宇宙マグロの中には

 減速を続けたクインビーは、ようやくやって来たエアニポルに収容された。宇宙マグロを抱えながら船内を飛行するが、これまでに案内されていた港湾部とは違うところへと誘導される。


『キャプテン、よくやってくれた。その位置に宇宙マグロを設置してくれ。突然動き出さないよう、固定が完了するまでそちらでも押さえていてくれると助かる』

「了解。……ですが、捕まえてから今まで、特に反応がないですよ」

『そうなのか? 今更ながら、よく分からん存在だな。よし、確保』


 台座の上に宇宙マグロを置くと、前後から輪っかのようなパーツが宇宙マグロを挟み込むように固定した。なるほど、これなら動けないか。

 離して良いとのことだったので、クインビーの手を働きバチワーカーに分解して戻す。カイトは少しだけ距離を置くと、固定された宇宙マグロをじっくりと観察する。

 固定されている状態ではどちらが前か後ろかも分からない。表面の紋様もあって、こうやって見るとカプセル型の船にしか見えない。


「やっぱり船だな、こりゃ」

『そのようですね、キャプテン。後は生体反応の正体や技術の源流を確認する作業になります』

「あとのことは専門家に、だね。よし、クインビーを戻してこようか」


 エモーションはともかく、研究者でもないカイトにはこの場で出来ることはもう何もなかった。まずはクインビーを港湾部に戻し、次の指示を待つことにする。

 港湾部に降りると、デレニデネが出迎えてくれた。


「お疲れ様でした、キャプテン。お見事です」

「ありがとう、デレニデネさん。しばらくは待機ということで良いのかな?」

「はい。キャプテンとエモーションさんのお部屋にご案内しますね」

「助かるよ」


 出来れば仮眠を取りたい気分だった。自分で思っていたよりも、障壁なしでの高速作業は緊張を強いたらしい。


***


 カイトが目を覚ましたのは、誰かに起こされたからではなかった。いや、結果としては起こされたのかもしれないが、意図したものではなかったはずだ。


「エモーション。どれくらい寝ていた?」

「そうですね、五時間程度でしょうか。最近はベッドでの休息もありませんでしたからね、体が休みを欲したのでは」

「うん……そうか」


 エモーションの軽口に少しばかり重く返して、モニターに目を向ける。

 どうしましたか、という問いには答えず、数瞬。


『済まない、エモーション氏。キャプテンを起こして……と、起きていたのか』

「ええ。何かありましたか」

『あったというか、なかったと言うか。案内を出すから、こちらに来てもらえないだろうか』


 困り果てた様子のネザスリウェが、モニターにその顔を見せた。起きたカイトに驚いていたようだから、こちらの様子はある程度押さえていたのかもしれない。

 分かりましたと頷くと、ネザスリウェが少しばかり安堵した様子でモニターから消えた。良い意味でも悪い意味でも、どうやら宇宙マグロの件で進展があったということだろう。 

 立ち上がって体をほぐしていると、エモーションが分かりやすく困惑した様子で声をかけてきた。


「キャプテン?」

「何となくね、感じたんだ」

「感じた?」

「うん。原始的な、何て言うのかな……整理されていない感情を」


 赤ん坊が泣き叫ぶような。解決の方法が分からない危険に出会った時のような。言葉に出来ない恐怖を感じた瞬間のような。

 エアニポルという巨大な船の中で、そんな感情が弾けた実感。カイトの超能力に働きかけてきたというより、誰かがそんな感情を爆発させたのを受信したというのが正しいだろう。

 この船は非常に大きい。それなりに遠くにいたカイトまで届くほどの感情だとすると、研究を行っているであろう現地でも影響を受けた者がいても不思議ではない。となると、宇宙マグロの中身はカイトらの超能力に似た力を持っているということになるのだろうか。


「失礼します、キャプテン。研究区画へご案内するようにと支社長から連絡が」

「分かりました。行こう、エモーション」

「は、はい」


 居心地の良かった部屋から出て、移動用の小型船に乗り込む。こんなものを出してくるということは、余程の緊急事態か。

 奇妙なことになったものだ。カイトはこの仕事がまだいくつか波乱を巻き起こすだろうことを予感していた。


***


 研究区画は、何人ものスタッフが行き来する大惨事になっていた。

 死者は出ていないようだが、昏倒したスタッフが多いようで、その運び出しに四苦八苦している。

 運び出しの為に部屋に入ったスタッフも、何度かの往復で動けなくなっている。


「キャプテン、何が起きているのでしょう」

「エモーションは何ともないかい」

「は、はい。特にセンサーも何かを感知しているわけでもありません。彼らは何故あのような状態に……」

「エモーションは運び出しのスタッフの手伝いに。デレニデネさんはここで待機」

「え、私も何か」

「この状態で中に入ると、多分同じことになるよ」


 説明する時間も惜しい。カイトは部屋の奥に入り込むと、この状況を引き起こしている元凶――宇宙マグロの中身に向けてテレパシーを送り込む。

 叩き込むのは、落ち着けという意思。混乱と恐怖と怒りに支配されて無作為に撒き散らされていた相手の感情が、自分に干渉してくる存在を感じ取って、感情の波を集中させてくる。

