その男の名は

それは紛れもなく遠い未来の話

 地球が連邦の管轄に入って、随分と時が過ぎ。

 アースリングは連邦の中央星団だけではなく、それ以外の人工天体にその姿を見せるようになっていた。

 これは、そんな未来の一幕。


***


 連邦には、凄腕のアースリングが二人いる。

 一人は言わずとしれた、キャプテン・カイトだ。ディーヴィンによって不当に銀河に散らばった地球人の多くを連邦に移住させ、今は銀河のあちらこちらを旅しながら、立ち寄る先々で色々と事件や事績を残している。

 そして、もう一人。企業や研究者の星間移動の護衛を行うフリーのエージェントとして、世に名が知られている男がいた。

 仕事のない時には、連邦への参入を果たすことなく文明の死を迎えた星を訪れ、かつての文明の残滓を探すトレジャーハンターとしても活躍している。

 今日もそんな惑星で見つかった、希少生物を乗せた船の護衛の役で星の海を泳いでいた。


『そこで止まれ』


 トータス號と呼ばれた護衛船が、襲撃をかけてきた船団を追って離れたわずかな隙に。近くの小惑星帯に隠れていた船団が姿を現した。ふたつの船団を使っての陽動作戦に、トータス號は引っかかってしまった形だ。

 無論、護衛船は他にもある。しかし、企業船団を包囲する敵性船の数はその数を遥かに上回っていた。


『その船に積まれている、希少生物たちに用がある。少しでいいので、譲ってもらいたいのだがね』

「こ、断る! リドミアネス12に残っていた生物たちは本当に希少なんだ、どんな理由があっても我々は彼らを公社に連れていく!」


 リドミアネス12は、かつて知性体の文明があった惑星だ。文明の崩壊とともに知性体のほとんどが滅び、新たな生態系を創り上げていた。

 今回、公社がリドミアネス12の生物を保護すると決めたのは、近々リドミアネス12が崩壊する予兆を掴んだためだ。崩壊を止めるか、生存している生物を保護するか、連邦と公社が議論を重ねた結果、公社が出来るだけ多くの生物を保護することで決定したのだ。

 その中には、文明の崩壊のあと、自らの知性を放棄して新たな生態系に順応した、かつての知性体の姿もある。

 リドミアネス12にいた生物たちの運搬依頼を受けたトアムル運送は、公社が雇った数多くの企業のうちのひとつだ。

 公社の船団は現在、リドミアネス12をこういった海賊たちから防衛するために星の周囲に陣取っている。そのため、海賊たちはリドミアネス12と公社の本拠との航路の近くに隠れて襲撃を策しているのだ。


