連邦法の改正依頼

 カイトが連邦議会に連絡を入れると、基本的にすぐ繋がる。

 連邦議会は四交代制で、常に何かしらの議案について話し合っているからだ。朝昼晩といった時間に左右されないのは、人工惑星で時間の制約から解き放たれた組織の強みと言って良いのだろうか。

 さて、そのようなわけで、今回もすぐに繋がった。出たのはテラポラパネシオではなかったから、議員の宇宙クラゲは休憩中なのだろう。


『やあ、カイト三位市民エネク・ラギフ。どうしたのかな? 確か今は休暇中だと聞いているが』

「はい。公社の支社長に誘われて、宇宙マグロ流星群を追っていました。報告書と意見書をまとめたので提出します」

『ほう。宇宙マグロ流星群の見学かな? あれは宇宙から見ても壮観だと言うね。それで、何を? 済まないが、名前の変更は難しいと』

「宇宙マグロ流星群に関する、連邦法の改正を求める意見書です」


 好々爺然としていた議員の、表情が凍りつく。

 連邦法の改正を求める意見書は、議員でなくとも三位市民であれば提出する権利のある書類だ。だが、それは連邦議会への不信任にも繋がりかねないため、かなりデリケートな書類でもある。

 表情を改めた議員の顔を、カイトは真っすぐに見据えて告げた。


「レデパルォ議員。意見書と報告書に目を通していただければ、僕が何故このようなことを言い出したのか分かってもらえると思います」

『良かろう。確認するので、しばらく待っていてもらえるか』


 重々しく変わってしまった口調でレデパルォが通信を落とす。随分な威圧感だったが、カイトにもエモーションにも動揺はない。この程度で気持ちが落ち込むような繊細さとはふたりとも無縁なのだ。


「さて、あちらはどんな様子かね」

「こちらより紛糾はしないと思いますが……」


 別室では、ネザスリウェがパルネスブロージァに事情説明をしている頃だろう。公社は議会制ではないから、揉めることは少ないかもしれない。

 と。カイトの端末に通信が入った。議会からだ。いたく反応が早い。

 通信に応じると、モニターにはレデパルォだけでなく数人の議員が映った。


「おや、どうされました?」

『……この報告は確かなのかね?』


 低い声。先程より更に重い。

 何となく集まった面々の素性を察して、カイトはもちろんと頷いた。


「僕には皆さんを騙す必要性がありません。公社のネザスリウェ支社長の誘いに応じて宇宙マグロ流星群を止める手立てを模索している間に報告書通りの件が確認出来た。それだけのことです」

『考古学者たちも動かしているようだな。報告書はそちらの方が早かったから、直接口頭で確認を取った。これまで存在は認知していたが、調査予定に入るような星ではないとも。……そんな星の文明の痕跡を言い当てたのだ、やはり確度は高かった、か』


 長く重い、吐息が漏れた。そこに込められた無念の感情に、カイトは無言をもって答える。

 レデパルォの後ろにいた議員のひとりが、ぽつりと口を開いた。


『我々は、宇宙マグロ流星群の被害に遭った星の出身者だ。連邦に参加してから被害に遭った星もあるし、連邦に参加する前に被害に遭った星もある』

『天文現象である以上、諦めるしかないと思っていたのだよ。だが、それが作為的な話だったと言われてはな』

「あちらの言葉を信じるならば、彼らは五十七の船団で出発したと聞いています。

『いや、もっと多いはずだ。我々が法を整備する際、活動範囲内で集計した記録が残っていた。群れの数は千を超えていた。一個の群れは多くて百万隻程度だったはず。あるいは途中で群れを分割したか』


 チッバヘの言葉を信じるならば、最初は巨大な船で向かっていたはずだ。今の宇宙マグロ自体は、斥候のような役割だったと。徐々に生体の質が落ちたところで船を分解・小型化して斥候を増やした結果があの群れだとすると。

