それを正式名称にするのは断固拒否したい
カイトの耳が腐ったのでなければ、デレニデネは間違いなく言った。宇宙マグロ流星群と。何だそれは。自分で名付けた覚えはまったくないので、公社にいる地球人が何かの生物にそんな名前でもつけたのだろうか。
それにしても、デレニデネはそれを天文現象と呼んだ。つまり、宇宙マグロとは生物を指すのではなく現象を指しているというのか。疑問は尽きない。
「何でそんな名前に!?」
「詳しくはネザスリウェ支社長からお聞きください。命名に関しては私は特に関与しておりませんので」
「そ……そうさせてもらおうかな」
思わず感情を高ぶらせてしまったカイトだったが、デレニデネは冷静に切り返してくる。確かに確認する相手はデレニデネではない。落ち着こうと深呼吸。
「珍しいですね、キャプテンが感情を乱すのは」
「そうかい? そんなことはないと思うけど」
「そうでしょうか」
「知らない間に、見たことのない天文現象が『宇宙マグロ流星群』なんて名付けられてごらんよ。宇宙でマグロで流星群だよ? 冗談じゃない」
「よほど最近になって決まった名前なのですね。私のデータベースにも登録されていない単語です。まあ、いささか珍妙ですが別に構わないのでは?」
エモーションは特に興味もないようだ。変な呼び方でも気にすべきではないという彼女の鷹揚さは、彼女がカイトのネーミングセンスを評価していないからなのかもしれない。
そして、エモーションは珍しく感情を乱したカイトに対して、追い打ちをかけてきた。これはこれで珍しいことだ。
「キャプテンも特別ネーミングセンスに長けているというわけではないのですから。よそのどなたかのネーミングセンスに不満を持つべきではないと思いますが」
「……よく分かったよ、エモーション」
そういうことを言い出すなら、カイトにも考えがある。
にやりと笑みを浮かべて、エモーションのすまし顔を見た。
「ならば事が終わったあと、超新星爆発を『エモーション大激怒』と呼ぶように連邦議会に諮ってみようか。想像してみたまえ、銀河のあちこちでエモーション大激怒が発生したと言われる状況」
「……きゅるきゅるきゅるきゅるきゅる」
何やらエモーションが口を歪めて、きゅるきゅると音を出した。
余程不快だったのだろう、しばらくきゅるきゅる言っていた後に、がっくりと項垂れた。
「なるほど。このような感情を覚えるということですね。前言を撤回しますよ、キャプテン」
「そうだろう?」
完敗といった様子のエモーション。無理もない。うっかりカイトが本当に申請でもした場合、本当に正式名称になりかねない。
何やら時間がかかったのは、いずれかの天文現象にカイトの名前をつけて反撃しようとして、適当なものが思い浮かばなかったからだと見る。
「ブラックホール発生を『エモーションの貪食』とか」
「くっ、私も適当なのを思いついていれば……!」
ほらやっぱり。
***
公社の船による宇宙の旅は、やはり古典SF好きのカイトの好みにとても合うものだったと言える。ただし、カイトはその景色やらデレニデネからの解説やらを楽しむ精神的余裕はまったくなかったが。
後で改めて堪能しようと心に決めて、今はネザスリウェ支社長への追及の文言を考える。
と、モニターの一部に何やら構造物らしきものが見えた。所々で光を放っているから、おそらくエアニポルだろう。
「残念ですが、私の主導する旅ももうすぐ終わりになりますね」
「ええ。また別の機会があるといいのですが」
本心から言う。正直なところ、デレニデネの解説は中々聞きごたえがあった。宇宙マグロ流星群の件がなければ、もっと解説に集中できただろうに。
内心では溜息をつきながらも、デレニデネには笑顔を返す。デレニデネに非があるわけではないからだ。
エアニポルの輪郭が段々と見えてくる。カイトは珍しく鋭い目でそれを見つめるのだった。
***
「やあ、キャプテン・カイト! 久しぶりだ。君たちが食事に興味があると聞いたのでね、用意させたよ」
