その欺瞞を解き明かし
ネザスリウェとパルネスブロージァの間でも、特に面倒な話にはならなかったようだ。いや、カイトの手を借りる以上、完璧は最低条件だとか言われたようなので、むしろ課された条件がカイトより辛いかもしれないけれど。
とはいえ、無辜の命がかかった事案だ。カイトとしても完璧な結果を出さなければならないと覚悟している。
ネザスリウェとエモーション、公社の上位スタッフたちが会議をしている間に、カイトは工場区画に顔を出していた。方針がどのように決まるとしても、今回のような場合はクインビーを動かす事態にならない限りカイトは役に立たない。
だが、一方でカイトはエモーションよりも自分が優れている面についても自覚している。それはおそらく、公社のスタッフたちよりも。
「……というわけで、こんな感じの道具を用意しておいて欲しいんです」
「はあ。作るのは別に難しくないですが、結構エネルギーを食いますよ。こんなもの一体何に使うんです?」
「使わなくて済むならいいんですがね。僕がフルギャドンガ博士なら、多分これが必要になるようなことをするかなって」
悪意に満ちた者の狂気と、一見破綻しているように見える行動論理を読むことだ。少なくとも人の悪意に触れた経験の少ないエモーションや、フルギャドンガの発言で顔を強張らせていた公社のスタッフたちでは経験が不足していると見るべきだろう。
追い詰められたフルギャドンガがどんな行動に出るか、そしてそれを止めるためにはどんな準備が必要か。カイトは必要な場面が来ないことを期待しつつも、何かしらは必要になるだろうなと確信していた。
「全部ご自分で使うんですか?」
「いや、一部は公社の皆さんに使ってもらうことになるかと」
「どういう時に使うのかだけ、教えておいてくださいね」
「もちろんです。上手く行ったら連邦に提出するマニュアルにも組み込むことになりますから、作成データの保管も頼みますね」
「えっ」
絶句する工場のスタッフたち。かれらは支社長の船に乗っているからには公社でも選りすぐりのメンバーなのだが、連邦のマニュアルに載るというのはそれなりに大きなステータスになるらしい。
作成者に俺の名前が載るのかよ、とか言っているから、これは余程のことらしい。宇宙マグロ流星群を根絶するまでは多用することになるだろうから、存分に連邦史に名前を残すといいのです。
***
カイトが工場区画で出来る限りの準備を終えた時には、エモーションたちの打ち合わせも終わっていたようだ。呼びに来たスタッフがそれなりに焦れた様子だったので、慌ててブリッジに向かう。
「済みません、待たせましたか」
「いや。キャプテンが必要だと思っている物は、余さず必要になるだろうというのがエモーション氏の提言でね。どういう場面でどう使うのか、後で教えてくれたまえ」
「了解です。それで、どのような流れに」
カイトの質問に、ネザスリウェがどことなく渋い顔をした。視線を巡らせると、エモーションを除く全員が似たような表情だ。
何やら不本意な結論に達したということだろうか。
「これは共通する見解として、フルギャドンガ博士との平和的和解は不可能だろうとの結論が出ました」
「そうだろうね」
「つまり、宇宙マグロ流星群を止めるには、フルギャドンガから船団のコントロールを奪取する必要があります」
「それが最低条件なのは分かるよ。それで?」
「通信機を使ってのハッキングは無理だろうと。つまり、どうにかしてフルギャドンガの搭載されている船に接触しなくてはなりません」
エモーションの説明に、首を傾げる。説明された内容自体はカイトが予測していたものと大差ない。むしろ、なぜネザスリウェたちが渋い表情をしているのかが理解できないのだ。
と、ネザスリウェがカイトの疑問に答えてくれた。
「キャプテンの船以外、今の我々には追いつける船がない。かなり難しい作戦になると思っていたところだ」
なるほど、渋い顔をしていたわけだ。彼らはこのまま、後ろから追いかける方法を採ろうとしている。それはタイミングもシビアになるし、妨害のために宇宙マグロに特攻させるかもしれない。
カイトはエモーションが別のアイデアを出さなかったことに、ちょっとだけ安堵した。出来ればこのまま悪辣に染まらないエモーションでいて欲しいものだ。
とはいえ。
「別に追いかける必要なんてないでしょう?」
こういう時には、より悪知恵をひねり出した方が勝つものだ。
***
フルギャドンガへの通信を送る。
最初に対応するのは当初の予定どおり、ネザスリウェに任せた。この場ではかれが最も上の役職にいる。
「フルギャドンガ博士。済まないが、我々はアグアリエスの殺害に加担することは出来ない」
『そうですか、残念です。しかし、皆さんの高潔な判断には敬意を表しましょう』
フルギャドンガの声から、特に痛痒を感じた様子はない。機械知性とはいえ、人格のコピーだと感情表現が豊かになるものなのだが。
