生きた天文現象とは

 カイトとエモーションが食事をしている間にも、エアニポルは目的の場所への移動を開始していたようだ。食事が終わった頃には、ダーレッケ星系への到着までわずかという距離まで来ていた。

 ひとまずカイトは自分の知らない銀河事情を知るべく、モニターを借りて連邦の宇宙クラゲに連絡を取った。


『やあ、カイト三位市民エネク・ラギフ。休暇中だと聞いていたが、公社の手伝いをするのだって? 忙しないことだね』

「どうも急に休みが入ると暇を持て余す性格だったみたいで。最初から休むつもりでいると色々考えつくんですけど」

『そういう性格の者は連邦にも少なからずいるものだ。それで? 何か用事かな』

「ええ。宇宙マグロ流星群とかいう名前の天文現象について教えて欲しいなと」

『ふふ、カイト三位市民も喜ばしいだろう? とうとう地球の言語が連邦史に公式に残ることになったのだ』


 議員のテラポラパネシオの言葉に、カイトはげんなりと肩を落とした。どうやら宇宙クラゲと人類はどこまでいっても価値観を交わらせることは出来ないようだ。

 ともあれ、宇宙クラゲはまったくの善意でこれを押し通したようだ。カイトへの気遣いだと考えると、安易に否定も出来ない。疑われないように話題をすり替えていくことにする。


「名前についての話ではないんです。天文現象だと聞いたのですが、マグロと名がつくということは生物なのでしょう? その辺りがよく分からなくて」

『なるほど、良い着眼点だ。それに関してはまず明らかにしておこう。宇宙マグロとは間違いなく生物だ。奇天烈な生態を持っていてね、だからこそ生物だと分かったわけなんだが』

「はあ……?」


 恐ろしいことに、奇天烈な生物代表のテラポラパネシオから奇天烈だと言われる生物であるらしい。聞くのが怖くなってきたが、聞かなくては対策も立てられないと覚悟を決めて続きを促す。


「その、奇天烈な生態とは」

『うむ。宇宙マグロは宇宙空間を普段単独、あるいは極少の群れで飛行する。生命の維持についてはどうやって行っているのかは不明だ。結構な速度で飛び回るのこと、意思の疎通が出来なかったことで、研究しようとする者も皆無だったからね』

「意思の疎通が出来なかった……皆さんもですか?」

『それが我々テラポラパネシオを指すのであれば、単純に試したことがないというのが正しい。何しろ、彼らは我々が宇宙空間で知性を獲得した頃には既にあの形で飛び回っていたからね』

「何ですって……?」


 億年以上の時間を、飛び回っている生物。

 地球的な表現であれば、生きた化石と言ったほうがいいかもしれない。


***


 宇宙クラゲによる宇宙マグロの歴史講義は続いている。

 説明を受けて理解出来たことは今のところ三つだ。

 ひとつ。宇宙マグロは宇宙クラゲよりも早い時期から宇宙空間を飛び回っていた。

 ふたつ。宇宙マグロの生態はよく分かっていない。単独での飛行速度は並の戦闘艇より速く、ワープ航法より遅い。捕まえるのも困難である。

 みっつ。宇宙マグロとの意思の疎通は成功したことがない。ただし、テラポラパネシオは興味がなかったので実行していない。


「わけが分からない」

『そうなのだよ。時々個体が仲間を招集することはあるようなんだが、その条件も特に研究されてはいなくてね』

「仲間を呼ぶ……?」

『そう。群れた宇宙マグロが惑星の重力に引かれて落下する現象を、宇宙マグロ流星群と名付けたわけだ』


 ふわりとした説明だが、なるほど確かにマグロの生態に近いような気がしないでもない。あれも繁殖期には群れを成したと聞いたことがあるようなないような。

 疑問はある程度晴れつつあるが、連邦が何故宇宙マグロ流星群を天文現象と呼ぶのかが理解出来ない。同じような宇宙ウナギの惑星捕食は天文現象と呼ばなかったはずだ。


「それで、何故天文現象と位置付けているのですか? 宇宙生物による天体への落下を現象と呼ぶ意味がよく分からないのです」

『影響が限定的だと判断されたからさ』


 宇宙クラゲの回答は、いつだって最短距離だ。分かりやすいが、あまりに短絡的に結論を言うのでたまについていけない。

 限定的な影響とは何か。

 それを問うと、議員のテラポラパネシオは頭部らしき場所をぶるりと震わせた。その行動の意味は分からない。


『つまりだ、我々が惑星に干渉するのとは違い、彼らの落下は惑星の生態系にこそ影響を与えるが、惑星の生物たちの性質には影響を与えないと判断された』

「落下しても文明を滅ぼしたりはしない、ということですか?」

『そのとおりだ。事実として、連邦に自分たちの文明を発展させて参入した星々のいくつかで、かつて宇宙マグロが大量に落下したことを示す化石が発掘されている。そして、宇宙マグロの観測データと彼らの生態データに連続性はない』

