ジョージたちのこれから

 カイトが人工天体トラルタンに戻ると、港湾部でトータス號がメンテナンスを受けていた。降りてトータス號に近づく。

 技術スタッフと話をしていたリズがこちらに気付き、手を振ってくる。


「あ、キャプテン!」

「やあ、ミズ・タルミラ。トータス號の修理かい」

「はい。それもありますけど、空間転移技術の導入について相談を」

「ふむ?」


 連邦の転移技術は、公社などと比べて遅れている。自前で転移が可能な宇宙クラゲがいたからだ。トゥーナ騒動によって公社から技術提供を受けた連邦では、転移技術を伴った船の開発が始まっているという。

 残念ながら、トラルタンでは転移機能の付与は難しいらしい。今更になって思い出したことだが、そういえばこの辺りの宙域は連邦の勢力圏ではない。あくまでトラルタン星系だけが連邦の管轄下にあるだけなのだ。


「連邦での仕事をどうするか、決めたのかい?」

「はい。旦那とも話したんですけど、やっぱりトータス號を使って何かしたいなって。市民登録で連邦に行きますし、まずは船に転移機能をつけることを目標にしようと思っています」

「そっか。頑張って」

「ありがとうございます!」


 修理プランの相談はまだ終わっていないようだから、あまり邪魔をするのも良くない。カイトは、少し離れた場所で手持無沙汰を擬人化したような状態になっているジョージの下へ歩を進めた。


「体はもういいのかい?」

「ああ。心配かけた」

「それはミズ・タルミラに言いたまえよ。僕は君を酷使した側だぜ」

「それはもう言ったよ。ガールには世話になりっぱなしだ」

「そうか」


 カイトは視線をジョージの右手に向けた。腕に繋がれたままのサイオニックランチャー。右拳を毎回焼失させながら非効率な射撃を繰り返していたというのだから、そのこだわりの強さにはカイトも脱帽せざるを得ない。

 外してやることも考えたが、どちらにしろ使うとなれば出力の調整が必要だろう。それらも含めて連邦に着いてからの方が便利だ。おそらく、二人も同じことを考えている。だからジョージも大人しくしているのだ。


「連邦に着いたら」

「おう」

「身体改造を受け直した方がいい。今後もサイオニックランチャーを使っていくつもりなら、絶対に」

「そうなのか? 元の場所で改造を受けた時には、奇跡的なバランスで成功したと聞いたんだが」

「エモーション?」

「はい。ミスター・ジョージが受けた改造のログを確認しました。五種混合と呼ばれる身体改造です。成功率は肉体の適性も含めると二厘を切りますので、確かに奇跡的なバランスで成功したと言えるでしょう」


 エモーションに振ると、無感動に説明してくれる。どうやらジョージはエモーションが苦手らしく、説明が始まると苦々しい表情を浮かべた。


「連邦の基準で言いますと、十六世代ほど前の改造技術となります」

「……は?」


 その表情が一変する。唖然とするジョージに、エモーションは表情を動かすことなく続ける。


「なお、この十六世代は連邦市民の寿命から換算した十六世代です。地球の年数で換算しますと、およそ八万五千年ほど前の技術水準となりますね」

「ちょっ……待ってまってまって。待ってくれ」

「何でしょう?」

「十六世代……八万五千年!?」

「はい」


 エモーションの返答は簡潔だ。ジョージは頬を引きつらせるが、エモーションは意に介さない。カイトに対する時と比べると、随分とそっけない対応に見える。

 ジョージにしてみると、この問題は自分だけの問題ではないようだ。ちらりとリズの方に目を向けると、眉根を寄せて聞いてくる。


「ガールも、カルロスもそんな昔の身体改造を受けているって言うのか!?」

「そうですね。ミスター・ジョージはご存知ないかもしれませんが、連邦は地球で恐竜が絶滅した頃には資源と寿命の問題を恒久的に解決しています。八万年前の技術と言っても、銀河の規模では相当に新しい技術だと言えるでしょう」

