戦場を貫く光

 巨大な旗艦を、四条の光が貫いている。

 起点となるクインビーから放たれる純白の光は、タールマケの旗艦に致命的とも言える損傷を与えていた。

 しかし、いかんせん船体のサイズ差は大きい。一射ではその巨体を轟沈せしめることは出来ず、ブリッジもまだ陥ちていなかった。


『詰めを誤ったな、キャプテン・カイトォ……!』


 怨念すら感じさせるセガリ・ググの声が、通信をジャックしたクインビーに届く。

 地球の船と違い、星間を航行する船は形も様々だ。タールマケの旗艦はどちらかというと長いのではなく、高いという表現がしっくり来る。ブリッジの場所を見誤ったか。

 そして、混戦模様の現状、フルパワーで撃ち抜けなかったのも確かだ。逃げたタールマケの船団を追うために、連邦の船がいくつか向かっている。ァムラジオルの判断に異論はないが、方法論が限定された。この辺り、連携の不足が如実に出ている。

 また、カイトもサイオニックランチャーの運用には慣れていない。有効射程の限界も分からないので、迂闊にパワーを上げられなかったのだ。


「そのタフさは認めるがね、最後の僚船もいま落ちた。君たちの負けだよ」

『そうでもねえぞ、そうでも……ねえぞォッ!』


 旗艦の背面が明るく輝いた。どうやら、停めていた足を再度動かそうというつもりらしい。まず、船体の角度が変わる。まさかトラルタン4に突進するつもりかと視線を巡らせるが、前面は惑星とは違う方向に動いている。

 だが。その先にあるものを察して、カイトは鋭く声を上げた。


「ァムラジオル代表!」

『何かね、カイト三位市民エネク・ラギフ!?』

「狙いはトラルタンだ、人工天体の方!」

『何だって!?』


 人工天体トラルタンには、強大な障壁がある。タールマケの旗艦はトラルタンや公社のヴォヴリモスとは比較にならないが、かなり巨大だ。質量兵器として考えるならば、トラルタンの障壁を超えて本体に打撃を与えるのも十分に可能なサイズと言える。しかも、最大加速で突っ込むつもりだ。修理は可能かもしれないが、中に詰めているスタッフたちは無事では済まない。

 多少の火力では破壊は難しい。ァムラジオルはそう判断したようだ。連邦の船が軌道から外れていく。多少なりとも被害を減らそうという考えなのだろう。だが。


『カルロスとアースリングども、そこに居るんだよなァ!』

「狙いはそれか!」


 カルロスが命を失えば、蘇生の地点はタールマケの本拠地だ。そして、それ以上に問題なのはジョージとリズ。ふたりは蘇生のためのバックアップを受けていない。

 カイトは頭の中で手早くタールマケの旗艦を粉砕する算段をつけると、眉根を寄せつつ口角を上げた。


「……馬鹿にされたもんだねぇ」

『キャプテン!? 出力が――』

「叩き潰すぞ、クインビーッ!」


 ゼロからの急加速。クインビーは一瞬で旗艦から離れた。宙域を飛び回りながら必要なだけの残骸を集めていく。普段よりも多くの働きバチワーカーズを補充しつつ、残骸をクインビーの前面に結集させていく。


「エモーション! 正面から行く、全力を出すからァムラジオル代表に射線からの退避を指示させろ!」

『りょ、了解!』


 前面がほぼ埋まるほどの残骸を固定しつつ、突進を始めたタールマケ旗艦の正面へ位置どる。生きている砲塔が光るが、カイトは構わずにクインビーを加速させた。

 前方に残骸を集めているとはいえ、無謀とさえ言える質量差だ。だが、カイトの目には迷いも不安もない。


「まずはラム・アタックから!」


 砲塔から放たれた光線と光弾は、クインビーの強烈な加速と障壁に阻まれて船体には届かない。双方の加速により、衝突の瞬間はすぐに訪れた。

 通常であれば、小さい方が障壁も船体も砕かれて終わりだ。タールマケ旗艦にはほとんど傷もつかずに済むだろう。ァムラジオルが連邦の船を軌道から離したのもその為だ。

 だが、ここにいるのはクインビーとカイトなのだ。衝撃によって前方に集めていた残骸のほとんどが吹き飛んでしまったが、まだ残っている。そして、驚くことに旗艦とクインビーは拮抗していた。始まっていた加速が止まっている。


