漁場にはこれがないとね
うむ、本当にマグロの群れのようだ。
モニターに映っている、宇宙マグロの様子を見てカイトはそんな感想を抱いた。別に漁船に乗った経験があるわけではないのだが、一心にこちらに向かってくる群れを気楽に眺める。
クリアに映してくれる公社の技術に感心しつつ、こちらはこちらで準備を進める。
こちらに来るまではまだそれなりに時間がかかる。宇宙は広いのだ。
「釣り竿はクインビー、餌は僕ってところだね」
「当初の予定がめちゃくちゃです。本当にもう、思い通りにならない人ですね」
エモーションの小言を聞き流しながら、公社側の準備にあれこれと指示を出す。当たり前だが公社のスタッフたちだって地球の漁などに含蓄はないから、指示が出来るのはカイトくらいなのだ。
「そうは言うがねエモーション。僕らがフルギャドンガに近づこうとして、あちらがそれを許すと思うかい」
「可能性はゼロではないはずです。敵対さえしなければ、クインビーを接弦させる可能性はありました」
「それをどのようにマニュアルに起こすつもりなのかな?」
「う」
マニュアルについては、再現性が求められる。特に今回の場合、それぞれの宇宙マグロを指揮しているフルギャドンガコピー同士が情報交換をしていないとも限らないのだ。その辺りを確認するためにも、失敗は絶対に許されない。出来る限りフルギャドンガの搭載された船を無傷で捕らえなくてはならない。
そこにはおそらくチッバヘもいる。チッバヘは本当に存在する機械知性なのか、フルギャドンガの隠れみのに過ぎないのか。確認すべきことは実はまだまだ多い。
「それにね。少しでも疑われていたら、周囲にいるアグアリエスが生きた砲弾となって飛んでくるんだ。孤立した状態で、無傷で乗り切る自信は僕にはないよ」
「障壁を張って防げば良いでしょう」
「つまり、僕たちの近くにいた、不幸なアグアリエスの命を見捨てるってことかい。多少の犠牲はやむを得ないとか言わないでくれよ?」
カイトの叱責に、エモーションが黙り込む。カイトとしてもすべてのアグアリエスを救助出来るとは思っていないが、だからと言って犠牲を減らす努力を怠るつもりはない。エモーションの発言は、考える努力を放棄したともとれるのだ。
「キャプテンの方法ならば、アグアリエスを死なせずに状況を収拾できると仰るのですか」
「完璧に上手くいけばね。少なくとも一か八かに賭けるような方法じゃないよ」
「お手並み拝見しますよ」
エモーションが拗ねている。微笑ましく思いつつも、この作戦の中心が彼女だという考えは変わらない。
「ま、君の出番までゆっくりしているといいよ。そこまでは僕が責任を持って連れていくから、さ」
「……よろしくお願いします」
最後まで拗ねきれないのも、可愛らしいところだと思う。
***
エアニポルと宇宙マグロの距離は刻一刻と近づきつつある。カイトはクインビーに乗って、タイミングを計っていた。
宇宙マグロは何しろ速い。タイミングが遅くなっても早すぎても、望む結果は得られないだろう。一方で、逆上したフルギャドンガがこちらを目掛けて飛んでくるのは疑っていない。向こうが相手を取り違えないよう、クインビーに通信機材を積んであるのもそのためだ。
「そろそろかな」
「はい。カウントを開始します」
視界の端に数字が映り込む。ゼロになるのを待つ間に、フルギャドンガにこちらを把握させなくてはならない。カイトは通信機を起動した。
「やあ、フルギャドンガ博士。ようやく来たようだね、待っていたよ」
『貴様! どの船にいる!』
「見たら分かるだろ、ちゃんと出迎える準備をしているじゃないか」
『……正気か貴様』
ひどい言われようだ。ただクインビーの上で手を振ってみせただけなのに。
しかし、どうやら他の宇宙マグロとは違って、こちらを見る機能を保有しているようだ。最初に一隻捕獲した時には、何故こちらに注意を払わなかったのだろうか。
『もっと言っていただきたいところですね。この悪癖だけは本当にもう……』
「こらこらエモーション、どさくさに紛れて向こうの味方しない」
『馬鹿にするなぁーッ!』
カウントの減る速度が速まる。どうやらこちらを捕捉したことで加速したらしい。