「そんなこと言われても! 納得できないって!」


 それはそうだろう。カイトも横で聞いていて、思ったより技術が古いと思ったくらいだ。


「間違いないのかい、エモーション?」

「はい。当然ですが、連邦は最新鋭の身体改造技術を持っていますから。それに次いで高い技術を持っているのが連邦と協力関係にある組織ですね。公社などは連邦の身体改造と遜色ない技術体系だと言えるでしょう」


 つまり、連邦との付き合いの深さに応じて伝わる技術の程度が変わるということか。ディーヴィンの人身売買マーケットに参加するような組織であれば、それは連邦とは距離を取っていると言えるだろう。連邦に近い立場でありながらマーケットに参加していた公社が特殊なだけで。

 自分のこともだが、リズとカルロスの改造が随分古いということを察したジョージは顔色を悪くした。今更になって、自分たちの無謀に気付いたようだ。


「そ……それで、連邦の改造を受けたらどうなるんだ?」

「そうですね。ミスター・ジョージは地球人で二人目の、実用的なレベルで超能力を行使できる人物ということになるでしょう」

「ほう?」

「とはいえ、ミスター・ジョージの超能力自体の適性はキャプテン・カイトと比べれば低いと言わざるを得ません。トータス號を超能力主体の運用方法に改造するのはお勧めできかねます」

「……具体的には」


 何やら大きな感情を我慢するような仕草のあと、ジョージが言葉を絞り出す。横で聞いていたカイトは何となく察する。ジョージとエモーションはきっと相性が悪いのだ。

 ジョージは多分、直接的な言い方は嫌いなのだろう。少しばかりファジーな表現の方が受け止めやすいのだ。一方でエモーションは、そういった気遣いとは無縁の話し方だ。これはもしかするとカイトの所為かもしれないから、ここは沈黙を守ることにする。


「サイオニックランチャーのリミッターを外しても、問題なく運用は可能でしょう。ですが、キャプテン・カイトのように四本を同時運用は出来ないと思ってください。あと、戦闘艇を超能力で操作することは出来ません。宇宙空間に生身で出るのは、サイオニックランチャーの発射の時だけにすること。キャプテン・カイトのように生身で外に出たまま長時間活動するなんてもってのほかです」

「ああ、うん。それなら問題ないかな」


 すん。そんな擬音が聞こえてくるような落ち着きようで、ジョージは素直に頷く。視線がカイトの方に向けられた。呆れたような顔だ、何か良くない流れになってきた気がする。


「そういや普通に生身で宇宙空間に出てるよな、キャプテン。何考えてんの?」

「ロマン、かな」

「……そっか」


 ジョージは右手をまじまじと見下ろす。手首を回転させながら、エモーションに大事な質問をひとつ。


「これを運用できるってことは、手の形に擬態させるのも問題ないってことでいいのかな」

「はい」

「十分だ。ギャラクシィ・バイパーをやれるなら、それでいい」


 そういえばジョージは重篤なコスプレイヤーだったっけ。今の今まで忘れていたことに気付き、カイトはそっと視線を逸らした。

 視線を外して、そういえばカルロスがいないことを思い出す。


「カルロス氏は? 修理が終わったら出発だろ?」

「ん? ああ、カルロスか。……あいつなら今、勉強中」

「勉強?」


 身体改造を受けてからというもの、勉強という単語を耳にする機会がなかったので思わず問い返した。ジョージは頷いて、停泊している船に視線を飛ばす。


「ああ。連邦に参加したら船の設計に携わりたいんだってさ。まったく関わったことがないから、イチから勉強してでも、ってよ」

「ふむ。まあ、やりたいことが見つかっているなら良かったよ」


 いったい、トラルタンに来るまでのどんな体験がカルロスに船造りに興味を持たせたのか。カイトには分からなかったが、分からなくても良いとも思った。

 好きに生きて、好きに死ぬ。連邦とはきっと、そんな自由がどこよりも許されている場所なのだから。

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