ダーレッケ星系への侵入

 宇宙クラゲとの通信が終わったところで、カイトはネザスリウェ支社長に視線を向けた。仕事を始める前に、胸につかえたこの違和感をどうにかしておきたかったからだ。


「どうしたのかな?」

「いえね、どことなく支社長の言い方に違和感があって」

「さすが、鋭いねキャプテン」


 ネザスリウェはどこか愉快そうな感情を見せた。もうすぐダーレッケ星系に入るよと言いながら、モニターは船の外を映し出す。

 まだ宇宙マグロらしい姿は映っていない。思ったより速いな、とネザスリウェが呟く。こちらを見て言った言葉ではないから、独り言なのだろう。視線をカイトの方に下ろして、静かに首を振る。


「連邦はあれを天文現象と位置付けた。あれによって起きる被害もまた、宇宙における自然のひとつだと割り切っている」

「支社長の考えではそうではない、と?」


 カイトの問いに、ネザスリウェは直答を避けた。そうだとも違うとも言わず、別の話題に逃げる。


「私が希少生物であることは分かると思うが」

「ええ」

「公社は希少となった生物を保護する。保護の基準はまちまちだが、基本的には一定以上の知性を持っていること。トゥーナ様の時は、簡単に言ってしまえば社長の判断だった」

「判断というと」

「キャプテンのお陰で宇宙ウナギ種の知性が明らかになったが、それまでは巨大な星を食う怪物といった認識だった。生態を解明、惑星の捕食をコントロールすると社長が言ったことで、我々は保護という方法を選んだ」


 トゥーナのような惑星を捕食する存在が、無軌道に動くことで生物の住む星が滅亡の危機に瀕する。カイトは何となく得心した。連邦は発達した知性体による星への干渉を嫌い、公社は星の生物や進化を外部から蚕食するあらゆる存在を嫌うのだと。宇宙ウナギの保護という選択も、結局のところ希少生物を無為に生まないようにするための布石だったというわけか。

 一言に保護と言っても色々とあるのだな、と思う。そうなると、宇宙マグロ流星群の解決という言葉にも別の意味が出てくる。


「ま、回答は保留ってことにしておきましょう。何をするにも、まずは当の宇宙マグロってのを見てからにします」

「そうしてくれ。そもそもあれが知性体かどうかもまだ分からないのだから」


***


 ダーレッケ星系では第二惑星が、生命の発生した星であるという。

 最初の宇宙マグロは外宇宙からダーレッケ星系を確認して、仲間の個体を呼び寄せた。ダーレッケの恒星を中心に周回しながら、少し前まで周辺宙域にいた仲間が集まってくるのを待っていたらしい。流星群として降り注ぐ先を見つけた時の挙動だという。その程度の生態は解明していたのかと思ったが、何度か見かければ気がつくなと思い直す。


「私の住んでいた星は、宇宙からの飛来物によって壊滅的な打撃を被った」

「え」

「種族としての私たちはアスバルカクト。激変した環境下で滅びかけた我々を救ってくれたのが、社長と公社だった。もう……随分と前のことになる」


 ネザスリウェは、自分がこの任務に力を入れている理由を説明してくれている。

 宇宙からの飛来物。宇宙マグロと言っていないのは、単純に違うのか、こちらに先入観を持たせたくないのか。自分の故郷が滅びているという点では、ネザスリウェもカイトも共通しているのだ。

 地球が滅びを免れたのは、あくまで特殊な幸運に過ぎないのだから。


「飛来物が落ちてきて環境が激変する。確かにいつでもあり得ることだ。それによって激変した環境が新しい知性体を勃興させることもあるだろう。だが、それまでに繁栄していた生物が死に絶えなくてはならない理由もまたないはず」

「それは……そうですね。そう思います」


 カイトはどちらかと言えば、後発の知性体に該当する。滅びた恐竜たちの中には、人類のように知性体と呼べるような生物がいたのだろうかと思いを馳せる。もしも彼らが生き延びていたら、今頃ネザスリウェと会話をしていたのはカイトではなかったのかもしれない。

