聞き捨てならない呼び名が聞こえ

 カイトとエモーションは、取り敢えずクインビーから降りた。まずはデレニデネと対面して挨拶をすべきだと判断したからだ。

 クインビーを収容できるほどの大型船だが、乗っているスタッフは少ないようだ。大層な荷物を運搬しているわけでもないし、いざとなればクインビーがいる。そもそも公社のマークをつけた船を襲う海賊はいないか。


「ようこそ、キャプテン・カイト。この船は公社第四十五事業部の所有する運搬船で特別な名称はありません。それほど快適な船旅を提供することは出来ませんが、到着までよろしくお願いします」

「ええ。乗り心地にはあまり頓着しませんのでお気遣いなく」


 デレニデネの挨拶に応じつつ、カイトはまじまじとデレニデネの頭部を見る。近くで見ると、よりその異質さが目立つ。

 顔などの皮膚の部分は地球人によく似ているのに、髪らしき部分だけが違う。話すたびにぷるぷると震えるその様子は、グミのようにもシャボンのようにも見えて。

 カイトの視線に気付いたのか、デレニデネが軽く首を傾げた。頭から零れ落ちそうで思わずカイトはあ、と声を上げてしまった。


「気になりますか?」

「あ、し……失礼しました。あまり良い態度ではありませんでしたね」

「私どもの種族は、体表面の組成が独特なのです。そのため、あらゆる種族への擬態を得意としているのです。この姿も、出来るだけアースリングに似せたものなのですよ」

「そうでしたか。では頭の部分は液体ではないのですか」

「はい。今は擬態の関係で、体表の水分量を頭部に集中しているだけです。擬態を解除すれば元に戻りますが、その姿になるとキャプテン・カイトは私だと気づかないでしょうね」

「そうですか。凄いものですね」


 デレニデネはカイトへの気遣いとして、地球人に似た姿を取ってくれた。だからこそカイトはデレニデネの本来の姿に興味を示すことはしなかった。

 公社に勤めている以上、デレニデネも希少な種族として保護された立場であるはずだ。あまりその過去や種族的な性質を聞くのは失礼だろう。カイトは意図して話題を変えることにした。


「これから向かうのはネザスリウェ氏の船でしたね?」

「はい。エケレケメネゥ・アスバルカクト・ニジャイアーサ・ポルケトランタル……たしか、そちらのエモーション様がエアニポルと略称をつけたのでしょう? 最近では公社内部でもその呼び名が定着しつつあるのですよ」

「やはり呼び名はシンプルであるべきですよね」


 何故か自慢げなエモーションは放っておくことにする。もしかするとカイトの評判ばかりが上がっていることに多少のフラストレーションが溜まっているのかもしれないから。

 デレニデネに聞きたいことは、そもそも別のことだ。軌道を修正する。


「ネザスリウェ氏の船に乗った後は、どちらへ行くのでしょうか」

「ダーレッケ星系です。ネザスリウェ支社長からは説明がありませんでしたか?」

「はい。仕事の依頼としか」

「そうでしたか。ダーレッケ星系は連邦の勢力圏内です。だからこそアースリングの救助には寄らない宙域だとも言えますね」

「連邦の勢力圏内?」


 よく分からなくなった。公社の仕事の依頼で、場所が連邦の勢力圏内とは。カイトが通ったことがない理由については十分納得がいくのだけれど。

 デレニデネにその辺りを聞くと、それは簡単な理由ですと返答。


「連邦の勢力圏内と言いましても、そこに連邦への参加が期待できる知性体が発生していなければ連邦は基本的にその星系に干渉しませんから」

「なるほど。そういう星の生態系そのものにはあまり興味を持たないと」

「ええ。もちろん公社としましても、外的要因で滅亡の可能性が発生しない限り干渉はしませんが」

「つまり、連邦の勢力圏内であるダーレッケ星系で、何かの生物を保護することになったということですか」

「いいえ?」


 しかしカイトの予想は外れる。

 当たり前だが、惑星の生物の栄枯盛衰は激しいのが普通だ。全ての滅びゆく種を保護することなどは不可能だし、公社にも保護するにあたっての基準はあるという。

 どちらにしても、今回は生物の保護に関わるような事態ではないらしい。

 ますますカイトは、自分に声がかかった理由が分からなくなってしまった。


「まあまあ、気にしなくてもいいじゃないですかキャプテン」

「エモーション?」

「元々が休暇なのです。公社の美食を堪能すると思えば良いではありませんか」

「あら、エモーション様は食事に興味がおありですか」

「はい。一般的な地球人の味覚で美味しいと感じる食事を求めています」

「なるほど。それではネザスリウェ支社長にはその旨を伝えておきましょう」

「感謝します、エージェント・デレニデネ」


 あっという間にエモーションが陥落した。このエージェント、出来る。

 ともあれ、地球人の味覚で美味いと感じる食事はカイトとしても歓迎だ。公社は地球人を保護しているだけあって、食事に関して不安はない。別の知性体の味覚基準で不味さの別次元を見る必要などもうないのだ。

 どうやら公社に保護された地球人の中には、公社の別の種族が常食している食材を地球の味付けで調理する者もいるらしい。エモーションは話を聞くだけで興味深々といった様子でいる。


「キャプテンの選択を、珍しく手放しで賞賛したいと思う私がいます」

「珍しくは余計だよエモーション」


 表情は乏しいが、目がどことなく爛々と光っているような気もする。

 カイトも気にならないわけではない。公社で新たに花開いた地球のグルメはどんな感じなのだろう。収監されていたころに読みふけった地球のグルメ系の書籍を思い返す。あの頃は泥の方がマシと言えるような栄養価だけを重視した食事を食べつつ、地球に戻ったら何を食べようと考えたりもしたものだ。何だかんだで最終的にはあの味にも慣れてしまったのだが。

 ここまで考えたところで、カイトは再び話が横に逸れてしまっていることを自覚した。ネザスリウェ支社長がカイトを誘った理由が分かっていないのだ。食事に興味を持つのもいいが、まずはそちらをはっきりとさせておかなくては。


「それで結局、僕は何のために呼ばれたのでしょう? 生物の保護ではないのですよね、希少生物保護公社の仕事であるのに」

「はい。ネザスリウェ支社長がキャプテン・カイトをお招きしたのは、ある天文現象を解決したいと思ってのことです」

「天文現象?」

「はい。連邦発生前からあらゆる宙域で観測記録のある、とある天文現象を解決するために、キャプテンのお力を借りたいとのことです」

「ふむ、天文現象……どんなのだろう」


 天文現象と言われて、古典SF脳のカイトの頭にぱっと浮かんだのは惑星直列だった。特に何の意味もないはずの現象だが、多分そういうのではないだろう。解決と言っていることだし。

 デレニデネもどことなく楽しそうな顔だ。横で聞いていたエモーションが無遠慮に楽しそうですね、エージェントなどと言い出したせいで、デレニデネの表情はさっと恥ずかしそうなものに変わった。


「実は私も見てみたいと思っていたのです。あの天文現象はそれなりに遭遇頻度は高いと聞くのですが、見たことがなくて」

「そうなのですか。僕も見てみたくなってきましたね」


 久々に、宇宙の不思議や美しさを堪能する機会かもしれない。最近はあちこちを転移して回っているから、そういう現象を心穏やかに見る機会が減っていたのだ。

 誘ってくれたネザスリウェへの感謝が心の中に湧き上がり――


「ええ。宇宙マグロ流星群と最近正式に名付けられたのですよ」

「まぐ……何ですって?」


 デレニデネの口から出た不穏な単語のせいで、一発でどこかへ飛び去って行った。

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