「素晴らしい! キャプテン、キャプテン! 素晴らしいではないですか!」
「ありがとうございます、支社長どの。ほら、エモーション。いただくと良いよ」
一瞬で餌付けされてしまった相棒に内心で深く溜息をつきながら、カイトはまずネザスリウェ支社長に礼を述べる。許可を得てテーブルに駆け出したエモーションを呆れ交じりに見送ってから、視線を巨大なユニコーンのような支社長へと向ける。
特にカイトの不機嫌に自覚はないのだろう、食べないのかねと聞いてくるネザスリウェ支社長のつぶらな瞳が今は忌々しい。
「宇宙マグロ流星群……でしたか? それの解決に協力しろという話だと聞きましたが」
「先に仕事の話とは、真面目なのだなキャプテン。その通りだ、天文現象『宇宙マグロ流星群』について、君の知見を借り受けたい」
真面目な顔で連呼する単語じゃない。
頬が軽く引きつるのを自覚しながら、カイトは努めて冷静を装いつつ聞く。
「で、その……宇宙マグロ流星群という呼び名なのですが」
「うむ。良い呼び方だろう? このたび連邦と公社でそのような正式名称を名付けることで合意したのだ。アースリングの言語は今、我々の間でひそかなブームとなりつつあるのでね」
「ブー……ム?」
「おっと、その発端が何を意外そうな顔を。キャプテン・カイトの生まれた星の言語だろう、宇宙クラゲに宇宙ウナギ。新しい発見には地球の言語を使ってはどうかという議案がこのたび可決され、地球の生態系の中から該当しそうな単語が選ばれたというわけだよ!」
「そう……ですか」
カイトは思わず地面に膝をついた。まさか自分の言動が原因で、連邦と公社にこのような異常なブームが発生するとは。宇宙ウナギと呼んでしまったのは確かに自分だ。まさかあの時の悪行(?)が今になって祟ることになろうとは。
だが、宇宙クラゲとは公的に声に出したことはないはずだ。いや、超能力に慣れる前にそんなことを考えたことがあるような? だが、それを読み取られたからと言って、彼らが自分たちを宇宙クラゲと呼び始めたのはその時ではない。
カイトは何だかものすごく全身が重怠くなった気がしたが、のろのろと体を起こした。心配そうに見てくるネザスリウェ支社長がにくい。
「だ、大丈夫かね? 疲れでも出たかな」
「いえ……お構いなく。宇宙マグロ流星群という単語の出所が予想外すぎてちょっとショックを受けただけです」
「?」
カイトの葛藤について、まったく理解を得られそうにないネザスリウェ支社長の様子に、カイトは内心で深く深く溜息をついた。
「その……宇宙マグロ流星群という単語を考え直すわけにはいきませんか」
「何故だね? いや、不可能ではないが、多少コストがかかるのだよ。既に学会でもこれが正式名称となっているから」
気が遠くなりそうだ。つまり学者たちはあの単語を真面目腐った顔で連呼するのか。宇宙マグロ流星群が、宇宙マグロ流星群をと。
自分が地球人の救出に力を尽くしている間に、こんなことになろうとは。ネザスリウェ支社長は何を勘違いしたのか、テーブルの上を指し示す。エモーションが座り込んで一心不乱に食事を楽しんでいるのが、もうひとつカイトのテンションを下げた。
「まあ、君も食べたまえ。腹が減っては良いアイデアも出ないし、気持ちが落ち込む一方だぞ」
今現在カイトの気持ちが落ち込んでいるのは、宇宙マグロ流星群という単語のせいなのだけれど。
ゆっくりと頷いて、重い足をテーブルに向ける。そんなカイトを心配そうに見ながら、ネザスリウェ支社長はあっと声を上げた。
「どちらにしろ、名前の変更は不可能かもしれないな」
「え?」
「何しろ命名については、テラポラパネシオの皆様が随分と強く推したと聞いている。あの方々を納得させられなければ、名前は変わらないだろうな」
薄々そうじゃないかと思っていたが、やっぱりお前らのせいか宇宙クラゲ。
カイトは頭を抱えて、深く深く深く溜息をついた。
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