アグアリエスの明日
常識という枷と同族嫌悪的な何か
連邦内で短期労働者が募られることは、きわめて稀なことだ。
寿命と資源の問題を恒久的に解決した社会では、労働は娯楽のひとつに過ぎないからだ。退屈を紛らわすためや市民権のアップグレードのためといった理由で、希望者のみが趣味の一環として行うものとなっている。
ただ生きるだけであれば、連邦では特別な義務は課されない。他の連邦市民の権利を阻害しない範囲なら、何をしてもしなくても構わないのだ。
そんな社会基盤を持つ連邦で、短期労働者を募ること。それはつまり、短期的に労働者の需要が増えたことを示す。つまり、何かがあった。最近の連邦議会の動きを考えると、おそらく宇宙マグロ流星群という頭のおかしいネーミングの集団の件だろうとは思うけれど。
レベッカは流れてきた求人募集に目を落とす。思ったよりも職種がばらけている。記載されている情報からは、一体何が起きているのかを推察するのは難しい。隣の席で仕事をしているマディームに声をかける。見た目は地球人に似ているものの、頭髪の部分が貝殻状になっているのでそれはもう違和感が凄い。
「先輩。突然こんなに求人が出ているのって、何故なんです?」
「あら、レベッカさん転職なさるの?」
「いえ、そうじゃなくて。職を見つけられていないアースリングの仲間がまだ結構いるので……」
「そうだったわね。カイト
連邦の中央星団で就業している市民たちは、おおむねカイトへの信頼が篤い。彼が不定期に起こす事件(と、それに付随して積み上がる業績)が、連邦の歴史に残るようなものばかりだからだ。文句をつけているのは就労経験のない下位市民と、彼らを対象にした報道機関くらいだと聞いて、連邦の階層制度というのは地球よりも厳格に棲み分けが行われていると思ったものだ。連邦で暮らしていると、当たり前のように年齢が百倍とか二百倍の先輩がいるので、能力にコンプレックスを感じる暇がない。
思考がそれた。当初の話題は就労内容だったはずだ。
「今回の宇宙マグロ流星群の事件はご存知でしょ? カイト三位市民がまた素晴らしい結果を挙げた、あの」
「ええまあ。凄いですよね、彼」
「そうなの! 議会に連邦法の改正まで迫ったっていうから、また演劇の題材がひとつ増えるわね。楽しみだわあ」
「あの、それで……」
「そうそう、ごめんなさいね。生まれて二万周期を超えると、どうしても話が散らかっちゃうのよぉ。いま、議会は宇宙マグロ流星群……じゃなかった、その中にいる古代種族あぐ……なんとかの保護を公社と一緒になって進めているのね」
「はい。アグアリエスでしたっけ」
「そうそう、そのアグちゃん! そのアグちゃんを保護するためには、船とテラポラパネシオの皆様の同行が必要らしいんだけど」
マディームがぱんと両手を打ち鳴らした。いちいち仕草が地球人くさいのは、彼女(あるいは彼)が地球文化を題材とした演劇の強烈なファンであるのが理由らしい。レベッカが就職できたのも、マディームの口利きだと支配人から聞いている。テラポラパネシオとは別ベクトルでアースリング贔屓なのだ。
「テラポラパネシオの皆様が、本格的にアグちゃんの保護に動くみたいなの。その関係で、船を持っている市民の協力が必要になったのね」
「軍人だけでは足りないってことですか」
「そうなの! でね、個人で船を所有している市民は、だいたい誰もが仕事をしているから、その分の空いた業務を一時的に代わるスタッフが募集されてるってワケ」
「よく分かりました。そうすると、アグアリエスの保護が終わったら無職になっちゃうってことですね。紹介していいのかな……」
レベッカが頭を悩ませていると、マディームが両手を大きく広げてもちろんよと叫んだ。いちいちオーバーリアクションなのは見ている演劇のせいだろう、多分。
「紹介すべきよ! 仕事の経験を積んでおくと、次の就業に有利なのよ?」
「それでも、短期募集だと行く行くは辞めないといけなくなっちゃいますよね。アースリングはまだ連邦に来て日が浅いですから、仕事をあちこち移るのはストレスかなって」
「それはそうね。ほんの二十周期くらいしか働けないから、腰を落ち着けて仕事をしたいなら不向きかもしれないわ」
「……はい?」
二十周期。中央星団の一周期は地球で言うと二年半くらいになると聞いたような覚えがあるから、計算すると五十年くらいは働けるということになる。目の前のマダム(っぽい宇宙人)は連邦の常識で話しているのだ。レベッカの考える短期とマディームの考える短期が違っていても不思議ではない。
むしろ、数百年単位で同じ仕事をすることに抵抗を感じているレベッカたちの方が異端なのだ。文化の違いにまだまだ慣れていないなと頭を振って、マディームの親切に礼を言う。
「ありがとうございます。取り敢えず仲間たちに条件を見せて相談してみようかと思います」
「そうね、それがいいと思うわ! そうだ、レベッカちゃん。次の演劇、一緒に行かない? カイト三位市民の活躍を描いた最新作なんだって」
「そ、そうですね。考えておきます」
