へし折るのは心
クインビーが追いかけている航跡は、これまでに遭遇してきた宇宙マグロの群れが作る独特のものだ。
航跡の反応を追うようにしてクインビーを翔けさせる。転移しても良かったが、連邦との連携を切りたくないカイトは転移による一瞬の空白を忌避した。テラポラパネシオを中心とした追跡隊が、先程カイトが辿り着いた宙域に到達したと連絡が入る。
指示を出す間もなく、エモーションがデータを送信している。相手の転移反応は登録された。これで追いかける段取りはついた。後は、汚染源である個体に追いつくまでにどれだけのフルギャドンガコピーが汚染されてしまうのか、という点だ。
「エモーション」
『はい』
「公社にいるフルギャドンガコピーと連携を」
『よろしいのですか』
「相手はおそらく、同種の居場所を探知する方法を開発している。こちらも同型品を準備しなければ、どこまで行っても追いかけっこになってしまう」
『確かに。アグアリエスの身柄を保全するには必要ですね』
「そういうこと。頼んだよ」
『分かりました』
エモーションが公社との連絡に集中している間に、カイトはカイトで追跡隊のテラポラパネシオと通信を行う。
「今、アグアリエスの探索装置を作成するように公社に働きかけています。完成次第提供させますので、アグアリエス船団の確保数を増やしてください」
『了解した。どれだけの追撃戦になるか』
「その際、被害を受けるのは僕たちではなく乗っているアグアリエスたちです。向こうを干上がらせなくては、被害が増える一方です」
『その通りだ。取り敢えずこの宙域にいたアグアリエスは収容した。蘇生が間に合う可能性は低いだろうが、出来る限りを行うつもりだ』
「感謝します」
『武運を祈るよ、カイト
カイトは通信を切った。
エモーションの方の段取りが終わり次第、加速をかける。
惑星への被害も、戦力の拡充も、何一つ思い通りにはさせない。
***
目当てのアグアリエス船団、いや、既にアグアリエスはいないはずだから汚染船団とでも呼んだ方が良いだろうか。ともあれその船団が、視界に入る距離まで近づいてきた。
『強襲しますか?』
「いや。まずは声をかける」
『敵ですよ。そんなことをする意味があるんですか?』
「あるさ」
少なくとも、相手の出方くらいは探れるはずだ。
問答無用で攻撃を加えてくるか、アグアリエスを載せているフリをするか、戦力が整うまで初手から逃げを打つ可能性もある。
何もしない、なんてことは考慮しない。アグアリエスの反応が船内にないのは確認済みだ。無抵抗でも叩き潰す。
「前方のアグアリエス運搬船に告ぐ。貴船団は連邦の領域を侵犯している。直ちに船団の運動を停止し、こちらの臨検を受けられたし」
返答はなかった。ただ、最後尾の船が二隻、こちらに吶喊してきただけ。このまま船を直撃させて大破を狙おうという腹だろう。予測は最初のひとつが的中したことになる。最もシンプルで、それだけに愚かしい判断だ。
カイトは特に迎撃することなく、その直撃を受けた。当然ながら障壁を展開しているので、クインビーに損傷はない。
「攻撃を確認した。交渉の余地がないと判断し、これより貴船団を殲滅する」
攻撃が直撃したにも変わらず、何の痛痒も感じた様子がない。相手は多少なりとも驚いたようではあった。再び数隻を吶喊させてくるが、今度は
カイトはそのまま、船の外へと体を躍らせた。しっかりと台座を踏みしめ、上半身をわずかに前傾させる。頭髪から大量の紫電が舞った。
『何だ? 正気か、お前』
こちらからの問いかけには無視を決め込んだのに、自分の疑問だけは無遠慮にぶつけてくる。ふざけた話だ。
カイトは返事をせずに働きバチを周囲に散布する。クインビーを加速させつつ、こちらを牽制しようと向かってくる後方の船を次々に撃沈していく。
見える範囲の戦力差は著しい。相手の小型船は無数にあり、こちらはクインビー一隻だ。数隻をこちらに差し向けるのは、それほど不可解な戦術ではない。そう、相手がカイトでなければ。
そもそも働きバチがクインビーの周囲に居続けられるのも不自然である。速度域を考えれば、一瞬で置き去りにされてもおかしくないのだ。だが、カイトの超能力で維持された働きバチたちは、複雑怪奇な動きで寄って来る船を撃沈している。
