遠い昔の文明の名残
カイトの疑問を受けて、宇宙マグロの中の生物ではなく、宇宙マグロという船の精査が改めて行われた。
その中で見つかったのが、おそらくは受信機と思われるパーツ。発信機はない、一方通行の機械。
「テレパシーを受け取るための補助として残していたのか……?」
宇宙マグロの中身である『かれ』は、極めて脆弱だ。周辺の仲間を呼ぶためにテレパシーを拡大すれば、すぐに寿命が尽きるだろう。
受信側の感度を上げれば、消耗を多少なりとも減らせる。小さな群れで行動していたというから、数体の宇宙マグロでテレパシーを同期すれば、個々の負担は更に減らせる。
「やっぱり誰かが現状に適応させている」
カイトはそう結論を出した。
宇宙マグロの中の生物群は、おそらく宇宙マグロ内での生活に適応し尽くした、進化の最果てだ。宇宙マグロの外で行動するための機能肢を喪失し、テレパシーの能力が強化していく。体の小ささも、あの液体だけでは命を繋ぐのに足りないから選択的に縮んだものではないか。
だがそうなると、億年にわたる旅路の涯て。かれら自身の体に宇宙マグロという船を適応させた誰かが存在しなくてはおかしい。何しろ、最早かれらには宇宙マグロを改造するために必要な機能肢が残っていない。
『かれ』が命を使い潰す間際に感じたテレパシー、その感情はあまりにも幼く、赤子の叫びのように感じられた。二十年でなお赤子の精神性だと考えると、彼ら自身の知性にもあまり期待は出来ない。
彼らが生きたまま、億年にわたり旅を続けることが出来た違和感。それは、かれらの進化をデザインし、サポートする存在がいれば解決する。
「……機械知性?」
「どうしました、キャプテン」
エモーションを見て、足りなかったピースがすべて嵌ったような感覚を覚える。現在のエモーションではない。自分が監獄に収監されていたころの、刑務官としての杓子定規な彼女。彼女の妙な堅さにユーモアを感じていたころを思い出す。
そうなると、恐らくは。
「エモーション。あの受信機で拾える情報をデータとして収拾することは可能かな」
「可能……だとは思いますが。何か思いつきましたか」
ろくでもないことが、という言葉を言外に匂わせながら、エモーションが聞いてくる。カイトはそのろくでもないことが、今回ばかりは外れて欲しいと願いながら頷いた。
「やって欲しい。その情報の解析も。エアニポルの施設を借りるのは、僕の方で算段をつけるよ」
***
キャプテン・カイトが何やら思いついたということで、ネザスリウェは工場区画の一部を気前よく貸してくれた。デレニデネと、研究班の数名が同行しているから、向こうは向こうで手詰まり気味なのだろう。
あまり期待されても困るが、何となくカイトには確信があった。
受信機の改造は、工場区画ですぐに終わる。エモーションの性能もそうだが、さすがに公社の設備と人員だ。話が早い。
「それで、これをどうするのですか」
「ここに届く通信を逆探知して欲しいのと、通信内容を解析してかれらの言語を押さえて欲しい」
「言語、ですか?」
「さっき亡くなった『かれ』のテレパシーに触れた時に思ったんだけど、おそらく種族としてのかれらには、もう論理的な思考能力は残っていない」
「何だって!?」
反応したのはエモーションではなく、研究班のスタッフだった。バルニエとか名乗っていたか。
「赤ん坊の癇癪みたいな感情の暴発だった。かれらの種族としての寿命がどれほどなのかは分からないけど、意味のある言葉はひとつも拾えなかったな」
「そんな馬鹿な。それでどうやって億年も生命を繋いできたというんだ」
「その答えを知りたくて、準備しているのさ」
カイトが促すと、エモーションは黙って作業を開始する。受信機にはよく分からない部品も多いが、おおむね公社や連邦の方が性能は遥かに高いという。機能は情報を受け取る相手を特化させることで範囲を拡大させているのではないか、というのがエモーションだけでなくスタッフ達の評価だった。