向けられる敵意がちりちりと首筋に集まっているような。どこからかの光を反射して、先頭の宇宙マグロがきらりと光って見えた。
カウントが進む。カイトはすうと息を吸った。ゼロ。
「起動!」
瞬間、カイトの視界一面が黄色く染まった。
***
エネルギー定置網。
名前をつけるならば、そんなところだろうか。
本当に網というわけではない。どちらかと言うと指向性のあるエネルギーの塊という方が正しい。だが、入ったら出られなくなる様子は、まさしくかつて地球の漁業で使われていた定置網そのものだ。
勢いよくカイトとクインビーを目掛けて突っ込んできた宇宙マグロが、みるみる減速する。カイトのすぐそばまで来たところで速度を完全に喪失し、その動きを停止させる。
後ろからの仲間にぶつかられないよう、エネルギー自体が流動して宇宙マグロを脇へと押し流していく。流れた先には姿を隠した公社の船団がいて、再度動き出す前に捕獲するという流れだ。
この定置網の良いところは、減速させるだけだから罠にかかったと分かりにくいことだ。突っ込んでくる様子は変わっていないから、フルギャドンガはまだこちらの仕掛けに気づいていないらしい。
捕獲よりも宇宙マグロの突っ込んでくる数の方が圧倒的に多い。カイトの目の前では無数の宇宙マグロがこちらに届く前に速度を喪って止まる。黄色の中でぷかぷかと浮かぶ様は、何だか水槽のようにも見えた。
「エモーション、フルギャドンガの船はどの辺りだい」
『群れの中央から少し後方です。フィールド内には入っていますので、速度は随分と低下しています』
「おっと、いい加減異変に気づいたかな?」
『そのようですね。周囲の宇宙マグロに何やら指示を飛ばしているらしき反応が』
定置網はかなりの広範囲に展開されている。フルギャドンガに罠の外で気づかれてしまっては困るので、大きくせざるを得なかったのだ。その分、展開と維持にかなり大きなエネルギーを必要とした。
ここまでの流れは、カイトの予想した通りだ。エネルギー定置網は実に上手く行ったとみて良いだろう。
フルギャドンガの船も速度を喪失しつつある。空間内では再加速は不可能だ。あとは他の宇宙マグロに紛れてしまう前に捕獲してしまわないといけない。接触した他の宇宙マグロに、移動できてしまうかもしれないからだ。
「さて、次は僕らの出番だね」
カイトはクインビーを定置網の内部に転移させた。今にも動きを止めそうな大型の宇宙マグロの至近距離に出現し、クインビーから腕を伸ばす。
『馬鹿な! ど、どこに隠れていた!?』
当たり前のことだが、フルギャドンガに転移という知識はなかったのだろう。
通信機から聞こえてきた声は明らかに狼狽えている。目の前に突然現れたカイトに驚いたのに違いない。
クインビーの腕を伸ばし、宇宙マグロをがっちりと掴む。続いて手に持っていた秘密兵器を起動した。
「さあフルギャドンガ。君の身柄を吸い出させてもらうよ」
『何をする、よせ、止めろぉー!』
手に持っていた卵大の機材を船体の表面に当てると、内部に隠されていたデータを強制的に書き写し、元のデータを消去する。旧式の機械知性ぐらいにしか使えない程度のクオリティだが、この場での効果は覿面だった。
フルギャドンガという機械知性を喪った宇宙マグロが機能を停止し、そしてすぐに再起動した。
『な、何だ? 何が起こっている!?』
「オペレーター・チッバヘかい?」
『そ、そうだ。なんだ、何故私の名前を知っている? 私が機能を停止している間にいったい何が……』
フルギャドンガがいなくなったことで、チッバヘが機能を回復したらしい。エモーションが視界に文字で『フルギャドンガのデータが強制的に収容されたのを確認しました。また、内部からオペレーター・チッバヘの思考パターンを検知』と表示してくれたので、うっかりチッバヘを吸い上げてしまうという失態は避けられたようだ。
「色々と説明したいこともあるんだ。聞いてくれるかい」
『……どうにも事情がよく分からないが、説明してくれるというなら断る理由はないな。頼む』
話を聞いて、チッバヘが壊れてしまわないかどうか。
カイトにとって唯一の不安は、それだけだった。
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