混戦模様
タールマケ船団は、実に狡猾な立ち回りを見せた。
トラルタン4への突入と見せかけ、連邦の船団を惑星側に釘付けにしたのだ。実際の目的は命にバックアップのない仲間たちの離脱補助なのだが、連邦側の船団は明確に分断されつつあった。
すべての兵装を使い切る勢いで攻撃を行うタールマケの船は、性能に優る連邦の船といえども簡単には沈められない様子だ。不用意に離脱する船を追えば、連邦側の陣形が崩れる恐れもある。
「後先考えない連中ってのは怖いね」
『後方より実弾、来ます』
旗艦を相手にしているカイトにしても、他人事ではなかった。
何しろ、あちこちから流れ弾やら光学兵器やらが飛んでくるのだ。障壁を破壊できるほどの出力は叩き込まれていないが、相手が生み出した混戦模様がこれほど厄介だとは。
対応している相手も悪い。
クインビー単体の火力は決して高くはない。同程度の船体規模である戦闘艇相手なら無類の強さを発揮するが、クインビーよりも遥かに巨大な戦艦級を相手にするには力を溜める時間か、質量兵器に転用できる小惑星などが欲しいところだ。
この宙域では、先程まで連邦とタールマケの船団が様子見がてら砲戦をしていた。その結果、小惑星の類は見える範囲では一掃されてしまっている。せめて撃沈した船でもあればと思うが、残念ながら小競り合い。沈んだ船はなかった。
「参ったね、どうも」
『思わぬ弱点が露呈しましたね』
タールマケ船団の旗艦は、これまでに敵対した戦艦の中では最も大きい。ディーヴィンの戦艦の十倍以上はあるだろうか。ディーヴィン相手の時なら働きバチの集中運用で何とかなったが、今回はちょっと現実的ではない。
近くに寄ってきた小型の戦艦を落としてラム・アタックに使いたいところだが、カイトの戦術は研究されているのか、とにかく戦艦が近づいてこない。遠間から働きバチで狙おうとすると、旗艦が嫌らしく攻撃を加えてくるのだ。
こちらの動きがよく研究されている。さすがに連邦の勢力圏外で暴れ過ぎただろうか。
「まあ、相手も無限に撃てるわけじゃない。いつかは撃ち尽くして的になる時が来るわけだけど」
『セガリ・ググの目論見どおりの結果でしょうね、それは』
「それなんだよなあ」
このまま手をこまねいていては、セガリ・ググの思惑どおりになってしまう。別に戦場を離脱する船をあえて撃沈したいとは思わないが、乗っているのはみな犯罪商社のスタッフだ、捕縛くらいはしておきたい。
そんな風に考えているカイトの視界が真っ白に染まった。
どうやら斜め下に位置していた敵船の砲火が直撃したらしい。障壁に保護されているクインビーは無傷だが、大型の光学兵器が使用されたようで、すっぽりと船体ごと光の奔流に飲み込まれている。
「仕方ない。ぶっつけ本番だけど、新装備のお披露目といこうかあ」
『使うんですか、アレ』
「そりゃ、船を飾るオブジェにするために造ったわけじゃないんだから、さ」
カイトにもエモーションにも動揺はまったくなかった。この程度の砲撃で破壊されるクインビーなら、これまでに三度は死んでいる。
「砲撃が止んだら射出してくれ。ひとまずは一丁でいいよ」
『分かりました』
***
人工天体トラルタンに収容されたトータス號から、ジョージとリズ、カルロスが降りた。
まだ虚脱状態のジョージには、カルロスが肩を貸している。右腕に装着したままのサイオニックランチャーが、床を擦って金属音を立てた。
「ああ、そうか。ガール、サイオニックランチャーを外してくれるかい。まだ指一本も動かせそうにないんだ」
震える声で頼むジョージは、振り返ったリズが困った顔をしているのに戸惑いを見せた。
「旦那……そのぅ」
「どうしたんだ、ガール? そんな顔をして」
「サイオニックランチャー、リミッターが外れちゃったっスよね」
「うん」
「そうなると、拳が焼失しないって話じゃないスか」
「ありがたいことにね」
「実はそれ、一回装着したら外れないんスよね」
「……は?」
思わぬ言葉に、ジョージは目を円くした。
もじもじとしながら、リズが続ける。その動きは小動物みたいで可愛いのだが、それどころではなかった。
「ど、どういうことだ」
