約束は儚く

 迎えの船の中で、セガリ・ググはようやく一息ついた。

 全身が痛む。用意されたソファに体を預け、天井をぼんやりと見上げた。


「随分と傷が多いですね、隊長」

「きつい相手だった。どう頑張っても勝てないと思わせる相手ってのは初めてだったよ」


 声をかけてきた部下に、掛け値なしの本音を吐き出す。部下は強気なセガリ・ググの憔悴具合に驚いている。それほど消耗したということだ。あと少しでも船の到着が遅れていたらおそらく終わっていた。そんな確信がある。

 ダミアンは下が気になるようだ。ちらちらとモニターを見ながら、不安そうな顔を見せる。


「ボス。このまま俺たち、逃げ切れますかね」

「ああ。キャプテン・カイトが自分の名前で約束したんだ。船団への合流は間違いなく出来る」

「名前って……偽物でしょ? タイトとか呼ばれてたじゃないっすか」


 同じ地球人だというのに、この見る目の無さは何なのだろうか。

 セガリ・ググは喉を鳴らしてダミアンの言葉を否定した。


「あの男は本物だよ。本物のキャプテン・カイトだ。気づかなかったのか」

「そんな!? う、嘘だ。そんなわけない」


 信じていない。いや、信じたくないのだろう。

 それはそうか。ダミアンはセガリ・ググの手伝いをしたのだ。連邦へ移住する目はなくなったと見て良い。あるいは、本物だと思わずに連邦には行かないと返事をしてしまったか。こちらを大声で呼びつけたのだ、あり得る。

 ダミアンの顔色が悪い。おそらく頭の中ではどうにか良い抜け道を探そうと考えているのだろう。下手なアイデアでは逆効果だと思うが。


「惑星の大気圏を突破します」

「そうか」


 モニターに視線を向けると、言葉のとおり景色が色を失いつつあった。

 心配してはいなかったが、あの男は約束を守ったようだ。軌道上には見慣れたタールマケの船団と、連邦の船団。

 連邦の観察惑星にタールマケの船団が近づいたのだ。連邦が船団を展開するのは不自然ではない。だが、セガリ・ググは無数の連邦の船団より、地上にいるたった一人のアースリングの方が恐ろしいと思えた。

 と、部下が当然のことのように口を開く。


「それでは、破壊弾頭を投下します」


 表情が強張る。セガリ・ググは、存在そのものがタールマケにとっては致命的な弱点になり得る。それでも自分を傘下に迎え入れたその度量に、心からの忠誠を誓ったのだ。

 普段であれば、破壊弾頭の投下に何の感慨もなかっただろう。むしろ、自分の価値を認めてくれるタールマケに感謝すらしたはずだ。だが、今回ばかりは。

 名に懸けて安全を約してくれた、カイトというアースリングの心遣いを無にする行為。

 タールマケへの忠義と、カイトへの申し訳なさ。胸の痛みに気付かないふりをして口を開く。


「……投下するなら、盛大にばら撒け。一発二発じゃこの船ごと一緒に撃ち落とされるぞ」

「はぁ?」

「下にはあのキャプテン・カイトがいる。本気で証拠隠滅を図るならすぐやれ」

「分かりました」


 おそらく、あのアースリングの本当の恐ろしさは、実際に対峙してみないと分からない。首を傾げながらも素直にありったけの破壊弾頭を投下する部下。セガリ・ググはそれでも不安を覚えてモニターを見据えるのだった。

 キャプテン・カイトならばあるいは、その全てを迎撃してしまうのではないだろうか。


***


 時間は少し遡る。

 ァムラジオルが乗ったトラルタンの旗艦は、人工惑星トラルタンの全戦力を従えてタールマケ船団の前に立ちはだかった。


「通信を」

「了解」


 まずは通信を送る。相手方も連邦を全面的に敵にしたいとは思っていないはずだ。思った通り、タールマケ船団の旗艦は通信に応じる姿勢を見せた。


『連邦の皆様、お初にお目にかかります。私はタールマケ商会のイルフィヴ。この度はお騒がせしてまことに申し訳ありません』

「連邦のァムラジオル四位市民ダルダ・エルラです。恒星系トラルタンは連邦の観察下にあります。未開惑星への干渉を行おうというなら、我々は貴船団に対応しなくてはなりません」

