残念ながら使える腕は二本とは限らないのさ
カイトは手始めに、クインビーを撃ってきた斜め下側の船にサイオニックランチャーの銃口を向けた。特別な意図があったわけではない。撃たれたから撃ち返すのにちょうど良い、そう思っただけだ。
「サイオニックランチャー、発射」
柔らかな白い光が銃口から放たれる。
防御のために展開された障壁は、残念ながら役には立たなかった。決して小さくない戦艦を、障壁ごと貫通したのだ。
連邦の船に万が一にも当たらないよう、光の放出は短時間に留める。だが、その一撃が致命傷なのは明らかだった。
内部から起きた爆発が、船をデブリへと変えていく。
「ふうん……。思ったより消耗しないな」
カイトは思っていたより体にかかる負担が少ないことを実感しつつ、銃口を次の船へと向ける。
今度は水平方向、こちらに針路を向けている一隻。クインビーの障壁の強さを察してか、自分の船体そのものを質量兵器にしようと目論んでいるようだ。
自分の命を度外視する敵というのは、かくもやり辛いものか。命のバックアップというものは、古代の愚劣な戦術をも選択肢のひとつに復活させてしまうのか。
『敵船、来ます』
「ちょっと遅かったね」
平然と第二射を撃つ。真正面から貫かれた敵船は、その巨体をクインビーにぶつける前に爆砕させる。
爆発の圧力だけが、残滓としてクインビーの障壁を軽く揺らした。
やはり、負担は少ない。
「……これ、もしかして凄く省エネな武器なんじゃない?」
『それはたぶん、キャプテンだけです』
呆れたようなエモーションの声。
ジョージの資質が不足しているのか、カイトの資質が著しく高いのか。エモーションは後者だと主張している。
どちらにせよ、この武装がクインビーとカイトには実に向いているのも確かだ。特にクインビーの手は分離分解がたやすいのだ、着脱に悩む必要もない。
「さて、戦艦サイズにも有用なのは分かった。早めに片付けて逃げた連中の捕縛に移ろうか」
『目の前の大きいのはどうしますか』
「どうするかって? 決まってるじゃないか」
エモーションの問いに、カイトはにこやかに答えた。
「でかくて小回りが利かないのは後回し。先にやっつけちゃうと、残った連中がトラルタン4に突入を強行しかねないからね」
***
「うっそぉ」
ジョージの右腕に装着しているものより大きいが、間違いなく形状はサイオニックランチャー。カイトの船が使っている銃を見て、リズは思わず呟いた。
何よりも驚くべきなのは、その射撃頻度だ。ジョージが撃つ時よりも遥かに出力が高く、まったくと言って良いほど消耗を感じさせない。
一射一殺。カイトの船から光の線が放たれるたびに、近くの敵船がひとつ、またひとつと撃破されていく。
「どういう、ことだ」
呆然と見ていたジョージが、掠れる声を絞り出した。
腕が生えている船に対してか、あるいはサイオニックランチャーを軽々と行使していることに関してか。いや、両方か。
三人をここに連れてきた毛むくじゃら――マドゥーンと名乗った――は、二人の驚きをどのように勘違いしたのか、感慨深げに頷いた。
「やはり同じアースリングの皆さんは毎回驚かれますね」
「え?」
「あの武装はテラポラパネシオの皆様が戦場でお使いになる思念兵装ですよね? カイト
「エネク・ラギフ?」
「ええ。我々連邦の市民権の中で、上から三番目の広範な権利を持つ市民権です。カイト三位市民……ああ、アースリングの皆さんはキャプテン・カイトと呼んでいるのでしたね。彼の戦闘体系は、連邦の既存の戦術を逸脱してまさに特別と言えるでしょう」
「キャプテン・カイト……本物の?」
マドゥーンの説明に、ジョージが目を見開いた。カルロスも愕然としている。リズは何となくそうではないかと思っていたから、それほどの驚きはない。
ギャラクシィ・バイパーを気取っていたジョージのために、キャプテン・カイトのコスプレイヤーという誤解を尊重してくれたのだ。ジョージが言い出さなければ、きっとキャプテン・カイトとして自分たちを助けてくれたことだろう。
と、カルロスがガタガタと震え出した。目尻からぽろぽろと涙を流しながら、地面にへたり込む。
「良かった……勘違いしてて良かった」
「カルロス?」
「もしも本物だって知ってたら、ダミアンもきっとこっちに来てた。あいつがここに来てたら、こんなに安心してられなかったよ」
「あっ」
ジョージが思い出したように声を上げる。そういえばもう一人、地球人がいたと聞いている。カイトは連れていなかったから、おそらくタールマケ側に残ったのだろうが。
