トラルタンとタールマケ

銀河悪食(≠美食)事情

 人工天体トラルタンに滞在していたカイトに、議員のテラポラパネシオから通信が来たのは、トータス號の取り敢えずの修理が終わった頃のことだった。


「先日はありがとうございました。お陰で超能力の制御も少し分かってきた気がしますよ」

『それは何よりだ、カイト三位市民エネク・ラギフ。君の生活が少しでも良いものになれば我々も嬉しい』

「ご厚意にはいつも感謝しています。それで、今回はどのようなご用件で?」

『犯罪商社タールマケによる、トラルタン4への攻撃行動についてだ。連邦はこのほど、タールマケ本社への査察を強行することにした』

「ほう」

『カイト三位市民も直接攻撃を受けたと聞いている。もしも希望するのであれば、タールマケへの査察に同行しないかと思ってね』


 宇宙クラゲの言葉に、少しだけ考える。だが、結論はすぐに出た。いや、考えるまでもなかったかもしれない。

 口許に少しだけ笑みを浮かべて、カイトは首を横に振った。


「いえ、遠慮しておきます。僕の落とし前はあの場所でつけました。これ以上、彼らと関わるつもりは僕にはありません」

『そうか。タールマケは自分の美食の対象にアースリングを購入していると聞き及んでいるが、そちらはどうする?』

「連邦への移住を希望する地球人が居れば、いつものようにしていただきたく。蘇生装置については、接収であれ登録データの消去であれお任せします」

『了解した。結果についてはいつものように、エモーション六位市民アブ・ラグに送ることにするよ』


 カイトの意志が変わることがないと見たのか、議員のテラポラパネシオは事務的な内容を伝えて通信を切る。

 暗くなったモニタを少しだけ見つめた後、カイトは席を立った。

 この部屋とももうすぐお別れだ。特に名残は感じないが、なんとなく部屋を見回してみる。


「よろしかったのですか」

「何がだい?」

「ダミアン・シグムントの件です。彼は連邦への移住を拒否しましたよね。伝えなくても良かったのでしょうか」

「構わないさ。間違いなく連邦への移住を希望するだろうからね」


 カイトへの攻撃に加担したダミアンへの、エモーションの評価は低い。

 だが、カイト自身は特にダミアンへの怒りはない。彼は自己保身の選択を誤っただけだ。そもそも、地球人というものにそれほど期待をしていない。

 何より。


「タールマケは希少生物を蘇生させながら捕食するのが趣味っていう奴だそうだよ。連邦の手が入る時までダミアン氏が正気を保っているといいけど」

「なるほど……?」


 エモーションには難しかったようだ。

 この辺りは機械知性と生身の感性の違いかもしれない。カイトは胸が悪くなるのでそれ以上の説明はせず、話題を変えることにした。


「トータス號の様子は?」

「クインビーとの接続作業はもうすぐ終わる予定です。十二時間後に出発予定ですので、クルー三名は補給と休息を始めています」

「了解。僕たちも食事にしようか」

「そうですね。そういえばここでは、トラルタン4の生物を捕獲して養殖したものが食事として提供されているそうですよ」

「へえ。そういえば、あそこの獣は中々美味しかったっけ」


 降下中に食べた足長アルマジロの味を思い出して、何の気なしに呟く。

 と、エモーションの声のトーンがわずかに変わった。


「おや、キャプテンはトラルタン4の生物を食べたことが?」

「うん。ジョージが腹を減らせていたようなのでね、ちょっと狩猟を……あ」


 無表情は変わらないのに、じっとりとした視線。

 カイトは視線の圧が変わったことに気付き、自分の失言に気付いた。


「そうですか。キャプテンは私がトータス號の修理をしている間にそういう抜け駆けをなさったのですね」

「抜け駆けとはひどいな。ジョージが腹を鳴らさなければそのつもりはなかったんだけど?」

「それなら少しぐらい私にお土産を用意してくれていても良かったではないですか。何を食べたのですか」


 圧が強い。心なしか早口にもなっているような。

 仕方なく、記憶にある形を空中に投影してみせる。この程度のことは出来るようになってきたのだ。