「続いて足を完全に止める。エモーション、指示を!」

『了解。現在位置からの砲撃指示、視界に転写します』


 エモーションがスキャンした内部構造から、駆動系の重要パーツを狙う。巨体だからか流石に多い。カイトは力を絞らず、サイオニックランチャーをそれぞれに撃ち込んでいく。

 撃つごとに、旗艦から感じる圧が減る。残骸がすべて散逸する前に、クインビーがタールマケ旗艦を押し始めた。

 それから更に数発。駆動系の完全破壊が完了したようで、クインビーの押す勢いが上がった。


「エモーション! ここからの直線上に、障害物はあるか!?」

『距離は!?』

「この際考えない!」

『射線を下方一分、左に二分ずらしてください! その角度であれば観測範囲に障害物は存在しません!』

「了解!」


 加速を止め、わずかに残っていた残骸を放棄。旗艦との間に多少の距離が出来た。四本の腕を前方に伸ばし、サイオニックランチャーを並べる。

 可能な限り力を込める。髪から舞う紫電が増え、額に青筋が浮かんだ。

 砲塔の角度を下に六度、左に十二度ずらす。確認のために声を上げようとした瞬間に、エモーションから完璧ですと表示が来た。


「セガリ・ググ! 今後は加減しないよ」

『馬鹿言え、あれだけやって加減していたなんざ認め――』


 解き放たれた純白が。セガリ・ググの言葉も、タールマケ旗艦の中央部も、その先にある何もかもを押し流していく。

 撃ち続けたのは何秒間だったか。カイトが止めると、目の前には見慣れた闇と星と、放った光線がどこかへと向かっていく様子が見てとれた。

 それも一瞬のこと。綺麗に中心部をくり抜かれたタールマケ旗艦が、思い出したように崩壊を始める。

 生体反応はもうなかった。分かっている限り、旗艦には三人が乗っていた。そのいずれも反応はない。消し飛ばされたか、始まった崩壊にいち早く巻き込まれたか。

 カイトの関心は、セガリ・ググからもタールマケの旗艦からも既に離れていた。崩壊に巻き込まれないようにクインビーを後方に動かしながら、気になっていることを相棒に聞く。


「エモーション。あれ、いつごろ消失するかな」

『……さあ……?』

「ちょっとやり過ぎたかな……?」

『キャプテン』


 歯切れの悪いエモーションだったが、次の言葉は強い口調で言い切った。


『ちょっとどころではありません。やり過ぎです』

「やっぱり?」

『はい』


 自分の超能力で吐き出したエネルギーだ。超能力で消えて欲しいなと念じてみる。

 だが、世の中そう上手くはいかないようで。


『キャプテン。何をしようとしているのかは何となく想像できますが』

「うん」

『目標、一切減衰の兆候はありません。と言うより、わずかにエネルギーの増大が感じられます。今すぐ止めてください』

「げっ」


 慌てて意識を光線から外す。

 と、連邦の船団から通信が飛んでくる。返答したくないなぁ、と思っていると勝手にエモーションが繋いだらしく、視界に焦った様子のァムラジオルが映った。


『カイト三位市民!?』

「は、はいぃ」

『あ、あの光線だが……』

「ええっと。新装備ってやつです」

『いや、そうではなく。どこまで直進する予定なのかね? エネルギーの減衰とか、散逸とか』

「ちょ……っとよく分かっていなくて」

『わ、分かった。すぐに対策チームを編成する。君も今すぐ人工天体に戻ってくれ』

「分かりましたぁ」


 怒られる。絶対に怒られる。

 カイトは怒りに任せて全力を出してしまったことを、珍しく後悔するのだった。

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