そのお誘いは突然に

 カイトが公社の支社長から連絡を受けたのは、ちょうど中央星団に戻ってきていたタイミングのことだった。

 地球人の連邦への移住問題に関しては、現時点ではカイトに緊急で出動を要請するような事態にはなっていない。連邦とそれぞれの組織との間で武力を交えない交渉がいくつか行われているというから、しばらくはその返事待ちだ。

 他にも数人単位で組織に引き取られた地球人もいるようだが、特に喫緊で生命に危険のありそうな環境にはないことも確認されている。挨拶に行った際に議員たちからたまには休暇でも取ったらどうかね、と言われてしまったカイトは、正直なところ手持ち無沙汰だった。

 たまには端末に保存していた地球のコンテンツでも見直そうか、と思っていたところへの連絡である。


「おや、ご無沙汰ですね支社長どの」

『ご無沙汰をしている。おっと、キャプテンは随分と寛いでいるようだ』

「ええ。珍しく休暇が取れましてね。久しぶりに中央星団にいるんです」

『それはそれは。お邪魔をしてしまったかな』


 モニターに映ったのは、公社の支社長であるネザスリウェ(以下略)氏だ。最初の邂逅では随分とそっけない対応だったが、それも代表であるパルネスブロージァへの義理立てだったというから中々可愛らしい性格の御仁だ。

 互いの問題がクリアされた今となっては、特に構えるようなこともない。気軽に通話をする程度には関係も改善されていた。


「お気になさらず。突然休みが来ると、何をしたら良いか迷ってしまって。何か御用ですか?」

『なるほど。私たちの中にもそういう性質の者は多いよ。うむ、キャプテン・カイトに仕事の依頼をしようと思っていたのだが……』


 休暇中に仕事を依頼するのも良くないな、と通信を切ろうとするネザスリウェ。カイトは待って欲しいと手でそれを遮ると、大事な点を確認する。


「……暇つぶしになりますかね?」

『ふむ? ……そうだね、忙しくなることは間違いないかな』

「ではぜひ」

『良いのか?』

「偶然の余暇、顔見知りに誘っていただいた。行ってみたら手伝うことがあった。何か問題が?」


 真剣な顔でそんなことを聞くカイトが面白かったのか、ネザスリウェは失礼と言いながら顔を横に向けた。ぶはっと息を吐き出す音がしたから、愉快の感情で吹き出すタイプらしい。

