腕は二本とは限らない

開戦、トラルタン宙域

 カイトがクインビーの外に出たところで、タールマケ船団の旗艦と思しき巨大な船が前へと進んできた。

 公社の船団の旗艦と比べれば小型だが、あれを比較対象とするのは少しばかり酷だろう。だが、気にするべきは船の大きさではなく、戦闘においての技量の方だ。

 タールマケ船団の規模は決して大きくない。人工惑星トラルタンに常駐している船団と比べても、だ。規模も性能も開きのある連邦の船団を相手に、大崩れしないだけの戦闘を繰り広げていたのだ。船団そのものが戦闘慣れしていると言って良い。

 注意深く見れば、旗艦も含めて大小の傷と補修の後が見える。百戦錬磨の船乗りたちが操る船団、侮れば苦戦は免れないだろう。


『キャプテン・カイト。無事だったようだな』

「仲間の腕が良かったものでね。セガリ・ググ、今は君が船団長ということでいいのかな?」

『いや、船団長は別だ。旗艦に乗せてもらっちゃいるがな。……交渉の余地はあるかね』


 旗艦からの通信、相手はセガリ・ググ。

 何かの罠かとも思ったが、不思議なことにセガリ・ググからは戦意を感じない。交渉とは。


「タールマケの船団とトラルタンの皆さんとの交渉という意味であれば、僕は答える権限を持たない。トラルタンの責任者は代表であるァムラジオル四位市民ダルダ・エルラなのだから、そちらと交渉してくれたまえよ」

『俺と、あんたの間での交渉だ、キャプテン・カイト。あんたの厚意を俺たちは踏みにじっちまった。その不始末をどう決着つけるかって話だよ』

「そういうことなら、交渉するのもやぶさかじゃあないね」


 いつのまにか、交わされていた砲火が止まっている。タールマケ側だけでなく、連邦側もだ。連邦が攻撃を止めたのはカイトへの配慮だろうか。そこでふと、カイトの頭に彼らの目的への推論が浮かぶ。

 船内のエモーションに、声に出さずに指示を送る。エモーションも心得たもので視界に『了解しました』と文字だけを投影してきた。


「それで? 何を持って決着とするというんだい」

『俺とあんたの一騎打ちでどうだ。勝っても負けてもタールマケは退くことにする。あんたが勝ったらタールマケは今回の戦闘について最大限の賠償を行う。俺が勝ったら今回の件は黙認してくれ。どうよ』

「ふむ?」


 条件としては馬鹿げているとしか言いようのないものだ。カイトにとっても連邦にとっても利益はひとつもない。

 だが、問題がないわけでもない。すぐそばにはトラルタン4があるのだ。


『あんたが俺たちを一旦見逃したのは、あの惑星に住む連中への悪影響を考えてのものだったハズだ。つまり、人質としての価値がある。違うかい』

「僕が断れば、トラルタン4へ攻撃を加えると?」

『ああ。船ごとあの星の大気圏へ突っ込むって手もあるな? あそこで生きてる連中に、どれほどの被害が出るものかね?』


 くつくつと笑うセガリ・ググに、カイトは目を細めた。


「僕がむざむざそれを許すと思っているなら、随分と舐められたものだけれど」

『そりゃそうだ。だが、俺が恐れるあんたは一人しかいねえ。うちの自慢の部下どもはな、あんたら連邦サンとのドンパチにも慣れた荒くれ揃い。砲撃を潜り抜けて一隻でも大気圏に突入出来りゃああんたらの負けだ。いささか分が悪いとは思わねえか』


 悔しいが、確かにセガリ・ググの言葉には理がある。護るという一点において、トラルタン4は的が大きすぎる。

 だが、状況に問題を抱えているのはタールマケも同様らしい。エモーションからの報告が視界に表示される。万事抜かりの無い相棒は、後背にいる連邦の船団からの分析も確認する念の入れようだ。

 カイトは口許に笑みをたたえて、首を横に振った。


「折角だけど、お断りさせてもらおう」


***


 キャプテン・カイトの返答に、セガリ・ググは軽く溜息をついた。

 予想以上に悩む時間が短い。まさか気付かれたか。内心の動揺を押し留めて、努めて軽い口調を心がける。


「いいのかい、キャプテン? あれほど大事にしていた惑星ほしじゃあないか。俺らはあんた達ほど高尚じゃねえからな、やると言ったらやるぞ」

『それしか出来ない、の間違いじゃなくてかい』

「っ!」


 やはり気付かれている。ここまでの会話の中で、どうして気付いたというのか。嗅覚が良いにも程があるだろう。


『その船から三隻、他の船に立ち寄ってもいるようだ。それ以外の船からも何隻か出ているね。別動隊を指揮してこちらを包囲するつもりかと思ったけど、違うね?』


 見れば、連邦の船団も気づかれないように配置を変えつつある。トラルタン4とかいう惑星と、タールマケ船団との間に入ろうとしているのが見てとれた。


『君たちの組織では、命のバックアップは行き渡っていないようだ。バックアップのない乗組員を逃がして、バックアップのある船員だけで僕たちと一戦交える。その間に乗組員は無事にタールマケの本拠地に戻るというわけだ?』

