憎悪も妬心も焼き焦がす光
初手で逃げを選択しなかった時点で、汚染中枢の敗北は確定した。
サイオニックランチャーの斉射で中枢船の大半を撃沈したこともあるが、何よりもエモーションが全ての船を記憶したことが大きい。
「エモーション」
『はい、全て掌握しました。あとはどこに逃がしても問題ありません』
この場で捕捉したすべての敵船の情報をエモーションは記憶した。以後、どこに転移しても連邦の勢力圏内であればすぐに発見することが出来る。そして、その情報を共有することも。
致命的な一拍の差。慌てて飛来する小型船を障壁で防ぎ、二射目の準備に入る。
障壁を解除すると同時に、カイトもまた次の戦術を用意していた。クインビーの腕を本体から分離し、小型船を迎撃する
二射目は細かく狙いを定めることなく、発射しながら砲身そのものを動かすことで砲撃の範囲を広げる。鞭のようにしなる光が、奇妙な幾何学模様を描きながら汚染船団を破壊していった。
辺りに動く船が見当たらなくなったことを確認して、カイトは攻撃を止めた。サイオニックランチャーから放出された破壊の意志も、程なく散逸して消える。
「逃げた船はいるかい」
『はい。三隻逃走を図りました』
「逃げた先は確認してあるね?」
『もちろんです』
「おうけい。では、追跡隊に二ヶ所を任せよう。僕たちで受け持つのは一ヶ所だ」
『良いのですか?』
エモーションの質問の意味は分かっている。逃げた三ヶ所のどこが『正解』なのか分からないこと。だが、カイトは宇宙でこうして生活をしてきた結果、何となく自分の引きが強いことを自覚していた。こういう時、選んだ先が大体正解だ。
とはいえ、そんな話をしたらどうせエモーションが呆れるだけだ。ここは当たり障りのない返答をしておく。
「ま、僕らのこだわりよりも事態を解決するのが最優先さ。それに、僕らが正解を引けなかった場合は、さっさと終わらせて応援に行けばいい」
『楽観的ですね、キャプテン』
「負ける可能性が見えないからねえ」
『分かりました。それではどちらへ』
「それはもう」
カイトはクインビーの中へ戻ると、にこりと笑みを浮かべた。今回の主役は自分ではないのだ。だからこそ、ここぞという時に選ぶのも彼女だと自分の勘が囁いている。
「エモーションが決めたところへさ」
***
汚染中枢と呼ばれた機械知性は、転移した先でひとまず危機から逃れたことに安堵していた。
突然現れた謎の船。どう見ても生身にしか見えない生物が船外に出ていたが、相手の正気を疑っている一瞬の空白を衝かれて先手を取られてしまった。馬鹿げた威力の光学兵器と、自律行動を取っているとしか思えない実体兵器。そしてこちらの船による特攻でも傷ひとつつかない堅牢な防御力。宇宙には今、こんな途轍もない性能の船が存在するのか。
「あれは生身……ではないよな?」
誰か違うと言ってくれ。
汚染中枢は落ち着くべく、先程の状況記録を再確認する。やはり生身にしか思えない。いや、生身の生物が船外に出ていると見せかけてこちらの判断を迷わせるギミックなのではないだろうか。そう考えると確かに辻褄が合う。実際に自分を含めた同種たちは明らかに反応が遅れた。
生身の生物が、好んで宇宙空間に自分の姿をさらすようなことはしない。汚染中枢は相手の術中に嵌まってしまったと判断しつつ、次の手を考える。
「せっかくの準備がパアだ。追手を減らそうと思っていたのだが」
汚染中枢の策を成就させるためには、まだ時間が必要だ。準備を万全に完了させるためにも、追手の数を減らすために罠を張っていたのだ。その目論見は、あの妙な船のせいで脆くも崩れ去った。
いや、そもそも。
「あの船は追手だったのか……?」
一隻であの数に挑んでくるのは、単なる蛮勇だと断じた。結果だけを見れば、蛮勇ではなかった。むしろ適切か過剰な戦力ですらあったと今では判断できる。