『もちろんです。私どもタールマケ商会に、連邦および連邦の観察惑星への干渉の意図はありません。ですが、先ごろ弊社の所属船舶がこちらの惑星に不時着したという連絡を受けました。私どもは社員の人道的救出のために、このように出てきた次第です』

「それにしては過剰な数の船をご用意されているようですが」

『連邦の皆様に密航の類と疑われては堪りませんからね。ただでさえ弊社は、世間の皆様から少々良くない形で認知されているようですから』


 どちらも口調だけは和やかだ。しかしそれぞれ戦力を背にした主張、平和な対応とは程遠い。

 だが、ァムラジオルはこちらの分が多少悪いことを自覚していた。イルフィヴの主張は連邦としても批判しにくいものだったからだ。たとえ建前だったとしても、救出という目的を認めないわけにはいかない。

 ここでセガリ・ググの名前を出して良いものか、少しだけ迷う。


「タールマケ商会の主張は分かりました。連邦は皆さんの人道的配慮に賛同します。ところで、連邦の未開惑星への考えはご存知かと思いますが」

『もちろんです。迎えの船は一隻だけ下ろします。遭難者を救助ののち、速やかに惑星から撤収することをお約束しましょう』

「……分かりました。それでは一隻のみ、降下を許可します」


 ここでセガリ・ググの名前を出せば、タールマケ船団は証拠隠滅のために地上を爆撃しかねないと判断した。セガリ・ググを匿っていると知られれば、どちらにしても連邦や公社から敵視されるからだ。どうせ敵対することになるなら、混乱を広げようと思っても不思議ではない。


「そういえば乗組員の素性を聞いておりませんでしたね。この恒星系で戦闘行為を行っていたので、確認しておかなくてはなりません」

『っ! そ、そうですね。弊社代表の乗船を破壊したかどで追跡しておりました。アースリングを捕縛するためにね』

「ほう、アースリング。それで、そちらの船の乗組員は」

『え、ええ。なかなか捕まえられませんでしたので、こちらも雇用していたアースリングを乗せていました。船の操縦クルーは弊社のスタッフですよ』

「そうでしたか。生存は確認できていますか?」

『はい。どうやら全員無事のようで』

「それは何よりでした。それでは、お気をつけて」


 乗組員の話を打ち切ったところで、イルフィヴはあからさまに安心したような表情を見せた。隠し事の内容をこちらが知らないと思ったのか。あるいは、知らないことにしたと判断したと察したか。

 やはり船団の目的は、アースリングの救出よりもセガリ・ググの確保だ。

 カイトのことや追われていたアースリングのことは話題にもならなかった。地上と連絡までは取れていないらしい。

 通信が完全に切れたのを確認して、ァムラジオルはスタッフに指示を出した。


「今すぐカイト三位市民エネク・ラギフの様子をモニターに出してください」


***


 降下した船が言葉どおりにすぐ上昇してきたことで、ァムラジオルはひとつ面倒が終わりつつあることを感じていた。

 だが、その安堵は長続きしなかった。スタッフの緊張感ある声が響いたからだ。


「代表! タールマケの船から物体が複数投下されました!」

「……は?」


 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。物体の投下?


「待て、何を言っている。物体投下だって?」

「巧妙に船の部品に偽装されていますが、この反応……破壊弾頭です!」

「何ッ!?」


 接触したものを問答無用で分解してしまうのが破壊弾頭だ。その破壊総量は弾頭の質量に比例するが、大気圏内部で行われると、分解現象の影響で地表に多大な影響が出る。棲んでいる生命体など一網打尽だろう。

 ァムラジオルはタールマケの暴挙に、自分自身の対応が致命的に遅れたことを理解した。いや、投下されたのが確認された時点で、最早トラルタン4への対応は間に合わなかっただろう。

 となると、次に向こうが採る行動は一つしかない。


「戦闘準備ィーッ!」


 ァムラジオルはモニターの向こう、主砲の発射準備を整えたであろうタールマケ船団を睨みつけながら、吼えた。

 あまりにも短慮に、そしてまっすぐに。犯罪商社タールマケは人工天体トラルタンに関わる一切を撃滅すると決めたようだ。

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