「……そこまでバレてるんじゃ、隠しても意味はねえな。あんた、テラポラパネシオと同じ改造を受けているって噂だったな。あいつらみたいに心でも読めるのか?」

『さて。テラポラパネシオの皆さんが通信越しに心を読めるなんて話は聞いたことがないけど、僕にはそういう芸当は無理だね』

「本当かよ。まあいい……そういうわけだ。あいつらだけでも見逃しちゃあくれねえか」

『馬鹿にしているのかい?』


 セガリ・ググの言葉は、だが冷徹に切り捨てられた。


『君が今さっき僕を脅した言葉を忘れたとは言わせないよ。君が船団を突っ込ませようとしているその惑星には、こんな争いには何の関係もない無数の命が生きてるんだぜ。見知らぬ星の生物は死んでも良くて、自分の仲間の命は惜しいって? そんな都合の良い理屈、認めるわけにはいかないな』

「そうかい。……そうだな」


 見知らぬ惑星の知性体など、セガリ・ググにとっては興味のない話だ。タールマケの仲間たち以外は、生きようが死のうがどうでも良い。自分たちの道具として使い潰すことに、何の罪悪感も感じないのだ。

 だが、連邦という組織は。そしてその一員であるキャプテン・カイトというアースリングは。自分たちに縁も何もない生物であっても、何故だか必死に守ろうとする。分からない。分からないが、どうやら自分も知らず知らずのうちに何かを致命的に間違えてしまったらしい。

 破壊弾頭を落とした部下を叱れないなと自嘲しながら、後ろに控えていた船団長に問いかける。


「退却の準備はどの程度終わっている?」

「およそ八割!」

「急がせろ。終わっている船から、行動を開始する」

「落とすので?」

「いや、足止めだ。一隻でも多く、旦那様の元に戻すぞ……!」

「……きつい仕事になりますぜ」

「当たり前だろう、俺たちの受け持ちはキャプテン・カイトなんだぞ」


 通信は落としていない。それでも何も言わないのは、キャプテン・カイトという男の最後の温情だろう。

 と、二人の意識の外。ばたばたと走ってくる足音があった。


「きゃ、キャプテン・カイト! 頼む、助けてくれ!」


 ダミアンだ。なるほど、タールマケの食材候補であるアースリングであれば、命のバックアップがある。退避船に乗せてもらえなかったらしい。引きつった顔で、助けを求めている。


『君は……セガリ・ググと一緒に行った地球人だね。ダミアンとか言ったっけ?』

「そう、そうだ! ダミアン・シグムント! 地球人だ! あんた、俺たち地球人を助けているんだろ? なら俺のことも助けてくれよ、カルロスみたいに!」


 祈るように両手を組んで、そんな言葉を吐き出す。

 自分の指示のままに原住民の子供を人質に取っておきながら、まるで被害者のように命を乞う。背後から首をねじ切ってやろうかと、強い殺意が湧く。


「このままじゃ俺、タールマケの化け物に食われちまうよ! 頼むよ、助けて!」


 キャプテン・カイトは無言だった。モニターに映っているその顔に、どんな感情も見えない。


「助けて……」


 深い、溜息が漏れた。生身で宇宙空間に立ち、溜息をついている。よく考えてみれば訳が分からない姿だが、不思議なほどに違和感がない。


『君はもう、選んだだろう。連邦には行かないと』

「あれは! あんたが本物だなんて思わなかったから……!」

『僕が偽物だったら助けが要らなくて、本物だったら助けて欲しいって? 随分と都合の良い話だね。そういうの、助けを求めてるとは言わないと思うよ』


 ひぅ、と。ダミアンの口から絶望が漏れた。


『悪いね、ダミアン・シグムント。ことが終わって余裕があったら、タールマケの本拠地まで行くこともあるだろうさ。その時になら助けてあげられるかもしれない』

「嫌だ! そんな! 嘘だろう!?」

『さて、セガリ・ググ。悪いが交渉はここまでだ。君たちの命懸け、見せてもらおううか』


 ぷつりと。無情にも通信は途切れた。

 ぎゃあぎゃあと泣き喚くダミアンの声すら、不思議と心地良い。徹頭徹尾、徹底している。


「はっは、こりゃあ見事と言うほかないな」

「ええ、恨まれますぜ、生き残った連中から」

「ああ。最期の相手にするには満点の相手だもんな。仕方ねえ、蘇生の後でカムザリの十周期モノでも振舞うさ」

「そいつぁ羨ましい。さて、と。邪魔だよアースリング。手伝わねえなら隅っこで震えてろ」


 機材に取りすがるダミアンを蹴り飛ばし、船団長が兵装のコントロールを始める。

 再び通信を開くが、連邦にでもキャプテン・カイトにでもなく、ここに残って戦い続けるそれぞれの船長たちに向けて。


「さて、オーダーをいただけますかい」

「速力じゃ無理だな。足を止めて面制圧でいくぞ」

「了解! てめえら、キャプテン・カイトはこっちで受け持つ! そっちはどうにか連邦を抑えろ! 船員を送り出した船から手伝え!」


 船団長は興奮に顔を歪めて、笑いながら吼えた。


「これが最後の指示だ! 出来るだけ連中に攻撃をお見舞いしてから死ね! どうせ撃沈するまで粘るんだ。エネルギーを残して死ぬなんて贅沢、許さねえから豪勢に撃ちまくれ! 以上!」


 応、と耳が割れるほどの声が返ってくる。

 ひとつの例外もなく、不思議なほどに楽しそうな響きをもった返答だった。

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