「ねえ、旦那。そのダミアンって人、逃げる船に乗ってたっスよね?」
「何でだ?」
「だ、だって。もしもあの船のどこかに乗ってるなら、キャプテン・カイトは撃てるんスか……?」
リズの疑問は、キャプテン・カイトという人間の世評を知る者にとっては当然の疑問だった。地球人の解放者と恐れられている彼が、敵に回ることを選んだ地球人を撃てるのか。
「撃つさ」
ジョージの答えは、確信に満ちていた。
「ダミアンは答えたんだ。連邦には行かないってな。地球人ではなく、連邦人でもなく、タールマケの一員となることを選んだんだよ」
だから撃つさ、躊躇なく。
リズの耳には、ジョージの口ぶりが何故か寂しい響きを伴っているように聞こえたのだった。
***
一方、セガリ・ググはあまりの状況に余裕をなくしていた。
「くそ、キャプテン・カイトの船は火力不足が唯一の弱点じゃなかったのか!?」
タールマケの分析班が用意していた対応策が無に帰したからだ。アースリングを拉致していたタールマケは、いつかキャプテン・カイトとその船が敵に回ることを覚悟していた。だからこそ、これまでに観測データとして保管されていた映像をかき集めて対策を練っていたのだ。
その結果、彼の船はある程度の大きさまでの船には絶大な突破力を誇るが、船単体の火力では巨大な戦艦などを相手取るのは難しいと判断されていたのだ。
「くそ、巨大構造物をくくりつけての体当たりにさえ気をつけていれば大丈夫って話だったじゃないかよ!」
目の前の理不尽に怒鳴り声を上げながら、打開策を考える。
強大な火力と、こちらの砲撃をものともしない障壁。だが、その両立は可能なのだろうか?
「そうか!」
セガリ・ググの脳裏に妙案が閃く。
周囲では僚船が次々と撃破されている。急がなくてはならない、慌てて通信を繋ぐ。
「いいか、撃っている間は無防備だ! 複数で同時に攻撃しろ」
いかに障壁が強力だろうと、撃っている間に障壁が機能しているわけがない。
味方が撃たれている間に、他の船が別角度から撃てば。障壁を張る前に撃沈することが可能なはずだ。
その説明に納得出来たのか、まだ標的にされていなかった船のうち、六隻がキャプテン・カイトの船に砲口を向ける。
射撃と同時、周囲から押し寄せる砲撃の嵐。
『おっと』
そんな声が聞こえた気がした。
キャプテン・カイトの船が射撃を中断し、明確に回避行動を取る。
よし、狙いは正しかった。セガリ・ググは成算が見えてきたことに思わず拳を握った。
「よし、相手は複数の攻撃に対処できない! このまま追い詰めるんだ」
『考えたものだね、セガリ・ググ』
突如、通信にキャプテン・カイトが顔を見せた。こちらの回線に強引に割り込んできたのだ。何でもアリなのかこのアースリングは。
「そうそう好き放題にはやらせねえぞ、キャプテン・カイト」
『そのようだ。まさかこんなに早く、切り札を見せる羽目になるとは思わなかったよ』
負け惜しみかと思ったが、そうではない。キャプテン・カイトの表情には焦りも怒りもまったく見えない。このアースリングは、これでも自分の置かれている状況を困難だとは思っていないのだ。
セガリ・ググは内心その表情に気圧されながらも、気丈に嘲笑ってみせた。
「馬鹿なことを。てめえのその武器、確かに強力だがな。そっちは一隻、こっちは最低でも六隻だ。手が足りねえだろう」
『まあね。連邦の仲間たちが手を貸してくれれば楽が出来るけど、手がないわけじゃないんだ』
にっと笑ったキャプテン・カイトが、これ見よがしに指を立てた。
『何しろサイオニックランチャーは僕の両手につけているわけじゃない。つまり』
船から同じような筒が吐き出された。その数、三つ。
まさか。引きつったような笑い声が口から漏れた。
『クインビーの腕は別に二本じゃなきゃいけないわけじゃないからさ』
そのまさかだった。
三つの筒が、クインビーと呼ばれた船の腕にそれぞれ装着される。
ご丁寧に、二本だった腕を四本に増やして。
『悪いね。僕のサイオニックランチャーは四本ある』
刹那、四本から均等に光が放たれた。
一気に四隻が吹き飛び、更にもう一射。キャプテン・カイトの船を狙っていた六隻と巻き添えを食らった別の二隻、計八隻が一瞬で撃沈される。
「この……この野郎! ちょっとは……」
最早笑いすら出ない。
「ちょっとは加減しやがれ、てめえェーーッ!」
セガリ・ググの叫びに応えるように、四本の銃口が旗艦へと向けられたのだった。
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