「かれらはおそらく、精神波の操作だけに肉体の性能を振り切ってしまっている。宇宙マグロの中で生きているのが人生の全てだったんだろうから無理もないけど、それなら彼らの中に指揮者がいるはずなんだ」
「こんだくたー?」
翻訳の関係だろう、伝わらなかったらしいバルニエが困惑したような声を上げる。
ザガザガと受信機が音を立てて、何かの音声を拾う。
「なんだこりゃ」
「機械語? ……いえ、ちょっと違う?」
「文化も時代も違うんだ、しばらくはデータの収集に努めた方がいいんじゃないかな」
「そうですね。デレニデネさん、宇宙マグロの俯瞰図を用意することは出来ますか」
「は、はい。すぐに!」
モニターを用意し、ブリッジへと連絡を入れるデレニデネ。モニターが点灯し、宇宙マグロが群れを為して星へと向かう様子が表示された。遠くから見ると、かなりの迫力だ。
その間に、エモーションが作業の準備を整える。助手としてスタッフのうち二名がついた。
「言語を受信した後、宇宙マグロのどこがどう動くかをチェックします。システムを構築しますので、補助をお願いします」
「分かりました」
「デレニデネさん。翻訳の専門家を何名か手配してください。キャプテン、連邦の機械知性で翻訳を専門にしている方がいますので、そちらにデータの送付を」
「はい!」
「分かったよ」
文化も言語体系も違う種族との邂逅は、連邦にとっても公社にとっても日常だ。宇宙マグロ語の翻訳は、それほどかからないだろう。カイトは安心してエモーションの補佐に入るのだった。
***
エモーションが用意したシステムが、宇宙マグロの指示と動きを記録してデータ化していく。その間に、エモーションは工場区画のスタッフと別の作業を続けている。
この手の作業では役には立てない自覚のあるカイトは、いつもとは逆にエモーションの助手としての作業に甘んじている。
バルニエはそんなカイトの様子が意外なようで、軽口を叩いた。
「銀河に名高いキャプテン・カイトが、随分と小さな作業をしているもんだ」
「今は僕が役に立てる分野じゃないからね。エモーションが楽に作業できる状況を維持するのが役割ってね」
「尻に敷かれてるんだな?」
「敷かれ心地は満点だよ」
ふん、とバルニエは面白くなさそうに鼻らしき部位を鳴らしてカイトから離れた。
公社の中には、まだカイトとエモーションに隔意のあるスタッフがいる。別にこちらをどう思おうと勝手だが、前のトゥーナの時のような邪魔だけはしないで欲しいものだ。
「キャプテン、送信機の準備が出来ました」
「ありがとう。元々の発信源はやっぱり?」
「はい。あの大型でした。キャプテンの予想どおり、あれが群れを統率していると見て間違いないでしょう」
大型の宇宙マグロ、中にあった複数の生体反応。まだ確信はないが、おおむねカイトの予想どおりに事態は推移している。ろくでもない形で。
「言語の解析は進んでいるようだね」
「ある程度は。カリネギエ
「そうか。限られた情報ならそれも仕方ないね。デレニデネさん、ネザスリウェ支社長に伝達を。これから宇宙マグロの統率個体に通信をしかけますと」
「はい!」
特に説明はしていなかったが、こちらが何を準備していたか分かっていたようだ。話が早くて助かる。
ネザスリウェがブリッジからモニターで、スタッフたちは黙り込んでこちらを注視してくる。カイトは呼吸を整えて、声を上げた。
「ハロー、ハロー。聞こえていますか? どうぞ」
『……ギゲ。エレメ、イガ。アガラガ?』
聞こえた。エモーションを見ると、深く頷いてきた。もっと喋れと言っている。
「僕はカイト。この銀河に存在する連邦という組織の一員だ。そちらとの通信を求める」
『アギ……ラ……。チセイ……カクニン……ウケイ……レヨウ……』
意味の分からない言葉の羅列の中で、少しずつ聞き取れる単語が出てくる。
「君たちの名前と、目的を教えてくれないか」
『ワレワレ……は。アグアリエス。シンテンチを、もとめる、いだいなる、たみ』
アグアリエスと名乗った何者かは、翻訳機の向こうでそんな意味の言葉を紡いだ。
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