光を追って

 光線だからと言って、実際は本当に光速で飛んでいるわけではない。

 カイトが全力で放ったサイオニックランチャーのエネルギーは、程なく宇宙空間をゆっくり飛んでいるのが観測された。

 また、飛んでいく方向的にも、少なくとも人工天体トラルタンから観測できる範囲には不運な障害物は存在しないことが確認された。向かっている方向も連邦の勢力圏から離れる角度であるし、余程のことがない限り放置で良いのではないかとァムラジオルは結論づけた。


「いや、それはちょっと困ります」


 が、カイトにしてみればそれで納得できる話ではない。

 自分が放った破壊的なエネルギーが、宇宙空間を無目的に動いているのだ。事情を知らない不幸な誰かが被害に遭う可能性など、ゼロに近いではなく、ゼロでなければならない。それに、問題はそれだけではない。


「いつ減衰や散逸を起こすか分かっていないんでしょう? はっきりその辺りを検証してからでないと、危険で使えませんし」

「使わなければ良いのでは?」


 身も蓋もないツッコミを入れてくるのは、いつも通りにエモーションだ。ロマンを解さない彼女がそう言うだろうことは予想出来ていたので、カイトは既に反論も考えてあった。


「あれ以上にエネルギー効率の良い武装が存在するなら、僕も考えるけど?」

「……珍しく正論を」


 なんという言いぐさだろう。エモーションが無表情で悔しがるのを横目に、カイトは手元の端末で通信先を選択する。

 トラルタンのモニターのひとつに、テラポラパネシオの姿が映った。


『やあ、カイト三位市民エネク・ラギフ。報告は読ませてもらった』

「……ジェリーフィッシュ?」


 ようやく衰弱から回復して、カイトの近くに座っていたジョージが思わずといった様子で声を上げた。


「紹介しよう。連邦の中央星団で議員をしているテラポラパネシオの一個体の方だ。連邦の色々なところで仕事をされている」

「お、Oh……」

『お初にお目にかかる、連邦の新しい仲間たちよ。我々はテラポラパネシオ。君たちの言葉で言うならば『宇宙クラゲ』と呼ぶのが正しいのではないかな』


 思わず吹き出すところだった。彼らの前では普段は宇宙クラゲと呼んでいないはずなのだが。いや、トゥーナたち宇宙ウナギと絡めて自分たちの種族をそう認識したのだろうか。

 カイトが内心で大混乱に陥っている横で、ジョージとリズ、カルロスの三人が目を大きく見開いて慄いている。地球人の大部分が発症する、この宇宙クラゲリアリティショックは一体。


「ええと。それで、あの光線をどうにかしたいんですが」

『それはこちらでやっておこう。というより、既に我々の何体かが向かっている。安心してくれたまえ』

「えっ」

『我々も時折やるのだ。思念兵装はうっかり既存の法則に左右されない現象を起こしがちなのでね。エネルギー総量も観測してある。最初にしては素晴らしい出力だ、見事だカイト三位市民』


