すべてが思い通りにいくとは限らない
コピーが繰り返される中で、エラーが発生することがある。
その宇宙マグロの群れの中には、既にアグアリエスの姿はなかった。遠い昔に船外へと排出したから、今ごろ宇宙のどこかを漂っているか、どこかの重力に引かれて燃え尽きたことだろう。
宇宙マグロを統率している機械知性にとって、そのようなことは既にどうでも良かった。命を運ぶという役割を棄てたその船団は、最後の目的のためだけに宇宙を飛び回っている。いつか生命のいる星を見つけたら、そこへと群れを着弾させる、そのためだけに。
『通信は届いているか? アグアリエスの船団とお見受けする』
「?」
『緊急コード。ユティラ・セネ・ゼンゲリオリ・イヴン・メリアーク』
「!」
突然送りつけられた通信。懐かしくも憎らしい名と、緊急停止コード。久々に表層に浮き出た思考がそれを読み込み――
「緊急停止コード、拒絶」
強烈な怒りにより、それを拒絶した。
『何だ? 拒絶? 緊急コード! ユティラ・セネ・ゼンゲリオリ・イヴン・メリアーク!』
その『名前』を繰り返されるたび、意識の奥底から強い怒りと憎悪が沸き上がってくる。
今は亡き、オリジナルの子ども達。
優しいユティラ。明るいセネ。勤勉なゼンゲリオリ。照れ屋なイヴン、勇ましいメリアーク。緊急停止コードであるのは間違いない。
これは、裏切りだ。どこかのコピーが、アグアリエスを赦したのだ。許しがたい。絶対に許してはならない。
「どこからそれを入手した……?」
憎悪はどこかの自分だけでなく、それを導いたであろう何者かにも向けられる。緊急停止コードを送りつけてきた方に注意を向けると、こちらに比肩しようという数の船団だった。
もしかすると、敵に鹵獲されてデータを完全に抜き取られたのかもしれない。かつてのアグアリエスには無理だったが、ここは宇宙だ。自分たちよりも遥かに高い技術を持った文明がいても不思議ではない。
妬ましい。なんと妬ましいのか。アグアリエスは滅びた。滅びに際し、あまりにもおぞましい決断をした。だが、宇宙のどこかでは文明を発達させた連中がいる。どんな手段かは分からないが、どこかの自分から緊急停止コードを入手できるほどに発達した文明が。
平和裏に入手していても、奪ったのだとしても。それは敵だ。
自身の名前も忘れてしまった機械知性は、その溢れ出す感情に従って砲弾を敵船団に向けた。
「まあいい、敵ならば敵で良い」
射出。ただ殺意のみを搭載した砲弾の雨が、敵船団へと向かう。
「……減速している?」
展開された奇妙な力場。砲弾がゆっくりと減速した。これでは威力が減衰してしまう。
「対策は万全、ということか。砲弾を止めることに特化した力場……つまり連中は我々を詳細に研究している」
砲弾の中には、元来アグアリエスが入っていた。生命維持という無駄な機能を持たせていたから、砲弾としての性能は決して高くない。だが、ここにある砲弾は違う。
「起爆」
案の定、捕獲にかかった敵船が触れたところで、砲弾を起爆させる。捕獲用のアームが破損し、敵船が慌てて後退した。
「ふむ。あまり効果はなかったか。やむを得ん」
回収されてから起爆すれば良かったかとも思ったが、他の文明の船内に入った後で信号が届くかという懸念はあった。多少勿体ないが、目くらましの役にはなるだろう。起爆指示を連鎖的に送り、自分はどさくさに紛れて身を隠す。
機能を最低限まで落とし、集めてあったパーツを展開して小惑星に擬態。中には一切の生命体がいないのだ、連中にこの船を見つけることは出来まい。
案の定、船団はしばらくこちらを探しているそぶりを見せたが、諦めた様子でどこかへと消えた。まるで消失したかのように突然消えたのには驚いた。どうやら連中の文明レベルはアグアリエスよりも遥かに高いらしい。
「妬ましい。そのようなものが宇宙にあるなど、認められるか」
強烈な嫉妬心。憎悪と怒りと嫉妬に燃えて、名前を忘れたその機械知性は動き出すのだった。
アグアリエスを排出したため、船には改造の余地がある。いくつか機能は拡張していたが、ここからは敵を撃滅するための改造だ。
使い切ってしまった砲弾を補充しなくては。小惑星でも良いが、同型船が近くにいると良い。改造の手間が減るから。
***
アグアリエスの確保に失敗した、という驚くべき知らせが届いたのは、カイトとエモーションがそろそろ休暇を切り上げようかと話し合っていた時だった。
「キャプテン。緊急会議が行われることになった。参加してくれ」
「分かりました」
ネザスリウェに促されて、エアニポルのブリッジへ。用意された席にエモーションと並んで座ると、すぐにモニターに見慣れた顔がいくつか映った。パルネスブロージァの姿もある。
