追って追われて先回りして

 諸々の準備を終えて。クインビーに戻ったカイトは、まず追跡隊の状況を確認することにした。


『やあ、カイト三位市民エネク・ラギフ。そちらの様子はどうかね?』

「準備は完了しました。そちらは?」

『あまり良くない。移動のたびに索敵をかけてはいるが、群れを三つ取り逃がしている。どうやら追われていることに気づいたようだ』

「なるほど。汚染された群れ同士は情報の共有が出来るのかもしれませんね」

『ああ、そういうことか。それなら納得出来る』


 追跡隊のテラポラパネシオには、どうやら心当たりがあるようだ。途中で汚染された船団が奇妙な動きを見せたのかもしれない。

 追跡隊から送られてきた情報を元に、エモーションが解析を始める。宙域図と、汚染の中枢が移動したルート、そしてフルギャドンガコピーが作り上げた追跡ソフトを元に、次にどこへ向かうかを計算しているのだ。


『我々はこのまま汚染の中枢を追う。カイト三位市民は情報を元に先回りしてくれ。挟み撃ちに出来た時が、決着の時だ』

「分かりました。汚染された群れの対処はどうします?」

『既に連邦議会に応援を頼んでいる。事情が事情なので、汚染中枢の排除までは我々の本格動員も決まった。そういう訳で、あまり時間はかけていられないのだ』


 それはその通りだな、とカイトも頷く。

 宇宙クラゲは連邦という社会の中枢に近しい個体が極めて多い。すべての個体が個を共有しているという特殊な生態を持っていることもだが、単純に出来ることが多いのだ。超能力を使えること以外にも、彼らの多才さにはいつも驚かされる。

 テラポラパネシオが連邦の仕事から外れるということは、連邦の業務効率が著しく低下することを意味する。確かに時間をかけてはいられないようだ。


『応援で参加する船団は、主にアグアリエスの保護作業に当てられる。軍部の船団は逃げた群れの追討を終えた後は、遊軍として周囲の宙域を警戒することになった。中枢船の機械知性の汚染は、他にもあると見るべきなのでね』

「そうですね。それでは僕たちは僕たちで動きます」

『頼む』


 打ち合わせを終えて、クインビーの動力に火を入れる。

 エアニポルのハッチが開くのを待っていると、ぽつりとエモーションが疑問の声を上げた。


『キャプテン。エラーが起きたコピーですが』

「うん」

『憎しみが消えて、真実アグアリエスのために力を尽くすようなコピーは現れなかったのでしょうか』

「いたかもしれないね」

『見つかるといいですね』

「それは無理じゃないかなあ」


 カイトの言葉に、エモーションは多少なりとも落胆したようだった。

 だが、それは当たり前のことなのだ。


「そういうのがいたら、生命の住める星を見つけた時点でさっさと移住を済ませているはずだからね」

『!』


 憎しみを棄てたなら、フルギャドンガはまさしくアグアリエスの守護者と呼べる存在であるはずだ。それこそ、連邦に所属している種族の中に末裔がいても不思議ではない。


『そうですね。そうであって欲しいと思います』


 エモーションは気を取り直したようだ。機嫌が直って良かった。

 カイトは、その後に小声で呟かれたありがとうございますという言葉については、聞こえないふりをすることにしたのだった。


***


 予測を元にクインビーが身を潜めた小惑星帯は、最初に汚染の中枢となった船団が発見されたところに程近い宙域だった。

 巧妙にあちこちを飛び回った汚染中枢だったが、追跡を振り切った船団はいずれもこの小惑星帯と近い宙域を翔けている船団だったのだ。おそらくはこの小惑星帯での合流を策しているのではないか、というのがフルギャドンガコピー、および追跡隊の考えだった。


『来るでしょうか』

「さあ……どうだろう」


 カイトはそこまで現状を楽観視していない。汚染中枢がどれくらいこちらを厄介な相手と見積もっているかにもよるが、こんなに分かりやすい痕跡を残すだろうか。むしろ、そうやって集結した連邦の船団を一網打尽にする方法を策していると考える方が自然ではないか。