 中々強いテレパシーだが、かつて宇宙クラゲからの強烈な感謝を総出で叩き込まれたカイトには余裕がある。感情の暴風を受け止め、とにかく落ち着くように誘導していく。

 少しずつ、感情の乱れが収まってくる。同時に周囲を覆っていたテレパシーの渦が解消を始めたようだ。スタッフの何人かが頭を押さえながら立ち上がる。

 部屋の外でこちらの様子を窺っていたネザスリウェが通信を送ってくる。


『きゃ、キャプテン。大丈夫か?』

「ええ。取り敢えず落ち着かせました。まずはスタッフの皆さんの救助を優先してください」

『わ、分かった。あとで説明してくれよ!』


 指示を飛ばすネザスリウェ。にわかに周囲が騒がしくなる中、カイトは宇宙マグロの船体を見上げた。彼らがどうして群れを為して動けたのか、その理由の一端が理解出来たからだ。


***


「精神波?」

「そう表現するのが最も妥当ですかね。要するに、拒絶の意思を直接相手の脳内に叩きつける超能力だと思ってもらえれば」

「拒絶の意思……スタッフが倒れたのも」

「ええ。エモーションが無事だったのは機械知性だったからかと。公社には機械知性が少ないのでしたね?」

「なるほど。公社は保護した希少種族ばかりだから」


 生身のスタッフが多いのは、連邦にはない公社の特徴だ。その特徴が悪い意味で表出した形だ。

 ネザスリウェは苦い表情で眼下の宇宙マグロを見た。研究スタッフたちはほとんど全員が医務室で治療を受けている。命や精神に別状はないとのことだったが、原因が分からなければ後遺症が出る者や、命を落とす者も出たかもしれない。


「何をしようとしたのです?」

「解体だ。解体しようとしたところ、あのような事態になった」

「また乱暴なことを」

「あらゆるコミュニケーションに反応しなかったからな。中にいるものが知性体だとは判断出来なかった。しかしあれは……君たちと同様の超能力を行使すると考えて良いのかな」


 どうやらカイトとエモーションの報告を元に、宇宙マグロは船であるという結論が支持されたらしい。スキャンと外部の材質を確認して、次は中の生物をという段取りだったそうだ。特に問題があったとは思えない。

 カイトもネザスリウェ同様に宇宙マグロの方を見る。テレパシーを超能力と呼ぶのであればそれはその通りなのだが、カイトの力そのものを理解しているようには感じられなかった。だとすれば、もっと別の。


「おそらく、言語を介さないコミュニケーションを行うために、テレパシーの能力だけが発達したのではないかと思います。あれだけの数が群れを為して目的地に向かうのですから、その為に」

「超能力者ではない?」

「あの精神波は、周囲の敵性体への攻撃と同時に、仲間への救難信号のようなものなのでは。周辺に宇宙マグロが近づいたりはしていませんか」

「待て、確認する。……今のところ、こちらに向かって来る船体はないようだ。だがあの速さだからな、警戒させよう」


 ネザスリウェがブリッジに指示を送るのを待ちつつ、カイトも少しばかり深く考え込む。

 確かに宇宙マグロの中にいる生物は、カイトや宇宙クラゲに比肩するほどのテレパシーを放っていた。逆に言えば、カイトや宇宙クラゲであれば同じことが出来る。他のあらゆる超能力を捨てて、テレパシーに特化すれば、不可能ではないかもしれない。だが。


「……小さすぎる」


 カイトの超能力が捉えた生物のサイズは、カイトの右掌に乗るほど。それがあれほどのテレパシーを放っていた?

 非常に弱い超能力を、宇宙マグロの内部に流してみる。外殻を通り抜け、中へ。何やら温かい液体が詰まっているようだ。そして、本体。小さい。それに。


「無理したんだな、やっぱり」


 脈動が徐々に減少している。元々小さい体の、中に残っていた命の残りがぼろぼろと抜け出しているのだ。


「キャプテン、どうした?」

「……もう、大丈夫でしょう」

「え?」

「中の生物は、今」


 あれは果たして自覚的な行動だったのか、本能だったのか。

 おそらく、外敵への唯一の、そして命を懸けた攻撃手段。使ったら死ぬのを待つのみ。


「そうか」


 ネザスリウェも察したようだ。厳かに、だが決然と告げる。


「解体を再開する。遺体は丁重に扱うように」

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