まるでどちらでも良かったと言わんばかりの反応。エモーションがすかさず問いを向ける。
「ひとつ、疑問があるのです。フルギャドンガ博士」
『何か?』
「あなたがアグアリエスの皆さんに抱いている怒り。それ自体は私には理解出来ない感情です。深い失望と怒りが、アグアリエス殲滅計画として結実したのは結果として把握しましたが、理解は出来ない」
エモーションの言葉に、フルギャドンガは反応しなかった。まだ質問ではなかったからなのかもしれないが、カイトは通信の向こう側から、少しばかりの苛立ちを感じ取っていた。何かを察したか。
「私は理解出来ないのです。ただアグアリエスが憎いなら、生命が生存出来ない環境の惑星に落下すれば良いだけ。何故生命が存在する星を探して落下するのか。教えていただけますか」
『それは、この船が移住船だからだ。船の設計段階から、アグアリエスの生存できる惑星以外には落下しないように安全装置が働いている』
「船の改造は出来たのに、ですか。あなた方は船団の分割も行っている様子。最初からその大きさの船ばかりで動いていたわけではありませんよね」
それは、とフルギャドンガが説明を始める前に、エモーションが切り捨てた。
「あなたの怒りや恨みは、アグアリエスだけではなく。今なお無事に命を育んでいる惑星にも向いているのではありませんか」
『馬鹿な、何をそんな』
「現在のアグアリエスの皆さんの生体機能では、この銀河で生存可能な惑星は存在しません。それなのに落下することが出来ている。矛盾しますね?」
『ぐっ』
どうやら、エモーションの推測は間違っていないらしい。フルギャドンガはアグアリエスだけでなく、命を宿す惑星にも憎悪を抱いている。だからこそ、生態系を破壊する可能性があると分かっていて流星群という手段を選んだ。
カイトはそこでふと、フルギャドンガが抱いた憎悪の源泉に思い当たった。もしもそれが理由なら、こんな行動に移ってもおかしくない。
「そうか。フルギャドンガ博士、君は選ばれなかったんだな」
『!?』
核心を明確に貫いた。そう思わせる反応だった。
驚く周囲をよそに、カイトは続ける。フルギャドンガの本心を解き明かす為に。
「オペレーター・チッバヘは、船は五十七隻と言った。乗れる数を考えても、相当の数が星に取り残されたのだと思うが、どうかね」
仮に一隻に一千万が乗ったとしても、六億弱。惑星全体の知性体の数として考えれば決して多くない。
フルギャドンガ自身は、自分の生存を度外視していたかもしれない。だが、だからこそ残したい命はあったのではないか。
「君と……あるいは君の縁者も」
『……お前に、お前たちに何が分かる』
憎悪に満ちた声だった。やはり人格コピー型、感情表現は豊富だ。
『アグアリエスの上層部は、問題を棚上げしたのだ。解決など考えず、残った資源をかき集めて星から逃げることを選んだ。搭乗者の選別は上層部の意向のみで決めつけられ、民間は殆ど誰も選ばれなかった。私の子ども達も、最初は乗せられる予定だったのに……!』
「上層部がねじ込んで来て外されたとか?」
『もっと悪いさ。民間人の子どもなら、数人変死しても問題にはならなかった。そういうことだよ』
なるほど。それは恨みに思うのも当然だ。
だが、だからと言って落ちる惑星を選ぶ理由にはなっていない。
「それで、何で生命のある星に落ちるんだ? そこにだって命はある。落下によって相当の命が失われたはずだぞ」
『私の子ども達は死んだ。可能性を掴むことも許されず死んだ。そんな不幸があるのに、お前たちのように繁栄と成功を掴んだ幸運もある。そんな不公平が許されるものか。時にはお前たちも理不尽な不幸を味わえば良いのだ』
「知っているか、そういうの、逆恨みって言うんだぜ」
思っていたよりも同情出来ない理由だ。
結局のところ、フルギャドンガは銀河に今もある命を根こそぎ憎んでいるのだ。そして自分たちとは違って、幸運を掴んだ者も。
転移して向こうの進路に割り込む方法もあるが、カイトは今回はその方法を選ばなかった。進路を変えられれば結局追いかけっこになるからだ。ならば、向こうからこちらに突っ込んで来させれば良い。
「僕の住んでいた地球は、少し前に滅びそうになってね」
『なに?』
「それが何の幸運か、連邦に拾ってもらったんだ。あまりたくさんの人数は生き残れなかったが、どうにか星もそこに住む生物も未来につなげることは出来た。ありがたいことだね」
『お前……』
「ほら、ここに僕みたいな幸せ者がいるぜ。あんたはそっちの星なんかより、僕の方が妬ましいんじゃあないか」
『お前はぁーッ!』
案の定、フルギャドンガが逆上した。カイトは食いついたのを確認して、ブリッジのモニターを見る。
そこには、餌に食いついた宇宙マグロの群れが、エアニポルに向けて転進する様子が映っていた。
「来てみなフルギャドンガ。その逆恨み、きっちり叩き潰してやるよ」
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