偽物から本物へ
中央星団にたどり着いたカイト一行は、いつも通りジョージたちの市民登録の手続きをしに役所へと向かう。
この手続きもだいぶ慣れたもので、カイトが見知らぬ地球人を連れてきたとなると役所の面々も市民登録の準備に入るようになっている。
「お帰りなさい、カイト
「ただいま、ラウペリア
「もう映像、出回ってますよ?」
「……そうかい。今日の登録はこの三人だ、お願いするよ」
知りたくなかった……と言うより、向き合いたくなかった情報に顔をしかめつつジョージたちに窓口を譲る。
押し出された形のジョージとリズ、カルロスが目の前の機械知性に目を白黒させつつ差し出された端末に向き合う。
「改造の種類? わ、わかんないぞこんなの」
「再改造の希望……え、再改造が無料って本当なんスか?」
「希望市民権は……
わいわいと騒ぎながら端末を操作する三人に、ラウペリアは丁寧に返答していく。
「はい、改造の種類については記載なしで大丈夫です。再改造の際にこちらでスキャンします。はい、カイト三位市民との合意事項として、連邦への移住を希望された方への再改造は無償で行っております。ただし、以降の再改造は有償となりますので、お気をつけください。はい、希望市民権につきましては、こちらもカイト三位市民との合意事項として、アースリングの皆様は十位市民からの開始となります。悪しからずご了承ください」
「十位市民って、実際にはどれくらいの市民権なんだ?」
「はい。連邦議会への選挙権は付与されます。被選挙権は
「きょ、共有財産?」
「はい。カイト三位市民との合意事項として、エモーション六位市民が所有していた地球の文化を連邦に売却し、その利益をアースリングの皆様の共有財産として管理することになっております」
毎度、この辺りの説明になると地球人たちの視線がこちらに向く。尊敬のような戸惑いのようなこの種の視線には、いつになっても慣れない。
エモーションが、ラウペリアの説明に補足を入れる。
「皆様の再改造の財源は、こちらの共有財産を元にしています。これは連邦に移住した全てのアースリングが享受する権利ですので、気にせず改造を受けてください。他の組織から移住した場合、元の組織への借金などがあったとしても、その返済に共有財産は利用できません」
「借金? ……ええと、ガール?」
「あ。アタシ、もとの組織に借金があるッス」
「俺も……」
ジョージがリズと顔を見合わせる。カルロスもおずおずと手を挙げるが、カイトは違和感に首を傾げた。
「三人は元の場所からタールマケに売り飛ばされたんだよね? それなら大丈夫なんじゃないの」
「いえ、旦那は売られたんスけど、アタシは飛び出してきたんで……。カルロスさんと旦那はタールマケが買ったから借金はないことになるんスかね」
「ふむ。二人が元々いた組織は何ていうんだい」
「なんだったスかね……えらく長ったらしい名前だったのは覚えているんスけど」
ジョージも覚えていないらしく、眉間に指を当てて唸っている。
「ま、連邦に請求が来たら考えればいいんじゃないかな。どういう事情があるにせよタールマケに売り飛ばすくらいだ、真っ当な
「そっスね」
「まあ、請求が来るまでに俺とガールで稼ぐさ。な?」
「旦那……」
「説明を続けてもよろしいでしょうか?」
二人の世界に入りそうになったジョージとリズに、ラウペリアの無情な一言。
顔を赤らめて頷く二人に構わず、ラウペリアは説明を再開する。
「さて。アースリングの皆様が必ず気にされる点ですが、十位市民には天然惑星への居住権がありません。七位市民以上の市民権となって初めて、天然惑星への居住権が付与されます」
「え、それって」
「はい。アースリングの皆様は現状、カイト三位市民とエモーション六位市民を除いて地球への帰還と居住は認められません。ですのでアースリングの皆様は現在、ほとんどの方が共同で市民権の昇格を目指しておられますね」
現時点では、地球人の代表であるレベッカだけが
カイトにしてみれば、地球への帰還も居住も興味の範囲外だ。せっかく宇宙に出てきたのに、わざわざ戻ろうとは思えない。地球人は、宇宙クラゲに地球環境の再生を頼んでいる形だが、カイトの中では地球は既に地球人の住むべき場所ではなくなっている。
もしも天然惑星に住みたいという願いを果たすのであれば、改めて別の惑星を購入してテラフォーミングでもすれば良い。共有財産という形で地球人に資産を譲ったのは、そういう時に使えば良いと思ってのことだ。
「基本的な説明は以上となります。後は再改造の後、アースリングの皆様の居住区にてお聞きになるのが良いかと存じます」
「わ、分かったよ」
「はい。それでは確認しますね。カルロス・ベリアッチ様。リズ・タルミラ様。ジョージ・ギリアム様」
「おっと、ラウペリア六位市民。最後の一人は名前が違うよ」
「え?」
ラウペリアだけでなく、当のジョージまでが驚いた顔をする。カイトはにやりと笑って訂正した。
「それは偽名ってやつだ。な、バイパー」
「ちょ……キャプテン?」
「失礼しました。それではバイパー十位市民として登録しても?」
「あ、ああ」
「再改造の準備が整うまで、少しお待ちください。準備が出来たら声をおかけします」
ラウペリアがカウンターの向こうへと引っ込む。再改造の段取りなどを行うためだろう。リズとカルロスが興味深そうに周囲を見回す横で、ジョージがカイトにつかつかと近づいて来た。
怒り顔のジョージを連れて、リズとカルロスから距離を取る。ジョージにとっても都合が良かったようで、ジョージは声を抑えめにしてカイトを詰ってきた。
「キャプテン。何であんなことを言ったんだ? いくらなんでも趣味が悪いぞ」
「コミックヒーローのギャラクシィ・バイパーの物語は地球と一緒に終わった。今この世界に残っているのは、エモーションの中に保存された一部のデータだけ。別に君がバイパーを名乗っても差し支えはないさ」
「俺は偽物なんだよ。本物みたいなことがやりたかっただけの」
どこか、最初に出会った時の自信が消え失せている。トラルタンからの体験で何か思う所でもあったのだろうか。
ジョージの独白に、カイトは首を横に振った。
「君がギャラクシィ・バイパーをやるのであれば、連邦で語られる君の活躍は新しいバイパーの物語になるんじゃないかな」
「!」
このままジョージがバイパーの物語を記憶の底に沈めてしまえば、地球の古いコミックであるギャラクシィ・バイパーは、たった数人の地球人がおぼろげに覚えているだけの情報でしかなくなる。
これまでに数多の文化が地球の歴史に埋もれ忘れ去られたように。地球の社会が崩壊したことで更に多くのものが永遠に取り戻せなくなったように。
「始まりは偽物かもしれないけどね。これからは本物をやりなよ、ジョージ」
「本物……やれるのかな、俺」
「さあ? それを決めるのは僕じゃない。君自身なんじゃないか」
ジョージが言葉なく俯く。
今後とも彼がバイパーを名乗るのか、それとも地球人ジョージ・ギリアムとして生きていくのか。どちらでも構わないが、後悔の少ない選択をして欲しいものだ。
「準備出来ましたよ、ミスター・バイパー?」
ラウペリアの声に、ジョージが顔を上げた。気のせいか、その表情は幾分晴れやかに見えた。
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