だが地上には奴がいるのだ
カイトがセガリ・ググの乗った船を見送っていると、その視界に割り込むように見慣れた船が飛んできた。クインビーだ。
『キャプテン、お疲れ様です』
「そっちは終わったかい、エモーション」
『はい』
それは何よりだ。視線をずらすと、こちらに向かってくるトータス號が見えた。
トータス號の天頂部から、いささか見飽きつつある男が身を乗り出していた。何やら慌てた様子でこちらに何かを訴えかけているようだが。
「おい、キャプテン! あいつら逃げるぞ!」
「いいんだよ、逃がしたんだ」
「俺なら撃ち落とせる、任せてくれ!」
「よせ。今はその時じゃない」
サイオニックランチャーを右手に嵌めて喚くジョージを止める。何故止めるのか分からない様子だったが、強行しようとはしなかった。無事に返すと約束した以上は、撃たせるわけにはいかないのだ。
「この星の環境を護るために、彼らの撤退を許したんだ。彼らをこの星から無事に帰す義理がある」
「甘いんじゃないか。あいつらは感謝なんかしないぜ」
「そうかもしれないけど、約束だからね」
カイトにとっては、連中の生死よりもトラルタン4の生態系にこれ以上の悪影響を与えないことの方が重要だ。ジョージがサイオニックランチャーを使うのは、予想ではまだちょっと早い。
そういえば、何故セガリ・ググの名前に聞き覚えがあったのか確認していない。こういう時に役に立ってくれるのがエモーションだ。
「エモーション。セガリ・ググの罪状を教えてくれるかい」
『はい、キャプテン。セガリ・ググは人身売買の組織に所属していた折、商品である種族の希少性を高めるために虐殺行為を働いた記録が残っています』
「そりゃ凶悪だ。ということは、指名手配は連邦だけじゃないね」
『はい。連邦と公社、それ以外に四つの組織から指名手配を受けています』
なるほど、犯罪界のVIPみたいなやつだ。となると、タールマケがその身柄を確保するのに船の一隻程度で来るはずがない。
予想が当たりつつあるのを感じながら、豆粒程度まで小さくなった船を見る。わずかな違和感も見逃さないように。
『この惑星の外には、タールマケの船団がいるかい?』
「はい。人工惑星トラルタンの船団と睨み合っています」
「……そりゃ、最悪だ」
駄目だ。最悪の予想が的中することを確信するのとほぼ同時に、船から何かが剥離したように見えた。十中八九、こちらへの物理的な口止めだ。
「エモーション。落下物の予定進路を」
『了解』
「ジョージ!」
カイトはクインビーの台座部分に飛び乗ると、トータス號の真横に船体を浮き上がらせた。
船の中から操作していないことにジョージが目を剥くが、今はそれについて説明している場合ではない。
「船から落ちてくる物体がある。見えるかい」
「落ちてくる物体? ……ああ、見えてきた。結構あるな」
「悪いけど、あれが地上に着弾する前に全部破壊する。手伝ってほしい」
『キャプテン。落下物のスキャン終わりました。破壊弾頭です。触れたものを分解しますので、実弾である働きバチとは相性が悪いです』
「積層展開で地上への被害を止めるのは可能かい」
『弾数七。現在の働きバチの総量では無理です。ミスター・ジョージのサイオニックランチャーでの狙撃を要請します』
「というわけだ。頼めるかい」
「七発だって? さすがに全部撃ち落とすのは難しいと思うんだが……」
サイオニックランチャーは、使う人間の精神力をエネルギー源とする光線銃だ。カルロスを保護するまでの間に本人に確認した情報によると、フルパワーで発射すると装着した拳が反動で焼失するのだとか。痛覚を遮断しているので痛くはないそうだが、精神と拳の再生まで使い物にならなくなるとも。
本人の精神の充実によって船をも破壊する威力が出る一方で、性質上連射には向かない。そんな武器らしい。
いざとなれば交替で使うことも視野に入れていたが、拳を失うのは嫌だ。カイトの身体改造では、欠損部位を再生するほどの回復能力は備えていない。
「エモーション。ジョージのサイオニックランチャーの解析は?」
『済んでいます。リミッターを解除しますか』
「リミッター!?」
