戦火の宙
案の定と言うべきか。
トラルタン4から飛び出したカイトの目に飛び込んできたのは、砲撃戦を行っているふたつの船団の姿だった。
ひとまず後からついて来ているトータス號に連絡を入れる。
「ジョージは目覚めたかい?」
『あ、はい。目は覚めてるッス。でも……』
「構わないよ、戦力として当てにしているわけじゃない。話を通しておくから、あの人工天体……トラルタンに向かってくれ」
『分かりましたっ』
リズが安心したように答えた。荒事に慣れているとはいえ、戦争とは別。見渡す限りの大船団同士の戦闘では、彼らを表に出す必要性は薄い。
『待て。キャプテン……俺はやれるぞ』
「必要ないさ。君の仕事は一旦終わりだ。今はトラルタンに入って、体を休めるべきだよ」
『だが、この戦闘の原因は……』
「原因はさっき落とされた破壊弾頭だよ。明らかに連邦に喧嘩を売ったからね」
もしかすると連邦とタールマケの船団の闘争は、自分が原因だとでも思っていたのだろうか。
原因のひとつとしては確かにあるかもしれないが、そこまで重要な要因ではないのも確かだ。
「君が今すべきことは、ミズ・タルミラとカルロス氏の安全を確保することじゃないかな?」
『あんたは……いつだって言い返せないことを言う』
「そりゃ、君だってそうすべきだと分かっているからだろうさ」
『……分かった。後は頼むよ』
「任せておきたまえ」
カイトはトータス號との通信を打ち切ると、この船団のどこかにいるだろうァムラジオルに通信を求める。
『カイト
「ええ。ァムラジオル代表は?」
『すぐ繋ぎます!』
分からないならば、本営であるトラルタンに繋ぐ。スタッフも慣れたもので、すぐにァムラジオルとの中継を繋いでくれた。
『カイト三位市民。ご無事で何より』
「いえ。セガリ・ググが落とした破壊弾頭は地表に着弾する前に全弾迎撃しました。地上の知性体たちへの影響も軽微でしょう」
『やはり、まったく影響なしとはいきませんでしたか』
「後で報告書を上げますが、セガリ・ググの側についた地球人が現地の知性体を人質に取りました。当該知性体は無事に解放されましたが、僕やセガリ・ググの姿を見てしまっています」
『……なるほど。個体、あるいは群れの特定は可能でしょうか』
「ごく微量の思念受容体の破片を持たせています。宝物と思えば持ち帰って飾るなりするでしょう。反応は追えますかね?」
『確認させます。少々お待ちを』
持ち帰らずに捨ててしまう可能性もあるが、それならば墜落地点付近の知性体全てに記憶消去の処置が行われることになるだろう。カイトが手渡した思念受容体を持ち帰っていれば、対応が楽になる。その程度の工夫だが。
ァムラジオルからの返答は早かった。
『地上にふたつ、微量な反応があります。体毛のない知性体の集落と、体毛の多い知性体の集落にありますが、間違いないでしょうか』
「ええ。その種族の子供ふたりが対象です。出来ればあまり手荒な対応はしないでいただけると」
『もちろんです。場所が確認出来ましたので、一部の記憶消去措置で済ませることが出来そうです。カイト三位市民の機転に感謝いたします』
その地域の種族を疫病に見立てて皆殺しとか、そういった対応にならなくて良かった。カイトは安堵の息をつく。
さて、次だ。
「トラルタン4で、地球人を三名保護しました。人工惑星に向かう船に乗っていますので、対応をお願いします」
『分かりました』
「セガリ・ググは逃げ去りましたか」
『いえ。彼の乗った船は船団に収容されました。それが何か』
「いえね。落とし前をつけなくちゃあなりませんので」
通信を終えて、カイトはクインビーの船首をタールマケの船団の方に向けた。
ジョージ達はこれで安心だろう。あとはタールマケの船団がどこまでやるつもりなのか、だ。
