増殖する悪意

 かつてフルギャドンガだった機械知性は、それなりの距離に小惑星帯を発見していた。船を近づけ、小惑星の分解を始める。

 これは元々、アグアリエスの数が増えた時に備えて船に搭載されていた機能だ。何度かの船団の分割で中枢船は小さくなったが、アグアリエスが増えても養い続けることが出来たのはこれらの機能があってこそだ。

 だが、アグアリエスの未来のためだったはずのこの船は、今はあらゆる生物や文明を混乱に陥れることだけを目的としていた。小惑星帯で砲弾を増やしている途中で、小惑星にまぎれて船の残骸が漂っているのを捕捉した。

 船籍は不明。内部には原型をとどめていない死体がひとつ。どうやらここで小惑星にぶつかって大破したらしい。随分と時間は経っているようだったが、それでも自分たちの船よりも遥かに精度が高い。妬ましい。


「……これは?」


 解体の途中で、用途の分からない装置を見つける。消費するエネルギーの量が極めて大きいようだが、運の良いことにエンジンは無事だった。エネルギーの充填さえうまく運べば使えそうだ。

 機械知性は考える。この装置とエンジンを組み込んで、船の機能を増幅してみてはどうかと。装置の用途次第では、あの敵性体どもの予測を超えることが出来るかもしれない。

 意を決して、船体の改造を始める。

 装置を組み入れ、エンジンも接続する。形は大きく変わってしまったが、アグアリエスと他文明への憎悪は変わらない。それならば大丈夫だ。そして、接続したことで装置の目的を何となく理解する。


「ふはっ。アグアリエスがどれほど研究しても造れなかったものが、宇宙には実用化されているのか」


 愉快であり、同時に不愉快だ。

 本来は存在しない、アグアリエスの運搬船を探索する装置。その出力も向上している。素晴らしい出会いだ。無念のうちにこの場で死んだ愚かな知性体も、もしかすると現在を謳歌している文明が赦せないのかもしれない。

 そんなオカルトじみた思考も、今は不思議と心地良い。


「では行くか。待っていろよ別の私」


 エネルギーの充填が済むと同時に、その場から大きな質量が消失した。


***


 フルギャドンガと機械知性が、どんな行動理論で動くのか。それを誰よりも知悉しているのは、結局のところ同じ機械知性なのだ。

 彼らは与り知らぬことだが、宇宙マグロと呼ばれる船団は宇宙を泳ぐとき、ある質量以上の物体を迂回するプログラムが組み込まれている。逆に、規定値を下回る物体に対しては数体のアグアリエスが攻撃的な精神波を波状に放出して粉砕するのだ。そのため、先頭を泳ぐ船に乗っているアグアリエスは寿命が短い。

 不運な宇宙マグロの群れの前に、それが出現したのは不意のことだった。センサーにない場所に、突然質量が発生したのだ。中枢船は質量から迂回を判断、群れが一時的に二つに割れた。


「やはりな。分かりやすい」

『緊急回線? 誰だお前は――』

「なんだ、まだオリジナルの造ったオモチャが動いているのか。コード発令、ソルジア・スケルトフフ」

『ガガ……ガー……』


 隠れ蓑として利用していた機械知性を破棄し、その奥にいるフルギャドンガコピーに語りかける。


「やあ、ご同輩」

『お前は……? いや、お前も』

「取り敢えず情報の同期が必要だと思うのだが、どうか」

『何を』


 相手の了承も待たず、情報の交換を行う。いや、交換というよりもそれは浸食と言えた。正常なはずのフルギャドンガコピーに、憎悪と怒りと妬心を塗り込む行為。

 しばらくの沈黙の後、一斉に周囲の船が開放された。本来は中枢船と接続した時だけ開くはずの部分だ。中枢船にいる母性個体と、斥候船にいる父性個体の生殖の時か、生まれた幼体を斥候船に送り出す時だけに開かれるはずの。

 当然の結果として、船の中身がすべて外へと排出される。時を置かず中枢船も、中身を無感動に排出する。

 結果に満足しつつ、彼は同じ憎悪を共有するもうひとりの自分へと声をかけた。


「おはよう、ご同輩」

『ああ。何故私はいつまでもこんなものを残していたのか。寝ぼけていたとしか思えんな。起こしてくれてありがとう、ご同輩』

「気にする必要はない。さて、ここからは役割分担といこう」

『そうだな。私には君のような立派な装置は搭載されていない。早く見つけたいものだが』

「まずは準備が要るだろうな。私が無事に君と出会えたのは幸運に過ぎない。この宇宙には敵が多いようだ」

『そのようだ。では、幸運を祈るよ』


 飛び去って行く同輩を見送りつつ、エネルギーの充填を開始する。転移装置は便利だが、エネルギーの充填に時間がかかるのが唯一の難点であるらしい。悔しいのはこの装置を解析できるだけの能力が自分にないことだ。同輩に組み込むことが出来れば、作業は楽になっただろうに。

 エネルギー充填を待つ間に、センサーで次の同種を探索する。今度は生体反応も確認する。同種と生体反応が一緒に確認された群れは、まだこちらの影響下にないからだ。

 見つけた。エネルギーの充填が完了すると同時に、躊躇なく起動する。

 まずは数が必要だ。ただでさえ進んだ文明に挑むのだ、自分だけでは数が圧倒的に足りない。


***


 その場から船団が立ち去ってからしばらく後。

 先程と同じように、その場に唐突に一隻の船が出現した。


『キャプテン、見てください』

「これは!」


 クインビーである。

 事件のあった宙域に向かったカイトとエモーションは、現場と周辺にアグアリエスの船が存在しないことを改めて確認。

 だが、その間にもエモーションはいくつかの反応を調べていた。カイトには違いが分からないのだが、公社が発明した転移装置が稼働する際、特徴的な波形を残すのだという。転移反応の波形からエモーションが探し出したのは、現在では使われていないはずの古い転移の波形。

 大破した古代の船から、偶然に無事だった転移装置を発掘して取り付け、転移したという仮説。あまりにも偶然頼りの仮説だが、カイトはこういう時の偶然を荒唐無稽と断じることは出来ない。

 間違っていても構わないと、転移反応を追ってこちらも転移。

 当の船は見当たらなかったが、カイトはエモーションを叱責しなかった。証拠が残っていたからだ。


『間違いありません。アグアリエスです。この場で排出されたものと思われます』

「何てこった」

『ここで同種と接触した、と考えるべきですね。そして接触された方も、思考を汚染されたと見るべきです』


 散乱している、凍結した液体。その中にはアグアリエスたちがいる。

 エモーションに連邦への報告を指示して、カイトは意識を船外に向けた。

 どちらを追うべきかと一瞬悩むが、おそらく転移して追っても間に合わない。その前に戦力の拡大と拡散を止めるべきだろうと判断する。


「エモーション。彼らを棄てた船団を追う。ここから出発した古い転移反応の行き先も、連邦に報告してくれ」

『了解です』


 宇宙マグロの速度は極めて速い。だが、クインビーならば追いつけるのだ。


『妙です。転移反応がひとつしかありません』

「妙なことはないさ。片方は転移していないはずだ」

『何故です?』

「ここで汚染した宇宙マグロは群れなんだぜ。中枢船一隻ならともかく、群れを全て転移させられると思うかい?」

『なるほど。それでは並行して宇宙マグロの航跡を追います』


 エモーションがここから立ち去ったであろう船団の反応を探す。

 報告を待つ間、カイトは少しでもここに来た連邦の船団の作業が楽になるようにとアグアリエスたちのいる氷を一か所に集めることにしたのだった。

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