 ともあれ、手持ち無沙汰は解消できそうだ。カイトは努めて明るく言い切った。ネザスリウェも乗ってくれるようで、鷹揚に頷いてみせる。


『ふふ。確かにそうだな。では、せっかくだから参加してもらうとしよう。キャプテンに来てもらえれば、こちらも助かる』

「それでは、合流場所はどちらに」

『こちらから迎えを出そう。場所はキャプテンがこれまで来たことがない宙域のはずなのでね。変に途中で合流するよりもそちらの方が手間がない』

「分かりました。中央星団の近くにクインビーで待っていることにします」

『頼むよ』


 通信が途絶える。

 エモーションに声をかけようと振り向くと、何やら不機嫌そうなエモーションの顔がすぐ近くにあった。


「うわあ!?」

「これからすぐに出るのですか」

「そ、そのつもりだけど……? どうしたの、エモーション」

「折角の休暇ですので、久しぶりに連邦の味を楽しもうと思っていたのですが。お誘いしようと思ったところに、こんな約束を……きゅるきゅるきゅる」

「そ、それはごめんよ」


 あえて口に出してきゅるきゅるきゅると言うくらいなので、随分とお冠らしい。

 だが、いい加減カイトもこういう時のエモーションに対する対処法は身に着けている。


「ま、今回は公社からのお呼ばれだ。連邦の味は僕たちならいつでも楽しめるけど、公社の味は中々味わえないんじゃないかな」

「む」

「それに、あちらは希少種族のるつぼだ。僕や君の知らない種族の郷土料理なんかもたくさんあるんじゃない?」

「マズい食事は嫌なんですが」


 口では不満を言っているが、どうやら公社の食にも興味を持ったようだ。既に食べることを前提にした発言。

 いける。カイトはその確信と共にエモーションにトドメの一撃を放つ。


「あっちにも地球人はたくさん居るわけだし。君の味覚が地球人ナイズされているなら、向こうの地球人が好む料理から選べばいいと思うけど」


 しばらくの静止。エモーションの内部からギュインと音が聞こえてくるほどの静寂ののち。


「まったく。キャプテンは美食を盾にすれば私がいくらでも言う事を聞くと思っていませんか?」

「そんなことはないよ。それなら今からでも断ろうか? 連邦の美食巡りも暇つぶしには悪くない」

「そんな必要はありません。すでにキャプテンは誘いに応じてしまったのですから、行くという責任を果たす必要があります。仕方ありませんから私も予定を返上してキャプテンの暇つぶしにお付き合いするとしましょう。仕方ありませんから!」


 何とも分かりやすい反応に、カイトは苦笑しながら頷いた。


「ああ、ありがとうエモーション。それじゃあ行こうか」

「仕方ありませんね。本当にキャプテンは仕方ないんですから」


***


 二人が部屋を出てから数分後。


「カイト! 休暇が取れたんだって? 折角だからデートしましょデー……と」


 飛び込んできたレベッカが、もぬけの殻となった部屋を見て停止する。

 カイトが休暇を取ったという情報を得てすぐ、全ての仕事に段取りをつけてここに駆けつけてきたと言うのに。


「あれ? カイト、休暇よね……?」


 カイトだけでなく、エモーションの姿もない。港湾部のデータを慌てて引っ張り出すと、ちょうどクインビーが中央星団から飛び立とうとしているところだった。


「え、ちょっと。どこ行くのカイト!?」


 カイトは三位市民エネク・ラギフなので、中央星団の出入りは自由だ。休暇だからといって中央星団に居なければならないわけではない。

 だが、レベッカはカイトならば暇を持て余しているに違いないと踏んでいたのだ。かつて一緒の組織に引き取られていた頃、カイトは急な予定の変更にだけは露骨に不満そうな様子を見せていたのだから。

 間に合わなかった。となると、自分より先にカイトを誘った者がいる。


「あの機械女ぁぁぁッ!」


 出かける内容についてはまったくの濡れ衣ではあるが、エモーション自身もカイトを誘おうとしていたので、あながち全くの的外れというわけでもないのだった。


***


 クインビーは見た目からしても、それなりに目立つ。

 カイトの活躍によって似ている外観の船は増えてきているが、戦闘艇が単独で動いていること自体が稀だ。内部に生活のためのスペースを備えているとはいえ、クインビーは大別すると小型船の枠組みを出ない。

 ともあれ、公社の迎えもクインビーを発見するのは苦にならないようだった。

 しばらく待っていると、一隻の大型船がするすると近づいてくる。ネザスリウェのエアニポルとは比べ物にならないが、クインビーの一隻くらいなら余裕で収容できる大きさ。船に刻印された公社のマーク(あるいは文字)が、中央星団では異質に映った。


『キャプテン・カイトですね』

「ええ。お迎えの方ですか」

『はい。このたび、キャプテン・カイトの送迎を仰せつかりました。公社第四十五事業部のデレニデネ・エッケウーと申します』

「カイトです。よろしく」


 通信に出てきたのは、実に地球人的な顔だちの人物だった。髪の部分が液状でさえなければ、カイトはもしかして地球人ですか? と聞いていただろう。

 デレニデネはカイトの挨拶に微笑んでみせると、それではこちらにと続けた。同時に船のハッチが開いていくので、クインビーをそちらに向かわせる。


『収容を確認しました。それではこれより本船はエケレケメネゥ・アスバルカクト・ニジャイアーサ・ポルケトランタルへの移動を行います』


 何だっけそれ。随分と長いその単語に、どことなく聞き覚えがあるような。

 反応しないカイトの横で、クインビーが収容されたから人型に戻ったエモーションが教えてくれる。


「ネザスリウェ氏の旗艦、エアニポルの正式名称です」

「ああ!」


 そういえばそんな名前だったっけ。覚える気がないので忘れていた。たぶんこの後も覚えることはないだろう。

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