 どちらにしても確証のないうちに動くべきではない。カイトは静かにクインビーの中で待つ。


『転移反応です。……来ます!』


 と、小惑星帯の近くに無数の船が転移してきた。汚染中枢の反応もある。


『せ……船団!?』

「やはり備えていたようだね」


 中枢船の反応を見ると、小型船の数と比べて中枢船の数が妙に多い。一隻の中枢船が運用出来る小型船の総数を考えれば、小型船が少なすぎるのだ。

 向こうの手口がどんなものかを考えて、推論を立てる。


「エモーション。この周辺に、戦場跡はあるかい」

『戦場跡、ですか』

「うん。公社とこれまでに関係のあった海賊の根城とかでもいい」

『少々お待ちください。……ありました。およそ二十万年前、転移装置を使って連邦の宙域を侵犯していた海賊団が討伐されています。それが何か?』

「おそらく、汚染中枢はそこを探り出したんだ。自分の持っている転移装置の反応かなにかを探知させたのかもしれない」

『……まさか!?』


 エモーションも同じ推測をしたのだろう。

 戦場跡で、船の残骸から使えそうな転移装置を探し出しておいたのだ。そして、汚染した船団の中枢をその場所に転移させた。汚染中枢があちこちで目立って動いている間に、他の中枢船が転移装置を搭載したのだろう。


『し、しかし。転移反応は少なかったはず』

「中枢船を二つに分割してしまえば、ひとつを囮に出来る。汚染中枢はもうひとつと一緒に飛んだ後、自分だけもう一度飛ぶ。そうやってしまえば、こちらに気付かれずに戦力の拡充ができるわけだ」


 連れている小型船は、戦場跡に散乱した残骸から作ったのだろう。よく見ると大きさもまちまちだ。

 とはいえ、海賊船の残骸から作ったのであれば、使えそうな武装を組み込んでいてもおかしくない。数が少ないからと侮っていれば、一網打尽にされてしまう危険は十分にあった。


「エモーション。サイオニックランチャーを射出」

『友軍を待たないのですか』

「少なくともあそこにいる中枢船は全部叩いておかないとね。待っている間に転移用のエネルギーを充填されたら、また取り逃がすよ。それに」


 汚染を行える船が、今度は一隻ではない。何隻逃がしたかという話になると、問題の解決は更に遠のく。

 目視できる距離だ。今は上手く隠れているが、通信を送ったりすると連中に見つかるリスクがある。むしろ、クインビー一隻で相手をした方が掃討できる可能性は高い、とカイトは見た。

 まだ戦力差がある以上、船団相手では逃げを打つ可能性が高い。だが、一隻相手ならまずは排除を考えるはずだ。最初の汚染船団はそんな選択をした。唯一の懸念はクインビーがお仲間を排除した船とバレている可能性だが、その場合も逃げを打つと考えれば状況は一緒だ。


「むしろ排除と悩んで、一瞬でもここに留まってくれた方が被害は減らせる。そうだろ?」

『やむを得ませんね。派手な動きは駄目ですよ、キャプテン』

「もちろんさ」


 クインビーの武器庫が開き、四丁のサイオニックランチャーが射出される。

 あまり出力を高めない超能力で引き寄せ、生やした腕に装着。どうやらまだバレてはいないようだ。


「よし、出るよ。向こうが戦闘態勢を取った時点で、エモーションは追跡隊に連絡を」

『了解です!』


 カイトは船外に躍り出るや、最大出力でクインビーを翔けさせた。

 汚染船団がこちらに気付き、一瞬だけフリーズした。こいつ正気か、そんな空気が中枢船から漂う。つまり、こちらが他の汚染船団を排除したことには気づいていない。

 勝った。次の瞬間、敵船から無数の兵装が差し向けられたことで、カイトは勝利を確信した。


「まずは……ひと当て!」


 それぞれに構えたサイオニックランチャーを、目星をつけた中枢船に向ける。排除の意志を込めた四条の光線が、敵船ごと小惑星帯を呆気なく貫いた。

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