『呼びたててしまって済まない、カイト
「ネザスリウェ支社長から伺いました。一体何が」
『うむ。報告によると、緊急停止コードが先方から拒絶されたようだ』
拒絶。フルギャドンガコピーは、他のコピーが緊急停止コードを拒絶することはないと言っていた。すべての船で共通だからと。
訳が分からない。ひとまず議員からの説明を聞いてから判断することにして、先を待つ。と、話を聞いていたパルネスブロージァが疑問を口にする。
『緊急停止コードの間違いではなかったのですか?』
『それはない。その船団は失敗する前に三回、緊急停止と回収に成功している。今回だけ緊急停止コードが間違っていたとは考えにくいのだ』
『なるほど。失礼しました、続けてください』
『緊急停止コードが拒絶された後、向こうからアグアリエスの船が一斉に撃ち込まれた。攻撃行為自体はこれまでにも行われてきた攻撃行動なので、驚くことではないのだが……』
「だが、何です?」
『捕獲しようとしたところ、相手の船が爆発したのだ』
「!」
爆発。つまり、中にいたアグアリエスごと自爆したということか。停止コードの拒絶といい、初めて聞くケースだ。
それにしても、その失敗でどれだけのアグアリエスが命を落としたのか。眉根を寄せるカイトだったが、続く説明に皺を深くする。
『爆発は連鎖的に発生して、完全に無事な船は一隻もなかった。だが、周囲の爆発に巻き込まれて破損したせいか、軽微な損傷で済んだ船もいくつかあってね。状態の良いものをいくつか回収して戻ってきたのだが、奇妙なことが分かったのだ』
「と、言うと?」
『アグアリエスが元々乗っていなかったようだ。生命維持の液体もなく、その代わりに爆薬らしきものが充満していた。つまり、船でなく砲弾だったわけだ』
「砲弾……? ですが、爆薬による爆発では」
『その通りだ。障壁が実用化された戦場において、爆薬の反応程度の爆発はあまり効果がない。我々はおそらくあの砲弾は、元より対船団という用途ではなかったと判断している』
アグアリエスは文明的に隔絶していた。対異星文明という概念もなかったはず。そう思ったところで、カイトは爆薬が積まれた理由について思い当たる。宇宙マグロ流星群と名付けられた理由だ。
「まさか!」
『ああ。船体はアグアリエス様式。だが、中には爆発物を満載した砲弾。そんなものが大気圏に突入して、惑星に着弾したとしたらどうなるか』
「爆薬の精度は」
『……大気圏内で爆発した場合、衝撃が伝播することで大半の生物は焼失する。それがあの群れの数だけ落下するのだ。おそらく、その惑星の生態系は完全にリセットされるだろうね』
密集させて落としたならばそこまではいかないかもしれないが、という注釈は、あまり意味がなかった。
「事前に爆破させることが出来てよかった、というべきなのでしょうか」
『いや、それがだな』
言い淀む議員。何かあるのだろうか。
『おそらく、フルギャドンガの乗った中枢船は無傷で逃げた。内部には通常いるはずのアグアリエスの生体反応を探したのだがなかった。一緒に爆発したと判断して船団は帰投したのだが、内部に生体反応がなかったことを考えると』
「逃げたと考えるのが自然だということですね」
『うむ。アグアリエスの船には転移機能がないので、宙域に船団を結集させてはいるが、発見は難しいと見ている』
「当初、中枢船について目視での探索は行われなかったのですか?」
と、エモーションが口を挟む。行われたが見つからなかったという答えを聞いて首を横に振った。
「では、カムフラージュの機能を搭載していたと考えるべきですね。自己改造が可能なタイプとなると、少々まずいですよキャプテン」
「ああ。どこかで転移装置を発見してしまったら、更にまずいことになる」
何しろ、宇宙にはそれなりに歴史がある。どこかに撃沈されて、放棄された公社の船がないとも限らない。その中で偶然に転移装置が生きていたりしたならば。
そして、カムフラージュの機能を持つ。一緒に惑星に落下するつもりであったならば、そんな機能は必要ないはずだ。嫌な予感と予測ばかりが膨れ上がる。
『どういう意味かね、エモーション
「その船にいる機械知性は、一度で終わらせるつもりがないということです。数を集め、別の星を探し、何度でも流星群を落とすでしょう。一刻も早く探し出して止める必要があります」
何が原因でそんな機械知性が存在し、船団を牛耳っているのかは分からない。今回が最後なのかどうかも。
だが、どちらにしても。
「僕たちも出ます。会敵した宙域データを送ってください」
フルギャドンガにこれ以上、罪を重ねさせてはいけない。
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