうございます、フルギャドンガ博士。アグアリエスはめでたく連邦市民の資格を得ました。それに伴い、あなたの禁固も終了となります」


 あれだけアグアリエスがひしめいていたプールには、もはや誰もいない。進化を重ねた彼らはプールから出ていき、そして今や連邦市民を名乗れるだけの生物としての強さを手にしたのだ。

 と、意識をずっと宿していた球体から、吸い出される感覚。

 次の瞬間には、遠い昔に知り合ったあの『キャプテン』のような、前肢発達型生物の形をした体に納まっていた。


「こ、れ、は……?」

「あなたがきっと希望するだろうと、用意を頼まれていたボディです。これを使って今の宇宙を楽しんで欲しい、と言伝を預かりました」

「そう……です、か。言伝をした方は?」

「さて。私には分かりかねます」


 眼球が機能し、スタッフの姿を捉える。この姿は、かつて出会った誰に似ているだろう。あまり使っていなかった記憶野が音を立てて動き出す。


「それと、あちらにお客様が」

「客?」

「ええ。旧い約束があると」


 示された方を向くと、ひとりの機械知性が佇んでいる。

 まさか。フルギャドンガは思わず手を伸ばしていた。


「初めまして、私」

「……ああ。君も私なのだったな、ラウペリア」


 ラウペリア。フルギャドンガが出来なかったことを成し遂げた、唯一の同種。

 記憶を失い、役割も失い、ただ自身の心にのみ従って、イタエの民を導いたもの。フルギャドンガはそんなラウペリアが、ただただ眩しかった。


「無事でいてくれて、ありがとう。イタエを導いてくれて、ありがとう」

「ええ、あなたも。壊れずにいてくれて、ありがとう」


 伸ばした手がそっと握られる。

 フルギャドンガのすべては、きっとこの瞬間にようやく報われたのだった。

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