 いや、あるいは地球が連邦の観察下になく、そんな生物がネザスリウェのように公社に保護されていたとしたら。そう考えるだけで、ネザスリウェへの親近感を感じるから不思議だ。

 だが、残念ながらそんな過去はなかったのだ。結果としてカイトはここにいるし、ネザスリウェと会話をしている。連邦の選択を否定することは出来ないし、ネザスリウェの想いも尊重されるべきだ。


「宇宙マグロが生物であるなら、宇宙マグロ流星群は何故起きるのか。それを紐解き未然に防ぐ。それが私の目的だよ」

「なるほど。違和感の理由がひとつ、分かりました」


 希少生物がいるわけではない星に、希少とは言えない数の生物が落下する。希少生物保護公社と名乗っているのに、自分たちの職責とは言えなさそうな範囲に手を突っ込む理由がどうも嘘くさく聞こえたのだ。

 被害者が、同じ被害を出さないためと言われれば、理由にも納得がいく。


「まあ、社長が許可を出してくれたのが最も大きいがね」

「パルネスブロージァ社長が?」

「うん。社長の一部がトゥーナ様と一緒に惑星めぐりをしているだろう? トゥーナ様が触れ合う前に宇宙マグロ流星群で生態系が激変するのは避けるべきでは、と言ってみたのさ」


 その言葉に、違和感のもうひとつがすっと消える。

 公社は連邦と同様、宇宙マグロ流星群を天文現象と定義している。それなのに止める方法を探るというのは、筋が通らないのではないかと思っていたのだが。

 密かにパルネスブロージァの思考を誘導したというわけだ。この支社長、なかなかやる。

 カイトは思わず苦笑を漏らした。社長は清廉潔白、理想を追い求めれば良い。だが、現場は清廉潔白だけでは動かない。ネザスリウェはそういうところをしっかり弁えているわけだ。


「……聞かなかったことにしておくよ」

「私も言わなかったことにしておくさ」


 くく、と互いの口から音が漏れた。悪だくみをするには、ちょうどいい距離感の相手かもしれない。

 手元に食器を抱えたままのエモーションが、モニターを見たまま声を上げる。


「キャプテン。どうやら見えてきたようです」

「……僕の目ではまだ捉えられないみたいだ。そろそろ船の近くに戻っておこうか」


 仕事の時間が迫ってきた。カイトがそう言うと、エモーションは名残惜しそうに食器をテーブルに置いた。料理の名前は分からないが、随分気に入ったようだ。


「うむ。宇宙マグロの最後尾を捉えたようだ。方法は任せる、何とかしてくれキャプテン」

「言ったでしょう? まずは見てからですって」


 とはいえ、内心ではネザスリウェの力になってやりたいと思い始めている。思ったよりもチョロいのは自分も一緒だったか。

 取り敢えずいくつかプランを頭の中で組み立てることからだ。何より最初に考えなくてはならないのは、戦闘艇より速く転移より遅いという宇宙マグロの速さに追いつくことだけれど。

 降り注ぐ先が第二惑星でなければ良いけれど、と思う。これはネザスリウェも同意していて、どうやら宇宙マグロは必ずしも生命が存在する星を選んで落下するものでもないらしい。奇天烈な生態と宇宙クラゲが言うのも納得できるというか。


「では、先程のエッケウー君を君たちの専属支援要員にしよう。何かあったらエッケウー君に要望を出してくれ。対応させていただこう」

「了解です。それでは後ほど」

「ああ」


 支社長室から出て、クインビーの下へ戻る道を歩く。そろそろある程度船内の様子も見慣れてきたなと呟いたところで、そう言えば支社長に聞き忘れたことがあったと思い出す。

 さっき食べたメニューの中に、ルディメリのカラギエはあったのだろうか。

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