「ほら、本家のギャラクシィ・バイパーのサイオニックランチャーは右腕に偽装して外れないじゃないっスか」
「それは……そうかもしれないが」
「これまでは拳が物理的に無くなっていたから、装着先がなくなったことで結果的に外れてましたけど。リミッターを外したら拳が余剰エネルギーの放出で焼失しないっスから、そのままになるっスよねえ」
ジョージは腕がまだ上がらないので、ぷるぷると首を震わせながら視線を右腕に落とした。サイオニックランチャーがこれから先は外れない。しかもリミッターを外したせいで、出力が常にジョージのキャパシティを超えるオマケ付で、だ。
この時ばかりは、ジョージの心に本家ギャラクシィ・バイパーを模したことへの後悔が沸き上がってきた。
「本家と同じように、偽装の機能もしっかり作ってくれてるらしいっス。本物のバイパーにまた一歩近づいたっスね!」
「そいつは嬉しいな。で……その為には超能力がどれくらい使えれば出来るようになるんだ?」
「あー……それは……」
無言でリズが目を逸らす。しばしの沈黙。カルロスは会話の内容が分かっていないようで、首を捻っている。
先に沈黙に耐えられなくなったのは、リズだった。ことさらに明るく、ジョージに笑いかけてくる。
「だ、大丈夫っスよ。外科的に右手を切断すれば、外せますから。ほら、旦那の改造なら、拳は痛覚がありませんし、いくらでも再生しますし」
「あ、ああ。そうだな」
「そ、そうっスよ、絶対。ぜったい……」
と、これまで以上にぐったりしているジョージたちのところに、トラルタンのスタッフが歩み寄ってくる。
多少全身が毛深いが、二足歩行だからかあまり嫌悪感は感じなかった。
「皆さんが今回連邦に身を寄せられたアースリングの皆さんですね」
「は、はい」
「随分とご苦労されたようですね。本当ならばすぐにでも連邦にお送りしたいところなのですが、ご存知のように現在外は戦闘状態です。もうしばらくお待ちいただきたいと思います」
「あ、ありがとうございます」
これまでに触れたことのない丁寧な言葉遣いに、三人揃って困惑しきりだ。
そんな中でリズは、目の前の毛むくじゃらが一切怯えの色を見せていないことに気付く。彼は連邦が負ける可能性を一切感じていない。戦況がどうなったとしても、必ず勝てると確信しているかのように。
「そうだ。表の様子をご覧になりますか。今は観測室にはあまりスタッフもいませんから、体を休めるのにも良いと思います」
「あ……お言葉に甘えて」
リズが代表して答えると、毛むくじゃらは何事もないかのようにジョージを軽々と抱え上げた。お姫様抱っこだ。
抗議や反発を示す暇もなかった。毛むくじゃらはこちらですと爽やかに言うと、ジョージを抱えたまますたすたと歩き出す。
スタッフがほとんどいないのが不幸中の幸いと言えるだろうか。ジョージの顔は、まるで熟れたリンゴのように真っ赤だった。
久しぶりにアップルパイが食べたいと思ったリズは、もしかすると一種の現実逃避をしていたのかもしれない。
***
随分と長かった砲撃が弱まる。ゆっくりと光の奔流が薄まり、クインビーは無傷で変わらずその場にあった。
微動だにしていないとは思わなかったのだろう、撃ち込んできた船の動きが一瞬完全に止まった。
「よし、射出」
『了解。射出します』
あまり使われていない、クインビーの兵器格納庫から、筒状の物体が放り出された。カイトが力を行使すると、筒は不自然に止まり、カイトの右横に移動してくる。
『本当に、キャプテンのずる賢さには驚かされます』
「褒めているように聞こえないなあ」
『褒めていませんから』
「そうかい?」
クインビーの周囲を舞っていた働きバチが、戻ってきた。そういえば最近はずっと船体から離して運用していたなと思いながら、人の腕を模した形を取らせる。
そう。クインビーは人のような腕を持つ戦闘艇なのだ。
「それでは、改めて。サイオニックランチャー、装着!」
戦闘艇用に大型に改修されたサイオニックランチャーが、クインビーの右腕にしっかりと装着されるのだった。
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