宇宙マグロ流星群を止めろ

このネーミングセンスは僕のせいじゃない(という主張)

出来ればこのまま見送らせてくれ

 連邦の地球びいきは目に余る、などという紙面が時々見受けられる。連邦以外の組織で発行している情報紙もだが、当の連邦内部でも時折そんな文言が踊る。

 実態は少し違う。キャプテン・カイト個人への興味を軸として、連邦で奇妙な地球ブームが起きているというのが正しい。そして当の本人は、そういったブームについて早急に終わって欲しいと心から願っていた。


「……で、あれがその?」

「はい。宇宙マグロと正式に命名されました」

「……そうですか」


 頭を抱えながら、モニターの前を通り過ぎようとしている物体群を見やる。

 希少生物保護公社からの協力依頼を受けて、特に含むところのなかったカイトはその依頼に応じた。応じざるを得なかったともいう。

 宇宙マグロ。その前の正式名称は、統率型高速移動群体(以下略)とかなんとか。そっちのネーミングの方が僕は好きだな、と無駄な抵抗をしてみたが、ちゃんと一回で覚えられなかったので本当に無駄な抵抗に終わっている。


「もう少し他の名前はなかったんですかねえ……」

「宇宙カツオ、宇宙トビウオ、宇宙イワシなども候補に出たとは聞いていますよ」

「……宇宙面白海産物を増やしてくれって話じゃないんですけどね」


 本当に、どうしてこうなった。

 原因はおそらくカイトが宇宙ウナギことトゥーナをうっかり宇宙ウナギと呼んでしまったことだろう。悪ノリしたテラポラパネシオが自分たちを宇宙クラゲと呼び始めたことが地球語ブームに火をつけたようだ。

 希少生物保護公社の社長であるパルネスブロージァが宇宙クラゲと仲が良いこともあって、地球にいる(あるいはいた)似たような生態の生物名をつけるという奇妙な文化が発生してしまったわけだ。


「あれを保護しようって話じゃないんですよね?」

「ええ。トゥーナ三位市民エネク・ラギフの時と違って、数は多いんですよ」

「そうなんですか」

「ええ。億単位で宇宙のあちこちを飛んでます」

「そりゃすごい」


 説明を聞きつつ、まじまじと宇宙マグロを観察する。

 見た目はマグロというより、流線型の宇宙船だ。それぞれがクインビーよりも小型であることを除けば、超高速で移動する同型宇宙船の群れと言った方が良い。

 群れの最後尾には、形は同じだが大きさの違う宇宙マグロが一尾(あるいは一隻というべきか)。どうやらあれが群れを統率しているようだが。


「あれの進路を変えるのが、今回の依頼です」

「進路を変える、ですか」

「はい。あの群れは現在、この恒星系のある惑星を目指して飛行しています」

「それを阻止したい?」

「ええ」


 惑星の方に保護している希少生物でもいるのかと聞くが、それも違うという。カイトは公社がこの一件に関わっている理由が読めず、首を傾げるばかりだ。

 と、説明を行っていた担当者はこちらの態度に疑問の内容を察したらしい。


「いや、違和感があるのは分かります。公社はこれまで希少生物の保護こそしても、それ以外には興味を示しませんでしたから」


 否定も肯定もしづらい話に、どう返したものか悩む。担当者も同じだったのか、詳しく説明をしてくれる。


「ええとその。社長が今、トゥーナ三位市民と惑星を回っていますでしょう?」

「はい。時々画像が届きます」

「その関係で、豊かな生態系を持つ星々も保全の対象として大切にすべき、と方針が変わりまして」

「なるほど」


 つまり、宇宙マグロが目指している惑星は、トゥーナに案内をしようと思っているほどには豊かな自然に満ちた星だということだ。


「宇宙マグロは何故その星を目指したのか、お分かりなんですか?」

「分かりません。テラポラパネシオの皆様も、宇宙マグロについてはこれまで特に関係を持ったことがないようで」

「だから僕、というわけですか」


 トゥーナとの対話を成功させたという経歴から、宇宙マグロとの対話も可能ではないかと白羽の矢が立てられた、と。自業自得という言葉が脳裏を駆け巡る。

 そもそもあれは宇宙ウナギのような生物なのだろうか。珪素生命体というにはあまりに船のような形をしている。とはいえ、個人用の船として見るとあまりに小さすぎる。余程小型精密な内部構造でもない限り、生命維持と推進の機能以外は存在しないとしても過言ではないサイズだ。


「最後に。阻止しないとどうなる見込みなんです?」

「ええと、そうですね。地球の言葉に直すと宇宙マグロが流星群となって星に降り注ぎます。大量の宇宙線とともに」

「宇宙マグロ流星群……。大半は摩擦で燃え尽きませんか」

「それが、意外と丈夫なので地表まで到達しちゃうんですよ。アレ」


 よく地球に降り注がなかったなと安堵する。あんな群れが地上に次々と着弾しようものなら、地表であれ海中であれ、環境に激的な変化が訪れてもおかしくない。

 あるいは地球を観察していたゾドギアが、宇宙マグロの接近を阻止してくれていたのかもしれない。

 そこまで確認して、公社が宇宙マグロの進路を変えたいと考えた経緯がはっきりと理解出来た。

 星の環境を守るために、宇宙マグロの着弾を阻止する。


「了解しました。意思の疎通や進路変更に失敗した場合にはどうしますか」

「最終的には撃滅もやむなしと。保護公社を名乗っている以上、そういう結果にはしたくありませんが」

「でしょうね。僕も微力を尽くします」


 宇宙マグロも、星の環境も、どちらも守りたいのが本心だろう。だが、それが叶わないのであれば、どちらかに優先順位をつけなくてはならない。

 公社は優先順位を定めている。明確な方針が示されているのであれば、カイトに文句はなかった。


「行こうか、エモーション。お仕事の時間だ」

「はい、キャプテン」


 ここまで送ってくれた公社の船から、クインビーを外へと発進させる。

 遠ざかって行った宇宙マグロの群れの最後尾が見える。星までの距離と時間を考えると、このミッション自体はそこまで急がなくても良さそうだが。


「クラゲ、ウナギ、マグロ……。次は宇宙巻貝とか出てこないだろうな、まったく」

『キャプテンの引きの強さを考えると、ありえそうですね』


 身も蓋もないエモーションの言葉に、カイトは深い溜息をついた。

 否定できない。

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