レベッカは頬を引きつらせつつもどうにか笑顔を取り繕った。
カイトの演劇とやらを、マディームに誘われて一度見に行ったことがあるが、それはもうひどかった。カイトへの美化と改変が物凄いのだ。自分の中のカイト像が揺るがされるので、レベッカはどうにか断りたいと言い訳を考えるのだった。
***
その頃。
カイトとエモーションは、結局一度エアニポルに戻っていた。フルギャドンガコピーから、情報共有を求められたからだ。
アグアリエス探索装置のクオリティに関わると言われれば、否やはない。カイトとしては追跡隊に合流したいところだったが、エモーションが応じるべきだと進言してきたので、そちらを優先したのだ。
案内されるままに工場区画へ向かうと、そこにはある程度の活動用デバイスを用意されたフルギャドンガコピーが待っていた。土台から人間の上半身が生えたような姿だ。
『手間をかけるな、キャプテン』
「構わない。エモーションが必要だと判断したということは、ここに来るべき理由があったということだろ?」
「はい。解析したデータを共有する場合、こちらのフルギャドンガ博士にまで汚染が広がる可能性が否定できません。そうなった際に速やかに破壊できるよう、段取りを整えておく必要がありました」
エアニポルに常駐している機械知性で、エモーションと同程度のスペックを持つ者は存在しない。ただデータを送りつけただけでは騙される恐れがあるという説明にはそれなりの説得力はあった。あくまで『それなりに』だが。
「それで? それだけが理由ってわけじゃないだろ。特に君の方は」
『敵わないな。確かにそれだけが理由じゃない。私はここにいる限り、君たちの敵にはなり得ないからね』
フルギャドンガコピーは、現状を十分に理解している。
それでもカイトとエモーションを呼びつけた理由は、エモーションの説明だけでは弱かった。じろりと睨みつけると、思ったより軽く降参の姿勢。
『私がこの情報を共有したいと思ったのは、ちょっとした贅沢だよ』
「贅沢?」
『そうさ。何かの選択肢があるとする。生きている限り、知ることが出来るのはその選択肢のどちらかだけだ。もう片方を選んだ結果を知ることは出来ない。そのデータは、私が選ばなかった選択をした結果が見られるのだよ。普通に生きていては叶えられない、とびきりの贅沢だと思わないかね?』
なるほど、ちょっと分かる。
カイトで言えば、グッバイアース号で地球から遠ざかるのではなく、地球に戻ると選択した場合を垣間見るようなものだろう。
おそらくディーヴィンの暗躍でどこかに売り飛ばされただろうし、連邦から一目置かれることもなかった。今のところ、どう考えてもこちらの選択の方が自分のためにも地球のためにも良かったと断言出来る。それはそれとして、そんな選択の先を見てみたいと思わなくもないのだ。
「それで、別の選択肢を垣間見たご感想はどうなんだい」
『醜悪だね』
フルギャドンガコピーは平然と切って捨てた。どうやらデータ汚染はされていないらしい。エモーションに視線を向けると、彼女も大丈夫だと頷いた。
『今更アグアリエスに情が湧いた、なんてことを言う権利がないのは重々承知しているが、こいつは駄目だ。コピーの際にデータが破損している。自分がアグアリエスに対して持っている感情と一緒に、フルギャドンガがアグアリエスに抱いた想いが本質的な部分で欠落している。残念だがこいつは、何かを憎みたいから憎んでいる状態のようだ』
早口でまくしたてているから、余程腹が立ったものと見える。どちらかというと、フルギャドンガという人物は沸点が低いタイプだったようだ。
憎むために憎む。何となく、連邦が機械知性のコピーを法律で禁じている理由が分かった気がする。
コピーに失敗して、どこか欠落したエモーションを思い浮かべてみる。なるほど、許しがたい。
『ちょっとした贅沢をと思ったが、残念きわまりない。欠落の結果としての短絡的な行動でしかないなら、これはフルギャドンガの選択とは言えない』
「そうかね」
『うむ。ちょっと待っていてくれたまえ。すぐ作成に取り掛かる』
と言いながら、フルギャドンガコピーはデータ端末を取り出してエモーションに手渡す。
『こちらはご所望のアグアリエス探知ソフトだ。質に問題がないようなら、すぐにデータ化して配布してくれたまえ』
「ありがとうございます。確認しますね」
「は?」
話の流れについていけないカイトに、フルギャドンガコピーがくすりと笑う。
『この欠落したコピーを追いかけるのだろう? キャプテン。これの思考回路を元にした転移予測ソフトをすぐに作るから、活用してくれたまえよ』
「いいのか?」
『もちろんだ。あんな欠陥コピーが世の中に存在するなど、耐えられんよ』
事情はどうあれ、破損コピーを追うための最短ルートはこれだったらしい。なるほど、エモーションが進言してくるわけだ。カイトはようやく心から納得出来たのだった。
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