その姿が似ることはきっと永遠にないけれど

 中央星団に住むイタエの民。

 アウゲニという星に適応した彼らは、海中での生活の方が楽であるらしい。代表した一部の者が中央星団に暮らし、交代の時期が来たらアウゲニに戻るという。

 現在のイタエの代表はマディーム。イタエの中でも屈指の優秀さで、同時に屈指の変わり者でもある。海中での暮らしよりも陸上の暮らしを愛し、飽きるまで交代しないと言い張って中央星団で働き続けている。

 イタエの民はその生態の特徴ゆえに連邦の種族としては珍しく、便宜上だけではあるが七位市民テトナ・イルチの市民権を与えられている。そのせいか市民権の拡大には無関心な者が多いが、マディームは中央星団での高い市民権を目指していると公言していた。


「あらそう、それで私のところに。アグアリエスの方たちと同じルーツで良かったわぁ」


 カイトの訪問に、いたくテンションの高いマディーム。まさかレベッカと同じ職場で働いているとは。世間の狭さを宇宙に出てまで感じるとは思わなかった。

 マディームの隣に座っているレベッカに視線を向けると、何故だか口許を引きつらせていた。聞いてほしくないらしい。


「僕のことをご存知でしたか」

「それはもう! 私、地球の文化に興味がありますの!」

「ほう」

「今は演劇ですね! 地球の古典演劇も素敵でしたけれど、最近の創作演劇も素敵なんですのよ。脚本は連邦の作家なんですけれどね」

「創作演劇。地球を題材にした?」

「そう! その主役のモチーフであるカイト三位市民エネク・ラギフとまさかお会いできるなんて!」


 なるほど、レベッカが言いたがらないはずだ。


――その演劇の脚色はどれくらいひどい?

――見た記憶を消去したくなるレベル。


 視線と顔の動きだけで行われる質問と回答。同じ組織で育てられたことで培った特殊スキルが、まさかこんな形で使われることになるなんて。

 絶対に見るまいと思っていると、隣のエモーションが何故か興味を示す。


「それは興味がありますね。よろしければ一度見に行きたいのですが」

「あら! エモーション六位市民アブ・ラグもお好きでして?」

「いえ。地球の古典演劇は私が記憶と保管をしていたデータですので、特に興味はなかったのですが。地球を題材にした新しい演劇であれば、見てみたいと思います」

「あらあら! それではカイト三位市民もどうかしら!」

「いや、僕は遠慮しておきます。当の本人が見に来たとなれば、進行を妨げることになりかねませんし」

「そうかしら? そうかもしれませんわね。それではエモーション六位市民、今度是非一緒に参りましょう!」

「……ええ、その際はぜひ」


 エモーションの口調が、どことなく詰まらなさそうな色を帯びる。これはどうも、カイトの脚色を本人に見せて面白がるつもりだったと見える。

 妙な知恵をつけたと嘆くべきか、そういう情緒が身についたことを喜ぶべきか。

 だが、エモーションは大事なことを忘れている。カイトが大幅に脚色されているということは、相棒であるエモーションが脚色されていない筈がないのだ。たぶん大ダメージを受けて帰ってくることだろうが、それについてはバチが当たったと反省してもらおう。


「っと、話が逸れました。そういうわけで、ラウペリア六位市民と皆さんは今後、アグアリエスの件で協力を求められることになるかもしれません。イタエの皆さんには、マディーム五位市民アルト・ロミアからお伝えいただけますか」