「こんな感じの、足の長いアルマジロみたいなやつだね。体液の色が緑だったけど、焼いたらなかなか美味かったよ」

「……ほう」

「エモーション?」

「ここで養殖されている生物ではありませんね。なんということですか!」


 気性も荒いし大型だった。確かに、養殖するには向かないだろう。

 より強くなったエモーションの圧に辟易しつつ、カイトは食堂への足を速めるのだった。美味しいものを食べれば、少しは落ち着くはずだ。


***


 犯罪商社タールマケは、惑星ではなく船団を本拠地とした商社である。地球的な表現をするならば、商売の形態は行商に近いだろうか。代表であるタールマケの手腕によって、極めて強大な勢力を持つに至った。

 そんなタールマケにとって、今回のトラルタンでの敗北は極めて重大だったと言える。どうにか逃げ戻ってきた船団のクルーたちを迎えて、しかしタールマケは彼らを責める言葉は一言も口にしなかった。


「苦労をかけたな。後のことは任せて、今は体を休めるといい」


 タールマケの言葉に、クルーたちは深く感謝するのだった。

 彼らは誰もが自分たちの所属している社会に馴染めず、この場所に流れ着いてきた不適合者だ。そういった連中の拠り所して商社としてのタールマケはあったし、彼らは自分たちを親のように(あるいは実の親よりも)庇護してくれるタールマケに心服している。

 実際、タールマケに動揺はない。これくらいの問題は今までにも切り抜けてきたという自負がある。クルーたちをねぎらった後、タールマケは自室へ戻る道をゆっくりと進む。

 蘇生装置が、トラルタンで命を散らした幹部たちを蘇らせている。その中で最も信頼しているセガリ・ググが蘇生装置から出てくるのが、そろそろだ。


「やあ、おかえりセガリ」

「旦那様! このたびはまことに申し訳なく」

「構わないさ。それにしても、キャプテン・カイト……聞きしに勝る腕のようだな」

「他の者から報告を?」

「うん。いつも通り、お前が最後だよ」


 セガリ・ググは常日頃から、蘇生は自分を最後にして欲しいとタールマケに願っている。連邦の勢力圏外では、手に入る蘇生装置も旧式だ。蘇生を遅らせるとリスクもあるのだが、セガリ・ググの仲間への愛着と自己犠牲の心は強い。

 その想いは、タールマケにも心地良いものである。信頼が深いのもそのためだ。

 タールマケは部屋の中央に置かれている食卓に這いずると、皿に乗せられている料理をおもむろに口にした。部屋の隅に立っているシェフに美味いよと伝える。


「……その悪癖はお止めくださいと申し上げたはずですが」

「これが最後の機会だろう。今は楽しませてくれよ」


 タールマケはそんなことを言いながら料理を次々に平らげていく。セガリ・ググもそれ以上は苦言を吐かず、静かに首を振った。


「連邦は来ますか」

「そりゃ、そうだろう。お前たちが全滅したのに無事に戻ってきたということは、後を追われたということだ。ま、今回は査察を受け入れるしかないだろうな。連中は他と比べればお行儀が良い。アースリングを差し出して賠償金を積めば、そう問題は大きくならんよ」

「申し訳ありません。俺が」

「いや、俺のせいさ。分かっちゃいるんだがな、どうしてもこう……我慢が利かんのだ」


 食卓の上にある料理も、残り少ない。

 蛇のような下半身を名残惜しげにくゆらせる。タールマケはじゅるりと長い舌で行儀悪く皿を舐めてから、セガリ・ググににたりと笑いかけた。


「キャプテン・カイトは来ると思うか?」

「どうでしょうね……。俺との決着はつきましたから、俺は来ないと思いますが」

「そうか。なら来ないな」


 タールマケはセガリ・ググの人物評に全幅の信頼を置いている。

 その彼が来ないと言うなら、きっと来ない。もし来たとしても、それでセガリ・ググを恨むようなことはない。


「生き延びる確率が上がったな。お前のお陰だ、ありがとうよ」


 最後に残った赤黒い塊を、丸呑みにする。

 秩序をもって行動する連邦の方が、周囲のライバル会社や海賊よりもはるかに与しやすい。食事を終えたタールマケは、あくまで不敵に笑うのだった。

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