遥か遠く同じルーツを

 無事に汚染中枢を撃破したカイトは、そのままエアニポルには戻らずに連邦へと戻ってきた。追跡隊も同様に逃げた汚染船団を壊滅させたというから、思考を汚染されたアグアリエスの機械知性は一通り排除出来たと見て良いだろう。

 カイトが連邦に戻ってきた理由は、ひとえにエモーションがそれを望んだからだ。アグアリエスにまつわる報告書も仕上げないといけない。中央星団に戻ったカイトは珍しく先を歩くエモーションについて行く。行き先は何故か役所。見慣れた機械知性がふたりを迎えてくれた。


「おや、お帰りなさいカイト三位市民エネク・ラギフ。それにエモーション六位市民アブ・ラグも。休暇は楽しかったですか?」

「ただいまラウペリア六位市民。色々と刺激の多い休暇だったよ。ただ、まだ休暇が終わったわけじゃないんだ」

「そうなんですか? そういえば、どういったご用件でしょう。休暇のついでにアースリングの方を保護されたとか?」

「いや、そういうわけじゃないんだ。今日用事があるのは僕じゃなくてね」


 エモーションに会話を譲ると、彼女はラウペリアに確信をもった口調で問うた。


「ラウペリア六位市民。あなたは今連邦を騒がせている、宇宙マグロ流星群と関係がありますね」

「あら。何故そのように?」


 不躾な言葉だったが、ラウペリア本人に動揺した様子はなかった。問いかけを受け流すように質問を返す。横で聞いていたカイトも不思議ではある。エモーションのことだから、何か明確な根拠があっての発言だとは思うが。


「連邦に登録されているあなたの基幹コードの大部分が、宇宙マグロ流星群の黒幕たるフルギャドンガ博士と共通していたからです。あなたはかつて、アグアリエスの船を司る機械知性だった。……違いますか」

「ま、待ってくれエモーション。ラウペリア六位市民は僕たちよりも遥か昔から連邦に所属しているはずだ。つまり」

「はい、キャプテン。キャプテンが仰っていた言葉を聞いて、もしかしたらと連邦の基幹コードを検索したのです。そうしたら」

「ラウペリア六位市民が該当した、と」


 呆然と呟くカイトに、エモーションが頷く。確かに既に移住を済ませて連邦に参加しているアグアリエスがいるかもしれない、とは言ったけれど。だが、そうなるとラウペリアと一緒に連邦に参入してきた知性体はつまり。

 ラウペリアは少しだけ悲しげな微笑を浮かべると、聞いてくる。


「ええ、おそらく間違いないと思います。既に遠く昔、アウゲニの星の底で朽ち果てていますけれど、あの船の意匠は私が司っていた船によく似ています」

「アウゲニ……。つまりイタエの民が」

「ええ。アグアリエス、でしたか。あの方たちと祖を同じくする種族だと思います」


 連邦の中央星団でもそれなりの数が生活している、海棲種族イタエ。惑星の90%以上を海に覆われた惑星。その生態が地球で言う水棲生物に近いために、連邦の市民権を得た後も例外的に生まれ星のアウゲニに住むことを許されている。

 見た目が比較的地球人に近いのも特徴だ。地球人たちにとっては人魚の星として知られていて、地球以外に行ってみたい星の候補の中では大抵上位に挙がる。


「それで……どうされますか。私とイタエの民は連邦法に抵触する、他惑星への無断移住民です。連邦議会に提訴されてもやむを得ないかと思いますが」

「そんなつもりはありませんよ?」

「え?」


 エモーションが首を傾げる。ラウペリアが驚いているのが不思議なのだろう。

 というか、そんな話の流れではラウペリアが誤解するのもやむを得ないと思う。今後は会話の段取りについて、ちょっと指導する必要があるとカイトは密かに心にメモした。


「連邦所属前に移住されたのであれば、連邦法違反ではないでしょう? 取り敢えず報告書を作成するのに確認が必要だっただけで、私にもキャプテンにもラウペリア六位市民やイタエの皆様の権利を阻害するつもりはありません」

