宇宙マグロ一本釣りチャレンジ

 うむ、やはり地球のマグロとは似ても似つかない。

 当たり前のことだが、カイトは随分と近づいた宇宙マグロの姿を見て複雑な感情を覚えた。似ていなくて良かったのだが、頭の中にこびりついた先入観が違和感を生み出している。何とも不本意なことだ。

 宇宙マグロは流線型のボディに、幾何学的な黄色い紋様が刻まれている。個体ごとに紋様はそれぞれで違う。個性のようなものだろうか。


「こんなのが何億体も宇宙を飛び回っているわけか……」

『ついでに言うなら何億年にもわたって、です』


 エモーションの注釈に頷いて、だがカイトは続いて湧き上がってきた疑問をぽつりと口にした。


「そうだ。生き物だと仮定すると、彼らは世代交代をしているはずだよね」

『それはそうでしょう。トゥーナ三位市民エネク・ラギフと同系統の珪素生命体であるならば、世代交代のスパンも相応に長いでしょうが。何が気になっているのでしょう』

「いや、彼らは何をエネルギー源にしているのかって問題がね」

『なるほど。経口での接種は難しいでしょうね。この速度では特に』

「そうなんだ。口が存在しているようにも見えないしなあ」


 加速方法、世代交代、食事。観察すればするほど、疑問は尽きず湧いてくる。

 そういうトンデモ生物ではないと思いたいところだが、ここ暫くトンデモ生物の極致みたいなものとばかり出くわしているから、カイトは自分で自分の基準が当てにならない。


「もしも船だとしたら、中にいる生物はどうやって億年も生きているんだ……?」

『純粋に惑星由来の生物であれば、億年単位で生きるのは非合理です。宇宙ウナギのような生物でなければ、自然にそんな生態は獲得できないでしょう』

「逆にそういう生物ならば船を作ったりはしない、というわけだね。古典SFからの引用で済まないけど、冷凍睡眠とか」

『無理じゃないでしょうか』

「その心は?」

『億年その状態とか、内部が劣化しないわけがありませんから』

「あ」


 連邦は時間に干渉できる技術を手に入れたが、その研究や運用を放棄している。内部の時間を完全に停める形での存在の保存は、研究が始まった段階で打ち切られているから、連邦の寿命問題の解決は純粋に力業で寿命を延ばしたものだ。超能力を身体改造の主体としたカイトであっても微細マシンが体の中に入っているし、極めてスパンは永いがメンテナンスの必要はある。

 ともあれ、連邦より昔から宇宙空間を飛び回っていて、没交渉の宇宙マグロ。連邦の成立前に連邦よりも高い科学力を持っていた生物が実在しても決しておかしくはない。だが、カイトは何となく、そういうものではない気がしている。


「既に内部の生物は絶滅していて、船だけが当初の役割を守るべくして動いている、っていうのが一番ありえそうだなあ」

『夢もロマンもありませんね』

「可能性を絞って行くと、残念ながらそういう答えばかりが残るものさ」


 そして往々にして、夢とロマンは現実の可能性を不思議と超越するものだ。

 カイト自身がその体現者でもある。だからこそカイトは、宇宙マグロの中身が絶滅しているという可能性については考えていなかった。どういう形であれ、宇宙マグロの中にある命は受け継がれ、今も未来を繋いでいるはず。

 だからこそ、調査には意義がある。彼らと未来を交えるためにも、流星群によって意図しない滅びに巻き込まれる誰かを減らすためにも。


「さて、作業は繊細さが求められる」

『はい。気をつけてくださいね』

「障壁は展開出来ないから、今回は外には出られそうにないな」

『今回に限らず、出ないでください』

「ははっ、そんなことは不可能だよ」


 エモーションの小言を一言で切って捨てると、カイトはクインビーの胴体に二本の腕を発生させた。


「よし、名付けて宇宙マグロ一本釣りチャレンジ! 始めるよ」

『ネーミングに繊細さの欠片も感じられないのですが』


 エモーションが毒づくが、そもそもツッコミのワードが間違っている。

 一本釣りはどこ行った、と言うのが正しい。


***


 捕まえるにしても、まずは強度の確認と、捕獲行動への抵抗の有無が気にかかる。周囲の宇宙マグロがこちらに襲いかかってきたりすると、極めて危険だ。障壁を展開すると捕獲出来ない(そもそも、機動するものを捕獲することを前提にしていない)クインビーにとって、かつてなく危険なミッションであるのは疑いない。