『はい。キャプテンと違い、ミスター・ジョージの超能力はエネルギー係数が高くありません。その分を内部機構で補っている状態です。そのため、拳を焼失するほどの熱エネルギーが反動として発生しています』
何故カイトではなく、ジョージの方がリミッターの存在に驚いているのだろう。もしかすると、リミッターの存在を聞かされていなかったのだろうか。そうなると情報が意図的に遮断されたと見るべきだが。
破壊弾頭は徐々に近づいてきている。最高高度に設置した働きバチがそれぞれの弾頭と接触する。障壁によりしばらく耐えていたが、その障壁が分解されたことで突破されてしまった。十五秒ほど稼げただろうか。
とはいえ、重力による加速をリセット出来たのは大きい。次の働きバチを動かしながら、リズに確認する。
「ミズ・タルミラ。サイオニックランチャーのリミッターはどういう仕様かな」
『……リミッターを解除すれば、熱排気による肉体の焼失は避けられると思います。ですが、サイオニックランチャーが必要とする精神エネルギーも桁外れに増えます。私はリミッター解除には賛成できません』
「な、君は知っていたのかガール!? どうして」
「それ以上はやめておきなよ。君の心に致命的なダメージを与えかねないから黙っていたんだ。いい相棒じゃないか」
「しかしだな……!」
「エモーション。リミッターを解除した場合、何秒間ならジョージは耐えられそうかね」
『五秒、と言ったところかと』
「それなら問題ないね」
カイトはエモーションの判断を疑わない。五秒の間で破壊弾頭を全て撃ち落とせば良いだけだ。
「それじゃあジョージ。一旦リミッターを解除する。五秒以内に七発を打ち落とすとしようか」
***
五秒で七発を撃ち落とす。方法論として考えられるのはいくつかある。
一。五秒間発射し続け、その間に破壊弾頭を破壊するように腕を誘導する。
二。一瞬ずつ発射させて、七つを撃ち落とす。
三。無理のない距離まで近づいて来たところを撃つ。
「……どれも単独ではリスクが高いね」
ひとつめ。少しでも誘導がずれたらアウト。やり直しは効かない。
ふたつめ。一瞬だけフルパワーで撃つという器用な真似が出来るか未知数。
みっつめ。うっかり外したら致命傷。
「や、やってやらあ!」
「まあ、出来るだけ難易度を下げるようにこっちも工夫するさ。エモーション、今のうちにリミッターを外してくれるかい」
『了解です。サイオニックランチャーに干渉します』
『ま、待ってください!』
リズが悲鳴を上げるが、カイトは意図的に無視した。エモーションが船の中から出るように操作し、働きバチで抱えてジョージの横へ。
その間にカイトは残りの働きバチに指示を出す。破壊弾頭の軌道上に配置していた働きバチが一斉に動き出した。
落下に干渉させる際に角度を作り、弾頭が少しずつクインビーとトータス號に近づくコースを取るように誘導する。
出来れば弾頭同士を干渉させたいところだが、そこまで上手くいくことは望んでいない。今求められているのはベストよりもベターだ。
「お、おお……なんかすっごく吸われる……!」
「気を確かに持ってくれよ。出来るだけ近づけた。あとは君の腕次第だ」
かなり弾頭が近づいてきた。地表に近いクインビーからでも、弾頭の形がはっきりと分かる程度には。
「よし、行ける……!」
「撃て!」
サイオニックランチャーを構えたジョージが吼える。だが、その声は発射の轟音にかき消されてカイトの耳には届かなかった。
純白の光が銃身から放たれる。ぐるりと腕を振り回すことで、次々と弾頭を飲み込んでいく。
『全弾、撃墜! 撃ち漏らしはなしです!』
「おふっ」
『旦那!?』
リズが金切り声を上げると光線が止まり、がくんとジョージの腕が落ちた。
『照射時間、四秒フラット。メンタルの数値に乱れがありますが、命に別状はありません』
『よ、良かった……』
こんな時にも冷静なエモーションの声が、リズには大層心強かったようだ。
回復にしばらくかかりそうなジョージが船内に収容されるのを眺めながら、カイトは視線を地上に向けた。
「この星が無事なのは君のお陰だ。よくやってくれたよ、ギャラクシィ・バイパー」
後は落とし前をつけるだけだ。
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