「承りましたわ。しかと伝え、そして連邦に協力することをお約束します」

「ありがとうございます」


 頭を下げるカイトに、マディームは満足そうに笑みを浮かべ、次いで何やら大事なことを思いついたとばかりに立ち上がった。


「はっ! もしかするとこの事件も新しい演劇の題材になるかもしれませんわ! どうしましょう、この場面も取材されるかも!?」


 何やら妙なことでも思いついたのか、落ち着きなく歩き回るマディームの姿に、カイトはどう答えて良いか分からずに首を捻るのだった。


***


『報告書は受理した。ご苦労だったな、カイト三位市民』

「いえ。苦労というほどのことはありませんでしたよ。ただ」

『ただ?』

「イタエの民とラウペリア六位市民に関しては、寛大な対応をお願いしたいと思います」

『それは心配いらない。我々が連邦に誘った時には、イタエはすでにイタエだったのだ。ラウペリア六位市民もそうだ。かれらの出自を理由に、連邦での扱いを変えるような狭量なことはしないとも』

「安心しました」


 エモーションは大丈夫だと安請け合いをしていたが、実際に大丈夫だという保証はどこにもなかった。

 議員からの言質が取れたことで、ようやくラウペリアたちに対しての言葉が嘘ではなくなったことになる。とはいえ、たとえ断られたとしてもどうにかして頷かせるつもりだったカイトだ。


「アグアリエスがふたたび進化を遂げた時、どのような姿になるのでしょうね」

『イタエとはまったく別の姿になると思うよ。かれらはこの永い時の中で、別々の進化の道を選んだ種族となった。それが誰かの恣意によるものだったというのは大きな問題だが、いつか修正が可能なところで止めることは出来た。カイト三位市民には感謝している』

「感謝は僕よりも、公社のネザスリウェ支社長にしてください。誘われなければ、僕はこの件には関わりませんでしたから」

『もちろんだ。そういう意味では、傍観という手段を選んでしまった我々自身の罪もある。傍観しなければ、アグアリエスも、かれらを落下させてしまった星に住んでいた者たちも救える可能性はあったのだから』


 過去の反省により、連邦は星々の生命には干渉しないようになっている。あるいはそういった法が定まる前には、惑星突入に際して知らず知らず打ち滅ぼされたアグアリエスの群れもあったのかもしれない。

 後悔と反省を重ねた先に、今がある。かつて色々とやらかしていたという連邦の罪を、目の前の宇宙クラゲたちもまた背負いながら生きているのだろう。そして、今後は自分たちも。

 議員のテラポラパネシオがふよふよとその巨体を揺らしながら、意識を上の方に向けるのが分かった。角度的に、そちらに公社の施設があるのだろう。


『イタエとアグアリエスは、ルーツは同じだが最早別の種族だと言って良いだろう。我々はイタエをアグアリエスの件に関わらせるつもりはない。今は意思の疎通も出来ない、遠い親類のようなものだ。イタエにはアグアリエスのことを、いつか出会える未来の友として待ってもらえれば良いとは思うが』

「それはそうですね。そんな未来が楽しみではありますが……遠い未来だなあ」

『なに、それほど退屈することはないだろう。何しろキャプテン・カイトの周りにはトラブルが寄ってくるようだからね?』

「……出来れば、立て続けには来ないで欲しいんですけどね」


 それは無理ではないかな、という残酷な宣言は無視して、同じく視線を公社の施設があるだろう方向に向ける。

 ラウペリアの記憶にも、アグアリエスの元々の姿は残っていなかった。

 アグアリエスが進化の果てにどんな姿を取るのかは想像もつかないが、願わくばイタエを羨むようなことがなければ良いと思うカイトだった。


***


 さて。


「ひどいめにあいました」


 しばらく後。マディームからのお誘いに抗いきれなかったエモーションは、一緒に演劇を見に行って、打ちのめされたように帰ってきた。

 思った通り、こちらの予想以上にカイトとエモーションの様子は脚色されていたらしい。自分をモチーフにしたとはとても思えない演劇でのエモーションに、本物は多大なショックを受けたようだ。


「実際どんな感じだったのさ」

「……いいたくありません」


 拗ねてしまった。

 当事者でないレベッカをして『見たという記憶を消去したくなるレベル』だったのだ。カイトはエモーションにそれ以上を聞くことは諦めた。では一緒に、などと言われてはたまらない。

 君子あやうきに近寄らず、である。

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