 捕獲が完了した瞬間に障壁を展開して減速、離脱するのが最も望ましいだろうか。


「エモーション。そろそろ生体反応は掴めているかい」

『……キャプテン、そのことですが』


 カイトの問いに、どこか困惑した様子でエモーションが返してくる。何があったかを聞く前に、エモーションが視覚的に状況を表示してくれた。


「エモーション、これは」

『間違いなく』


 宇宙マグロの内部に生体反応はあったようだ。だが、カイトの視界に表示された反応は驚くほど小さい。外殻というより、船と考えた方が正しいのは間違いなさそうなのだが。


「内部の情報が隠蔽されているというわけじゃないのかい」

『この船体の大きさでですか? そうだとするなら不自然です』

「それはそうかもしれないけど……」

『それに、こちらをご覧ください。この距離でぎりぎり捕捉出来たものですが』


 と、群れの中央部に目立っている、大型の宇宙マグロを示す。

 そこにはやはり小さくはあるが、複数の生体反応が確認されていた。周囲の宇宙マグロは一隻につきひとつの反応だというのに、だ。


「大きな宇宙マグロには複数の生体が乗り込んでいる?」

『はい。アディエ・ゼ五位市民アルト・ロミアのような、あるいはもっと小さな生物があの内部には乗っています。間違いありません』

「了解。相手の強度は」

『捕獲程度なら破損はしないでしょう。キャプテンの技術に期待します』


 狙いは至近距離の宇宙マグロ、それは変わらない。大型の宇宙マグロも気にかかるが、それは後回しにしようと割り切る。小型の捕獲で分からないことがあれば、改めて捕獲を目指さなくてはならないだろうが。

 狙いを定めた宇宙マグロの横にクインビーを並べて、速度を合わせる。不思議なことに宇宙マグロはごく近くに異物が寄ってきたにも関わらず、なんら反応をしなかった。逃げようとも、攻撃を加えようともしない。ただひたすらに前の個体を追いかけているだけ。


「フゥ……よし」


 大きく深呼吸をしてから、カイトはクインビーに指示を出す。

 いつもと違って、船の外に出ての作業ではないからだろうか。奇妙なほどの緊張がカイトの脳を圧してくる。

 ずん、と重さを感じる。クインビーの両腕が宇宙マグロに巻き付き、しっかりと抱き締める。


「減速! 障壁展開!」


 視界の先、一気に宇宙マグロの群れが遠ざかっていく。クインビーが捕らえている宇宙マグロの推進力のせいで減速はゆるやかだが、それでも群れが遠ざかる速さは圧倒的だった。

 クインビーの抱いている宇宙マグロは抵抗らしい抵抗を示さない。振りほどこうという抵抗くらいは覚悟していたのだが、それすらもない。


「エモーション、宇宙マグロの反応は」

『推進系が出力を落としました。特に溶解液などを分泌した様子もありません、完全に無防備です』

「ふむ……」


 推進系が出力を落とした理由も分からない。自爆でもするつもりかと不安を覚えるが、そうだとしたらエモーションが警告するはずだ。完全に無防備、などと言うわけがない。

 ともあれ、仕事は果たした。後ろを振り返ると、後ろを飛んでいたエアニポルが米粒のように小さく見えた。気付いていなかったが、随分と先行していたらしい。


「ま、最初のお仕事はやり遂げたってところだね。次は公社の研究班のお仕事だ」

『そうですね。お疲れ様でした』


 障壁がない状態での作業は、エモーションにとっても不安なものだったのだろう。珍しく嫌味のない彼女のねぎらいに笑顔で応えつつ、カイトは座席に背を預けるのだった。

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