宇宙マグロの生態を学ぼう(実地)

まずは追いつくことから始めよう

 クインビーに転移をさせたことは何度もあるが、そういえば全力で加速させたことはなかった。

 眼前を飛んでいる宇宙マグロの群れにまずは追いつくこと。クインビーの速力は、元々速度特化型の戦闘艇と比べれば性能が落ちる。クインビーを始めとしたディ・キガイア・ザルモスは船体の性能は平均的に高いが、特徴がない。そんな造りだ。

 だが、テラポラパネシオ御用達だけあって、超能力の受容性だけが群を抜く。そしてその一点があるだけで、あらゆる戦闘艇はおろか戦艦や人工天体さえも凌ぐ超兵器となり得る。

 カイトはクインビーに加速の意志を込める。ぐんぐんと速くなっていくのが分かるが、だからこそ理解できることもある。


「速いな、あれ」

『はい。速度特化型の戦闘艇でも追いつくのに難儀しそうですね』


 宇宙マグロは単純に速い。これは誰も捕えて研究しようとか思わないはずだ。転移より遅いが船より速い。言葉の意味を実感する。

 外殻なのか船なのか分からない小型のボディが、宇宙空間を一心に泳いでいく。あれで小惑星などに衝突しないのだろうか。群れになった宇宙マグロは比較的密集している。避け損ねても、うっかり接触しても大惨事だろうに。


「エモーション。あれが生物だとして、あの速力は何によって発生しているのだろうね」

『分かりません。未知の器官でもあるんじゃないですか? 群れると速度が上がるような』

「ゲームのバフじゃないんだからさ」


 とはいえ、まったくもって理解出来ない。そもそも捕獲してみなければ生態など詳しくは調べられない。追いついて、捕獲して、持ち帰る。その三つがカイトに最初に課せられたミッションだ。

 宇宙マグロは速いとはいえ、光の速さに到達しているわけでもない。このままの速度であれば、ダーレッケ2に到達するまではまだ年単位で時間があるはず。連邦や公社の解析能力であれば、一匹でも捕獲できれば研究にそれほどの時間はかからないだろう。


「ではあれが船だったとしたら」

『それなら方法はあります。キャプテンも公社も転移という機能を使用しているのですから、あの速力を出すのも不可能ではないわけで』

「そりゃそうか」

『ですが、それはそれで現実的とは思えませんが』


 自分で言っておきながら現実的ではないと言う。エモーションの意図が最初はいまいち分からないカイトだったが、追いかけながらじっくりと宇宙マグロを見ていると何となく察する。


「小さすぎる?」

『はい。どれほど機能を小型化したと言っても、船体があまりに小さい。あれだけの速力を出す機関を搭載しているとなれば、他に何が入っているかと疑問が湧きます』

「未知の高い科学力でびっくりするほど小型化したとか?」

『宇宙マグロは連邦が組織される前から存在が確認されているんですよね? 億年以上の間、他の文明と交わらずに技術の目覚ましい革新が起きるでしょうか。しかもあの速度を維持しつつ』


 宇宙マグロは連邦の戦闘艇と比べても半分程度の大きさしかない。宇宙マグロが船だったとすると、諸々の機構がどれほど小さかったとしても、カイトの体格では寝転がって搭乗し、体を満足に動かすことも出来ないような状態が出来上がる。

 そんな状態で船を走らせながら船体の技術を革新させていく。そんなこと、どうしたって一人では無理だ。


「小人でも乗ってる?」

『可能性はありますね。アディエ・ゼ五位市民アルト・ロミアの実例もあります。あの方々の体長であれば、一隻に三名くらいは居住できるかもしれません』


 懐かしい名前が出てきた。地球の文化のバイヤーとして紹介された連邦市民。たしかに彼も小柄だったが。

 だが、それだと連邦と意思の疎通を行わなかった理由が分からない。連邦との間に戦闘を含めた敵対はなかったようだし。もしそんな過去があったなら、あの宇宙クラゲが言わないはずがない。

 じりじりと距離が詰まってきただろうか。自分たちが今、どれほどの速度で進んでいるのか。カイトは知りたいと思いつつも聞こうとは思わなかった。聞いたら緩めてしまいそうな実感がある。


「つまり。生き物としても船としても、理解出来ない存在ってことか」

『そうなりますね』

「いいねえ、ロマンだ」


 宇宙には未知がまだまだあるようだ。生物が生きる上での課題をほぼ全て超越した連邦でさえもそういう対象が世にあるということが、カイトには堪らなく嬉しかった。


***


 デレニデネは、クインビーと宇宙マグロの様子をモニターしながら呟いた。

 じりじりと宇宙マグロに近づいていることが、単純に異常だ。


「凄い……」


 キャプテン・カイトの勇名は公社にも轟いていた。当初は悪評の方が多かったように記憶しているが、公社の社長と交流を始めてからは悪評はすぐに消えた。どうやら同郷の者たちが嫉妬交じりに流したものらしい。

 テラポラパネシオが扱うディ・キガイア・ザルモスを駆り、巨大戦艦をも無傷で圧倒するなんて話も。ディ・キガイア・ザルモスの伝説は流石に誇張があるだろうと思っていたが、目の前で繰り広げられる様子は伝説が偽りないことをまざまざと見せつけていた。


『そうだろう、エッケウー君』

「し、支社長!?」


 船内で情報を共有していたネザスリウェが、通信を送ってくる。突然の大物からの連絡に驚いていると、ネザスリウェはそんなデレニデネの様子を気にするでもなく続けてくる。


『公社であれ連邦であれ、宇宙マグロに追いつく速度を出すには特別な船体の用意が必要となる。そして、その速度域で宇宙マグロを捕獲するなど現実的に見ても不可能だ』

「は、はい」

『だが、見たまえ。キャプテン・カイトはまだ余裕がある。向こうから送られてくる生体情報にも異常値はない』


 モニターされているカイトの生体データは、脳の一部領域だけが極めて異常な数値を叩き出している。だが、これは超能力を使用する者特有の反応であるので、気にしなくて良いとエモーションから先に通達を受けている。

 意志による物理法則への干渉。アースリングの受け入れ以後、超能力と呼ばれはじめたこの能力を付与する改造が、昨今連邦と公社でにわかに加熱しつつある。今は研究熱の再燃程度だが、その動きの中心にいるのももちろんカイトだ。


『このデータが公開されれば、超能力への研究は更に加熱するだろう。キャプテンの名がまた世を騒がすな』

「こ、公開なさるのですか」


 少しばかり口ごたえに聞こえてしまっただろうか。デレニデネは言い方が悪かったかと内心で後悔したが、ネザスリウェは特に叱責などはしてこなかった。


『テラポラパネシオの皆様が留めておかないだろう。キャプテンの業績については何より知らしめたがるようだからな』

「はあ」


 少しばかり会話をしただけだが、カイトは自身の栄達や評価に興味があるようには思えなかった。テラポラパネシオがどういう考えで行っているかは分からないが、カイトにとっては嫌がらせなのではないかとさえ感じる。

 だが、デレニデネには恐れ多くて言えるわけもない。支社長であるネザスリウェにさえ一言言って後悔が湧くのだ。代表であるパルネスブロージァと同格とされるテラポラパネシオが相手とすれば、対面することさえ恐ろしい。

 自分の勇気のなさをなんとなく心の中でカイトに詫びていると、ネザスリウェが大きな声を上げた。


『おお、キャプテンの船が追いつくぞ!』

「!」


 モニターには、じりじりと宇宙マグロの群れに近づいていたクインビーが、最後尾を行く個体に今まさに並ぼうとしている様子が映っていた。

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