「生命の入れ替えのような現象は起きていないと」

『そうだ。もちろん、落下した惑星の環境を変えてしまうという問題点はある。だがその現象自体は、どの惑星でも起き得ることではないかね』

「……確かに」


 地球の場合も(それがディーヴィンのテコ入れだったのか定かではないが)、隕石の衝突で滅亡した生物はいる。その後の時代を生き抜いて人類が星の支配者になったのだから、宇宙マグロ流星群の生態そのものを否定することは難しい。

 納得したカイトに満足したのか、議員が結論を述べる。


『それゆえに、連邦は彼らを生きた天文現象と位置付けることにしたのだ。彼らの落下もまた、生物の自由として尊重されるべきだと考えたからね』

「なるほど」


 連邦のスタンスは理解できた。宇宙マグロ流星群という現象の概略も。ただし、そうなってくると今度は公社の方向性が分からなくなってくる。

 と、カイトの疑問と同じことを思ったのか、議員は斜め後ろで聞いていたネザスリウェ支社長に問いかける。


『公社が宇宙マグロ流星群に留意しているということは、そこに希少な生物でも発生しているのかな?』

「いえ。我々も保護を必要としているような生物を発見したわけではありません。公社も連邦の判断を支持し、宇宙マグロ流星群を天文現象と位置づけております」

『では何故?』

「彼らが知性を持つ生物であり、宇宙空間での生存方法を確立しているのであれば。彼らが流星群を発生させる意義があるのか、という疑問が発生したからです。意義がないのであれば、起こさせない選択肢もあるのではないかと」

『ふむ。確かにあれは未開惑星にとっては虐殺と言えるほどの影響が出ることもあるからね。自然現象だからと生物が絶滅するのを座視するのは公社にとって問題だったか』


 ネザスリウェ支社長の言葉に、議員は納得したようだった。だが、カイトの脳裏にはちょっとした違和感が生じる。疑問として言葉にまではならない、小さな棘が。

 それを確認する前に、ネザスリウェ支社長が議員に向けて頭を下げる。


「今回はどちらかと言うと我々の我侭です。連邦の勢力圏での実験を許可してくださったこと、有難く思っていますよ」

『ダーレッケ星系にあるのは、明確な文化を為すような知性体がまだ発生していない無垢な惑星だ。惑星に侵入するわけでもなく、宇宙マグロ流星群を止めたいというだけならば我々に否はないさ』

「それはもちろん。我々はその点において、常に分かり合っていると認識しております。無論、社長も」

『パルネスブロージァとトゥーナ三位市民は随分と楽しんでいるようだね』

「ええ、それはもう。時折画像が届きますよ」


 穏やかな会話が交わされる。カイトの違和感が形になる前に、議員はそろそろ良いかねとカイトに問いかけてきた。

 違和感が単なる取り越し苦労であることを期待して、カイトも頷いた。


「ありがとうございます、議員。色々とよく分かりました」

『それは良かった』

「それでですね」

『うむ?』

「今後は連邦の何かに名前をつける時に、地球由来の単語を使うのは止めていただけますか」

『何故だね!?』


 今回の通信でもっとも大きな音が出た。そこまで大きな事件か宇宙クラゲ。

 カイトは内心で深く深く深く深く溜息をつきながら、取り敢えずの理論武装で攻め込む。


「似ているというのは分かりました。ですが、正直僕の頭に浮かぶ宇宙マグロ流星群は、今なお宇宙を泳ぐ魚類の群れで固定されてしまっています」

『そ、それが何か問題なのかね?』

「変に先入観があると、出会った時の感動が薄れます」

『ふぁっ!?』


 これはクリティカルなダメージを与えたようだ。議員が珍しく後ろにのけ反った。

 何しろ彼らの善意の起点は、カイトが地球クラゲと彼らとを繋いだ感動にあるはずだからだ。


「今回はもう取り返しがつかないので変えていただかなくて構わないですが、僕が宇宙で出会う感動が薄まってしまうので、出来れば今後は」

『わ、分かった! もうしないとも! す、済まなかったねカイト三位市民! 我々はこれから議会に再度諮らねばならないので失礼する!』


 随分と慌てた様子で通信が切れる。

 勝った。珍しくあの方向性がバグった善意に完全勝利出来た。隣で様子を窺っていたエモーションが一言。


「上手い言い訳を考えましたね、キャプテン?」

「本心だとも」


 それがすべてではないがね、と小さく呟いた声は、果たしてこの場の何人に届いただろうか。

 エモーションは口許を軽く緩めていたから、彼女にだけは聞こえていたかもしれない。

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