『全部寄越せって言うんじゃない。ちょっとだけ分けてくれれば、無事にここを通してやるって言っているんだがな』

「おたくらの『ちょっと』は少しばかり強欲だからな、こちらもその商談には乗れないんだ。悪いが諦めてくれ」

『……ち、てめえ何でこっちに』


 通信に現れた人物を睨み、海賊の頭目は舌打ちに似た音を立てた。

 男もまた、見覚えのある顔に眉を上げて、問いかけに答える。


「そりゃ、こっちのセリフだ。タールマケの悪癖はまだ治ってないのか、セガリ・ググ?」

『抜かせ。てめえ、俺たちが張っているのが分かってやがったな?』

「まあね。ガールと一緒にトータス號にいるのは、俺のふりをした機械知性のアドモンさんだ。彼の光学兵装もなかなかの威力だぞ」


 セガリ・ググはじっと男を見つめる。最初の頃はキャプテン・カイトのオマケ扱いだったこのアースリングは、いつの間にかタールマケの宿敵とも呼べる存在になっていた。

 タールマケの船団が、内蔵された武器を起動したようだ。ロックオンアラートがトアムル運送の船で一斉に鳴り始めた。


『腐れ縁もここまでだ。てめえがそこにいるなら仕方ねえ、船の積み荷は惜しいが一緒にスクラップになってもらうぜ』

「ったく、俺相手には威勢がいいなセガリ・ググ。キャプテンとクインビーが近くにいたら一目散のくせしてよ」

『あんな化け物は銀河に一人いりゃ十分だ。てめえさえいなくなりゃ、他の船団を襲うのは難しくねえしよ』

「テラポラパネシオのお歴々が護衛している船団に出くわさなきゃいいがな?」

『うるせえ!』


 通信が途絶える。

 トアムル運送の船団長が、悲鳴を上げる。護衛として雇った相手が、逆に船団を危機に陥らせるなんて。


「だ、大丈夫なんですか!?」

「いやあ、まさかタールマケの連中と出くわすとはね。銀河ってのも案外狭いらしいや」

「そんなことを言っている場合じゃないでしょう!?」

「それはそうだな。じゃ、ちょっと出てくるよ」


 再改造によって見違えるほど軽くなった動きで、船の外へ。最初の取り決め通りの段取りなので、比較的スムーズに出ることが出来た。

 カルロス謹製のスーツは、五分程度の宇宙空間での活動を可能にしてくれる。カイトのような無茶苦茶は出来ないが、今の自分なら五分もあれば出来ることは多い。

 トータス號の改造にも率先して手を貸してくれるカルロスは、連邦でも一端の造船技師になっていた。元は地球出身の小悪党、なんて卑下をすることもあるが、今では立派な連邦市民だ。

 左手首のスイッチを押すと、顔の周囲に膜が出来る。船の甲板に歩を進め、自分たちを包囲するタールマケの船団をぐるりと睨む。


『この数の攻撃だと、防げるのはきっと一回が限界ですよォ!?』

「大丈夫だ、船団長。その一回でお釣りがくるさ」


 右手をかざし、意識を集中。右腕に擬態した愛銃が、その姿を見せた。

 サイオニックランチャー。思念兵装と呼ばれる、特殊な武装だ。かつては骨董品扱いされていたこの武器、キャプテン・カイトが愛用しているせいか、宇宙クラゲの船には例外なく積み込まれているとか。いつまで経っても宇宙クラゲはキャプテン・カイトへのアイドル扱いが過ぎる。何一つ羨ましくはないけれど。


『砲撃、来ます!』


 周囲が色とりどりの光に染まる。

 男はまったく動じなかった。トアムル運送の船に増設されている障壁装置はカルロスが造って、男の愛するパートナーが仕掛けた一級品だ。キャプテン・カイトの攻撃にも一度は耐えると豪語している、この障壁を抜いて来られる筈がない。

 右腕の銃を構える。障壁が攻撃を防ぎ、次の砲撃が始まるまでの一瞬を狙うのだ。


「見えた!」


 障壁が最初に消えた隙間へ、サイオニックランチャーを発射。槍のように伸びた純白の光が、敵船のひとつを軽々と貫く。

 タールマケの船団、特にセガリ・ググにはトラウマだろう。光を途切れさせることなく、甲板の上を歩きながら腕を動かす。純白の光がタールマケの船団を一隻ずつ捉え、破壊していく。

 当たり前だが、宇宙空間での包囲は平面ではない。包囲の一角を崩すと、トアムル運送の船団が段取り通りそこを目掛けて加速する。


「悪いな、セガリ・ググ!」


 振り返り、甲板の一番後ろへと走り抜けて。タールマケの船団が振り返ろうとするところにもう一撃。

 船団を壊滅させられるほどの痛打は与えられていない。だが、こちらを追うことはもう出来ないだろう。

 満足して船内へ戻ると、ちょうど聞きたかった声が届けられた。


『旦那、上手く行ったっスね』

「ああ、よくやってくれたガール。合流できそうか?」

『勿論っス。クライアントも大満足みたいっスよ』

「そりゃ何よりだ」


 一定以上の密度の空気に触れて、顔を覆っていた膜が弾ける。サイオニックランチャーは右腕にかぶさるように変形し、腕そのもののように擬態した。

 ブリッジに戻ると、船団長が感動した様子で近づいてくる。


「よ、よくやってくれました! あの状態から被害ゼロで切り抜けられるなんて!」

「礼はまだだ、公社の勢力圏に入って、お仕事が無事に終わってから頼むよ」

「その通りですね。それでも言わせてほしい。さすがです、あなた方に依頼して良かった」

「どうも」


 苦笑をひとつ。まだ仕事は終わっていないのだが、気の早いことだ。

 男は用意された席に座ると、次の出番がないことを祈りながら目を閉じる。

 彼の今の名はバイパー。ギャラクシィをつけて名乗ることはない、ただのバイパーだ。

 だが、周囲はいつからか。彼の名前に二つ名をつけて呼ぶようになった。


「さすがは連邦に名高いコズミック・バイパー。キャプテン・カイトと並び立つ日も近いのではないですかな」

「よしてくれ。あの人は俺たちにとっても特別だ。一緒にされちゃ困る」


 キャプテン・カイトの名が広がるにつれて、連邦内部で学ばれることが増えた地球の言葉。キャプテンと呼ばれないだけ有難いけど、随分と二つ名の圧が強い。

 バイパーは照れ隠しに、愛用のパイプを口に咥えて目を閉じるのだった。

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