自身の迂闊を反省してはいるが、敵船の正体については情報が欲しい。追手だとすれば先回りされたということ。だが、いくらあれほどの戦力だとしても、一隻で待ち伏せなどされるだろうか。実際に、自分は逃げおおせたのだ。組織の常識として考えるならば、あの配置は不自然に過ぎる。
「戦場に残っていた自律兵器の類だろうか」
そんな風に思うと、不思議なほどにしっくりきた。
汚染中枢が発見し、分割した同種たちを送り込んだ戦場跡。そこには船の残骸と生きていた転移装置がいくつか発見できた。その中に、敵を見失ってシステムダウンしていた強力な自律兵器が残存していたのではないかと推測する。
その推測が正しければ、あそこに一隻でいた理由も分かる。小惑星帯は戦場跡から離れているものの、捕捉出来ないほど遠くもない。汚染中枢の船団が戦場跡に現れたことで再起動し、その後は小惑星を敵と誤認して近づいてきたということ。
「新たな発見は良いことばかりではない……ということだな。学ばせてもらった」
こうなれば、仕切り直しだ。数は減ってしまったが、自分と同様に逃げ延びた同種もいたはずだ。これはゼロからの再スタートではない。大きく落胆するほどのことではない。そう自分に言い聞かせながら、不測の事態で合流場所と決めてあった宙域へ向かう。そこでは別行動中の同種が文明に敵対するための作業を進めている。
「やれやれ、ここから再開といくか」
『ほう。さすがはキャプテン。見事な引きの強さですね』
「!?」
安堵した瞬間、何故だか突然聞こえてきた通信。強烈な危機感を感じて、加速して距離を取る。
遮蔽物に身を隠して周囲を探る。反応は何もない。
何かの通信が混線したか、偶然何かを受信したのだろうか。それが最も可能性が高いと思いつつも、不安が沸き上がってくる。もしかすると自分は、致命的な事態に陥っていないだろうか。
唐突に、空間に歪み。ぐにゃりと景色の一部が歪んで、戻った時には明らかに被造物らしきものが現れていた。
「馬鹿なァッ!」
それは船だった。丸みを帯びたフォルム。表面に乱雑に打ち付けたような無数のパーツ。船としては決して大きくない。分類としては小型船だろうか。だが、問題はその見た目ではなかった。
同種を先程一網打尽にしたばかりの、自律兵器と目される船。転移で逃げ切ったはずの敵が、何故か自分たちの目の前に現れたのだ。
『なるほど、建造途中で開発計画が白紙になった人工天体ですか。解体されずに放棄されていたものを再利用しようということですね。こういう場面でなければ、賞賛して手伝うところなのですが』
船の残骸よりもはるかに巨大な、人工天体の残骸。
これは汚染中枢の見つけた拠点であり、完成させて異文明と決戦するための切り札でもあった。
最悪だ。人工天体はまだ完成には程遠い。設置された武装を運用しても、勝てる見通しは少ない。
『資源に限りがないからと、こういうのを放置するのは連邦の数少ない良くないところだよね。報告書では課題として挙げることにしよう』
続いて聞こえてきたのは違う声。まさか、あれは自律兵器ではないのか。
では何故、生身の生物が表に出てきたのだ。分からない。理解出来ない。
と、やはり船内から生身の生物が表に出てきた。もしかして本当にあれは生身なのだろうか。何の酔狂でこんなことをしているのだ。
「分からない。分からないぞ、何だ貴様ァーーーッ!」
吐き出された言葉は、余裕らしい余裕をすべて失った汚染中枢にとって最後に絞り出された疑問だった。
それとほぼ同時に、前後左右上下すべてに純白の光を観測する。汚染中枢は防御や回避を決定する暇すら与えられなかった。人工天体も、船体も、光に包まれた何もかもが次の瞬間には消し飛んだからだ。
最後の問いへの答えを得ることもなく。そして、光を撃ち放った相手が、問いを向けられたことに気付くこともなく。
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