「サイオニックランチャーを使うまでもないね」
薙ぎ払ってしまえば爽快だろうが、中枢船も巻き込んでしまうおそれがあった。
確認しておきたいこともある。カイトは視界の端に中枢船を納めたまま、飛来する無数の船を作業のように破壊していく。
いよいよ数が減ってきたところで、中枢船が他の船を一斉にこちらに差し向け始めた。どうやらどさくさに紛れて逃げようと算段をつけたらしい。無駄なことを。
上下左右から同士討ちを気にせず突っ込んでくる小型船を避け、あるいは障壁で弾き飛ばしながら、中枢船に向けて更に加速していく。巨大戦艦の光学兵器にも無傷の障壁が、たかが小型船の衝突程度で破損したりはしない。
「あんたが本当に逃げたいと思うんだったら、無駄なことはしないで一目散に逃げるべきだった。ま、そうしたとしても逃がしはしないがね」
『く、来るなァ!』
随分と怯えた様子の機械知性だったが、今更だ。先に手を出してきたのは自分ではないのだから。
どうにかして逃げようという意図が透けて見える動き。カイトはクインビーから手を生やして、がっちりと中枢船を確保した。瞬間、散らばっていた小型船がクインビーに向かって吶喊してくる。
勝った。そんな言葉を中枢船が吐き出したような感覚があった。障壁に向かって無謀な特攻を仕掛けてくる小型船を見ながら、カイトは中にアグアリエスがいなくて本当に良かったと思う。
『馬鹿な』
ぽつりと、通信機がそんな音を吐き出した。
小型船をどれだけぶつけようと、クインビーの障壁にまったく損傷の様子はない。確保されて、小型船も使い切ってしまった中枢船に取れる手段は何もない。あるいは自爆くらいはするかもしれないが、それでもクインビーにわずかな損傷も与えることは出来ないで終わるだろう。
連邦の他の軍船でも、同程度のことは可能だ。単純に追いつくのが大変だという点を除けば、船の性能から見ても負けることはまずありえない。おそらく同じような展開になりつつ、障壁の前に無駄な特攻で終始するはずだ。
相手が船団であれば、最初から逃げる選択肢を取ったのは疑いない。実際、最初の時はそれをやられた。だが今回は、相手が一隻だったことで判断を誤ったとも言える。存分に絶望しただろう機械知性に語りかけるように、カイトはエモーションに指示を出した。
「エモーション。この船から情報を抜いてくれ。手段は問わない」
『!?』
『よろしいのですか、キャプテン。そんなことをすれば私が汚染される恐れもありますが』
エモーションも心得たもので、敢えて相手に分かるようにこちらに返答してくる。
カイトはその問いを、鼻で笑った。
「何を言っているんだい。君とこの中にある機械知性との間に、どれだけの差があると思っているんだ。汚れた部分があるなら、そこも含めて余すことなく洗って差し上げなさい」
『分かりました。結果として、搭載されている機械知性の人格を消去することになるかもしれませんが、構いませんか?』
『待て、待ってくれ! 質問になら答える! 嘘偽りなく答えるから、何でも聞くといい!』
「必要ないよ」
エモーションの底意地の悪い確認にも、差し込まれてきた通信にも、カイトは同意しなかった。
「どうせ公社で押さえているフルギャドンガ以外は、すべて抹消することになっているんだ。その機械知性が何者であったとしても、関係も問題もない。作業を開始してくれ」
『了解しました、キャプテン』
『待て、何をする……何をするつもりだァ!?』
彼我の戦力差は、船の中身にまで及んでいる。アップグレードを果たしたエモーションの性能は、連邦の最新鋭だ。この程度の機械知性から思考汚染されるはずもないとは、元々はエモーションの言だった。
可能性を否定してみせるために、わざとカイトに聞いたのだ。どうやらエモーションも、目の前の相手にかなりご立腹のようだ。データの吸い出しは、極めて徹底的に行われるだろう。
最早声ではなく、明らかに破滅的な機械音が通信機の向こうから聞こえてくる。カイトはそっとボリュームを落とした。
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