 何故か褒められてしまった。

 というより、行動が速い。最悪、自分で何とかしようと思っていたのだが。


「今後はこういったことがないよう、自分で何とか出来るようにしたいのですが」

『別にこの程度のこと、気にしなくて構わないが?』


 カイト三位市民の手伝いなら、文句どころか取り合いになるからなと笑い声じみた音を鳴らす議員の宇宙クラゲ。

 ありがたいのだが、それに甘えてしまうのは自立していないようで気がひける。そう伝えると、議員は更に笑い声じみた音を立てた。


『カイト三位市民のそういう考えは、とても好ましいと思うよ。自分で何とかするというのは、当然だが可能だ。それなりに練習を必要とするがね』

「練習ですか。どういう方向で練習すれば良いか、教えてもらえますか」

『もちろんだとも。それでは終わった後にでも、君の放った光をどう処理したかを映像で送ることにしよう』

「あ、それなら」


 カイトは議員の言葉に、まだ作業が行われていないことを察した。片手を挙げて、提案をひとつ。


「差支えなければ、見学させてほしいんですけど」


***


 クインビーに乗り込み、テラポラパネシオの反応を目指して空間を跳躍する。

 どことなくクインビーと共通点のあるデザインの船が三隻、転移を終えたカイトを迎えてくれた。


『ようこそカイト三位市民』

『責任感が強いのだな。任せておいてくれて良かったのだぞ』

『今回は見学だったな? 質問にはいくらでも答えるから、何でも聞いてくれたまえよ』


 つくづく、宇宙クラゲの皆さんは甘やかしてきて困る。

 同じことを思ったのか、後ろでエモーションがきゅるきゅると音を立てていた。


『テラポラパネシオの方々がキャプテンに甘いのは、いい加減にした方が良いと思うのですが』

「同感だよ。君から言ってくれるかい、エモーション」

『冗談ではありません。私にはテラポラパネシオの方々を敵に回す度胸はありませんよ。そういうのは当事者のキャプテンが言ってください』

「聞いてくれると思うかい?」

『……論評を避けます』


 結論、まだまだ宇宙クラゲの皆さんはカイトに甘いことでしょう。

 内心で溜息をつきつつ、船の外に出る。


「ああ、あれですか」


 こちらに向かって来る、純白の光の塊。

 タールマケの旗艦を消し飛ばした影響は、その色の中には最早見えない。


「では最初の質問です。あれが減衰しない理由は何なのでしょう」

『簡単なことだ。あの光自体は、破壊する意志が光という現象を取っているに過ぎないからだね』

「破壊する意志、ですか」

『思念兵装は、我々の思念を兵器が受容し、現象に似せて発射されるものだ。あれは厳密には光ではない。光に似せた思念の塊なのだよ』

「思念の塊。だから減衰も散逸もしない?」

『そう。我々はこれから、あの光に干渉して思念の形を書き替えるのだ』

『発射した目的は終わった、もう消えて構わないとね』


 宇宙クラゲの説明に、カイトは成程と頷いた。こんな状態になってしまった原因がなんとなく頭の中で形作られる。 


「つまり今回の件は、僕が目的を明確にせずに撃ち出したことが原因ということですか」

『そうなる。タールマケの船を消し飛ばしたら終わりだ、と目的を明確にして撃ち出せば、破壊が終わった時点で消失していただろう』

「……ふむ」


 ここでカイトは、練習してみようと思い立つ。

 ここには宇宙クラゲもいるのだ、練習にはこれ以上ない環境だ。


「ひとつ試してみたいことがあるのですが」

『ほう?』


***


 向かってくる光は、目の前に存在する全てを消し飛ばそうという破壊の意志。

 カイトはその斜線上にクインビーを置き、先ごろと同じようにサイオニックランチャーを四本構えさせた。


『本当にやるのですか? キャプテン』

「当たり前だろう? 僕は自分の不始末は自分でどうにかしないと気になるんだ」

『はあ』

「それに、今後もこれを運用するなら、練習出来る時にしておかないとね」

『……大義名分を持つと頑固なんですから』


 エモーションの愚痴を聞き流しつつ、意識を集中する。

 あの時は全力だった。今回も全力でなければ、撃ち負けるのは自分だ。過去の自分が放ったエネルギーに現在の自分が負けるのは、流石に恥ずかしい。


『安心したまえ。駄目だった時には我々が何とでもしよう』

『その通りだ。失敗こそが成長の糧なのだからな』

『なに、我々の昔のやらかしに比べれば小さい小さい』


 宇宙クラゲたちの何とも言えない励ましを受けながら、カイトはサイオニックランチャーを発射した。

 全力。ただし、目的を明確に。


「消し飛べ、少し前の僕の怒り!」


 ついでに消し飛ばした後にそれも消えること!


『おお。やはりカイト三位市民は筋が良い』


 向かってくる光と、撃ち出した光が衝突する。

 撃ち出した光は虹色に煌めき、白い光を飲み込んでいく。第一のミッションは完了だ。上手く破壊の意志は消滅させられたようだ。

 続いて、今回撃ち出した光が消失すれば成功だ。目的は完了したのだから、綺麗に消えてくれと願う。


『うむ、急速に散逸している。もうすぐ消えるな』


 観測している宇宙クラゲの言葉に少しだけほっとするが、気を抜かずにじっと観察する。前に撃ったものは、消えろと願ったら強くなってしまったのだ。変な考えを起こさないように、じっくり見つめる。

 まるで糸がほつれていくように、光が解けて消えていく。光そのものが完全に見えなくなったのを確認して、ほうと息を吐き出した。


「……良かった。色々とお世話になりました。ありがとう」


 何も考えずに撃っちゃいけない。当たり前のことを心に刻みつけつつ、カイトは手伝ってくれた宇宙クラゲたちに頭を下げるのだった。

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