トラルタン4に更なる攻撃を加える可能性も捨てきれない。カイトはタールマケの船団をきっちり殲滅する覚悟を固めた。
***
「破壊弾頭、反応なし」
「……まずいな」
船は船団後方の旗艦に収容された。旗艦に降りる直前、部下からもたらされた報告にセガリ・ググは思わず嘆息した。これはまずい。実にまずい。
破壊弾頭は間違いなく撃墜された。キャプテン・カイトが上がってくる。セガリ・ググは急いで旗艦のブリッジに向かうと、船団長に問いかけた。
「おい、船団の撤収予定は」
「これはセガリ・ググの旦那。連邦の船団に痛打を与えて、あの星から多少の資源を獲得しないと戻れませんや。お分かりでしょう?」
「それは分かっている。だが、今回は緊急だ。旦那様への報告は俺の方で済ませる。お前たちの責任問題にはしないから、急いで撤収の準備を」
「はあ。それなら構いませんが……何事で?」
「連邦のキャプテン・カイトと鉢合わせたんだ。破壊弾頭は全て迎撃された。もうすぐ上がってくるぞ」
「そりゃ、一大事ですな」
船団長はセガリ・ググの言葉に緊張感を示したが、船団への後退指示は出さなかった。臆病風に吹かれるような者でも、セガリ・ググが危険視する相手を軽く見るような性格でもない。視線を強めると、船団長は静かに首を振った。
「我々はここで戦うしかねえでしょう。ここで逃げちまえば、あの恐ろしいキャプテン・カイトが旦那様の御座所までやって来かねませんぜ」
「!」
見落としていた。セガリ・ググは頭を抱えつつも、それを否定しなかった。確かにあのアースリングであればするだろう。間違いなく、タールマケが危険だ。
船団長の言うとおり、ここで玉砕せざるを得ない。いや、戦闘艇で一対一の状態にすればなんとかなるか。そう思って顔を上げると、船団長の寂しげな、それでいて誇らしげな視線に気付いた。
「駄目ですぜ、セガリ・ググの旦那。キャプテン・カイトはそれで収まるかもしれませんが、連邦はさっきの破壊弾頭の件で完全にこっちを敵視しとります。戦闘艇で出たとしても、結果は変わりませんや」
「す、すみません隊長! まさかこんなことになるなんて……」
「いや、許可を出したのは俺だ。責任は俺にある……が」
ついて来ていた部下が、顔を覆って悲鳴を上げた。だが、そうではない。
タールマケの判断を優先して止めなかったのはセガリ・ググ自身なのだ。是が非でも止めておくべきだった。
「船団長。命のバックアップを取っていない乗組員たちを、後方に逃がせ。船長クラス辺りはバックアップを取っていたよな?」
「ええ。しかしよろしいので? 勝ち目がまったくなくなりますが」
「キャプテン・カイトが上がってくる以上、元々勝ち目はない。船は替えが効くが、社員の替えは効かん。旦那様の悪癖も、これで多少収まってくれれば良いと思おう」
船団長は仕方ありませんな、と息を吐いた。
タールマケの悪癖は、内外に既に知れ渡っている。希少な知性体を食べてみたいという欲求を抑えられないのだ。人格にも手腕にも優れる傑物タールマケの、唯一の難点がこれだった。
大量の船と、その責任者の命。連邦製の蘇生装置は責任者の命を取り戻してくれるが、その際にかかるコストも大きい。
キャプテン・カイトというアースリングの守護者が存在することを知りながら、タールマケは耐えることが出来なかった。今回の損失は、それによって起きる。
「連中を逃がすためには、この船を前に出さないといけませんな。命のバックアップがある者以外は降りるように通達します」
「頼む」
先程まで自分がいた惑星を映しているモニターをじっと見ながら、セガリ・ググは思わず身を震わせる。
上がって来る二隻の船が見えた。無傷だ。
生まれて初めて感じるこの感情。これが恐怖か。
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