「そ、そうなのです?」

「フルギャドンガ博士のコピーは、公社でアグアリエスの進化観察の任に就きます。今後も連邦とは関わらないでしょうから、ラウペリア六位市民との共通点を見出す者が現れる可能性は低い。ですが、先に公開しておけばそもそも詮索自体を受けずに済ませることも出来るかと思いまして」

「なるほど」


 確かに、イタエの民とラウペリアの出自を偶然にも知ったことで、悪意を持ってそれを利用しようとする誰かがいても不思議ではない。だが、連邦法に抵触しないことを確認したうえで先に公表してしまえば、利用されることもなくなる。

 これは、エモーションの不器用な思いやりなのだ。

 カイトは相棒の下手な気遣いに苦笑しつつも、ラウペリアに事情を聞いてみることにした。報告は報告として、好奇心は疼くのだ。


「それで、ラウペリア六位市民。君たちがどういう経緯でイタエの民になったのか、教えてもらえるかな」


***


 ラウペリアという機械知性は、フルギャドンガの人格コピーの際にエラーが発生したうちの一体だったようだ。出自としては汚染中枢に近い。


「私という機械知性は、コピーの際に発生したエラーにより、自我をほぼ喪失したようです。コピー元の船が立ち去ったあと、自我を確立しました。その際におそらくフルギャドンガと表向き船の管理をしていた機械知性が融合したものと思われます」

「融合?」

「はい。私もカイト三位市民の報告書には目を通していますから。チッバヘ……でしたか。私が自我を確立した時、そういったパートナーに該当する機械知性は残存していませんでした。おそらく、どちらのコピーも失敗したのだと思います。課題の解決のため、欠けた二種類の機械知性は融合による修復を選択した。結果としてそれぞれが交じり合い、私という自我が生まれたものと推測されます」


 基幹コードの大部分が同じという理由の説明としては、説得力がなくもない。

 ラウペリアの説明は、どこか他人事に聞こえる。


「推測、というのは」

「自我を確立した時、私は自分の記憶も役割も綺麗さっぱり失ってしまっていたのですよ。残されていたのは船と、その中で生活している何世代目かの民衆。船に残っていたデータを参照して、どうにか移住船だということを理解して、不足していると思われるデータを追加して。あの頃は何もかもが慌ただしかったのを覚えています」

「不足しているデータの追加。ということは……」

「ええ。その時点から、という前提はありますが、生物としての性能を落とすことなく、移住という旅路に耐えること。そのために私は行動しました」


 フルギャドンガの記憶を喪い、チッバヘたちの使命だけが残った。それによって、理想的な移住船が出来上がった。

 何という皮肉だろう。汚染中枢と、ラウペリア。出自は同じなのに、残されたデータの違いだけで乗っていたアグアリエスはまったく異なる結末を迎えた。それはただただ幸運と不運としか言いようがない。

 そして、汚染中枢もラウペリアも連邦と関わりを持ち、それでいて互いが交わることは永遠にないのだ。


「私が見つけたアウゲニは、液体の量が多い惑星でした。ですが、永い閉鎖空間での生活によって弱っていた民衆なら、液中での生活の方が体に負担がかからないかもしれない。そう判断して、私はアウゲニへの移住を決断しました」

「そして、どうにか入植は上手くいった……ということですか」

「はい。そして今から593421周期前、陸上への適応を果たしたイタエの民は、惑星の外へと進出を果たしました。その後、いくらかの時を経て。私たちは連邦の皆さんと出会い、連邦市民になったわけです」


 随分と端折った説明だったが、何となくイタエの民の歴史は分かった。

 移住を済ませてから、連邦に参入するまでに何千万年、あるいは何億年の年月を経たのだろう。ラウペリアは語らなかったが、それは壮絶な日々だったはずだ。


「私はイタエの民を教導する立場でしたが、連邦への参加をもってようやくその任から降りました。後は自由にしてよくなりましたので、こちらに就職したわけです。それまでに培った諸々の処理能力が、今では役所の仕事に活きています。不思議なことですね」

「本当にね……」


 壮大な話のはずが、着地点が連邦の役所への就職活動になってしまった。

 何ともはや。カイトは苦笑しながら、心の中にあった残りわずかの警戒心を打ち消した。ラウペリアもイタエの民も、まったくもって大丈夫だ。

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