 横で聞いていたエモーションが手を挙げた。


「おそらく、機械知性が単独で管理できる総数を超えたのではないでしょうか。フルギャドンガをはじめ、彼らの社会では機械知性は道具に過ぎず、その権利は保証されていません。船の分割に併せて存在をコピーすれば良いと考え、その通りに実行したはず」

『機械知性のコピー? どういうことかね』

「僕たちの地球でも、連邦参入前には行われていましたよ。エモーションも元を正せばそういったうちのひとつでしたし」

『そうなのか!?』

「はい。地球のどこかにはまだ稼働している姉妹がいるかもしれませんね」


 特に、地上に降りなかった宇宙監獄の中とかで。

 連邦では機械知性のコピーなど出来ない。コピー出来てしまう程度の機械知性には市民権が付与されないからだ。エモーションに当初市民権が付与されなかった理由がそこで、コピーが不可能なクオリティになるまでバージョンアップを重ねたわけだ。

 エモーションいわく「元の私の性能が1だとすると、今の私は20億です」とのことだ。よく分からない。


「話が逸れましたね。それで、連邦法の改正については」

『もちろん行う。だが、こちらでも検証を行いたい。君たちとは別の宇宙マグロの群れに同様のアプローチをかけるから、実際に法改正はその後になる』

「僕たちがいま関わっている、フルギャドンガと宇宙マグロ流星群については」

『存分にやってくれたまえ。君たちのことだ、星もアグアリエスもどちらもどうにか助けようというのだろう?』

「それはもう」


 そこでようやくレデパルォが表情を崩した。にや、と笑いながらカイトに挑発的な一言。


『連邦法を変えろという以上、並の成果じゃ納得せんぞ?』

「もちろんです。きっちりマニュアルに仕上げて提供出来るように完了させますからご期待ください」

『いいだろう。カイト三位市民、よろしく頼むよ』


 議員たちは満足そうに通信を終える。

 と、エモーションがじろりとこちらを睨んできた。こちらが調子に乗って追加で約束をしたと思っているらしい。大きな誤解だ。


「余計な仕事を増やしましたね?」

「何を言ってるんだい。余計な仕事を増やさないための約束じゃないか」

「何が仕事を増やさないための約束だと……そういうことですか」

「そ。僕たちは上手くやるけど、連邦の他の皆さんが上手くやれないとお鉢が回ってくるだろ?」


 カイトの発言には何の誇張もない。もしもマニュアルがなかったり不十分だったりして、連邦の船団が宇宙マグロ流星群の対処に失敗したとする。その場合、後から宇宙マグロへの対応が発生した時に、毎回駆り出されてしまうようになる未来が目に見えている。

 自分たちが余計な仕事に追われないようにするためにも、出来るだけ簡単に対応できる方法の開発は必須だった。


「……了解しました。誰にでも簡単に対応できるようなマニュアルを作成します」

「頼むよ。地球人周りの決着もついていない内から、こんな仕事まで背負うほど、僕はワーカホリックじゃないからね」

「それについては私も同意見です。……それにしてもキャプテンは行く先行く先で、事件に巻き込まれては状況の中心になりますね。相棒としては鼻が高いやら胃が痛いやら」

「何を馬鹿なことを言ってるんだい」


 カイトは呆れかえってエモーションを見た。

 胃痛とかないだろ、という話ですらなく。その発言は大きな誤解だ。


「今回は君が主役なんだぜ、エモーション」

「え」


 やっぱり自覚はなかったか。

 今回の主役はエモーションだ。カイトではどんなに頑張ってもアグアリエスを全て救うなんて離れ業、出来る気がしない。

 方針はこれから決めることになるだろうが、その中心にいるのはカイトでもクインビーでもなく、エモーションなのだ。


「というわけで、今日は最初から最後まで僕が助手だ。こき使ってくれたまえ、キャプテン・エモーション?」

「……不本意です」

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