ノーコンテスト

 ダミアンが子供リザードマン(仮)の首に指をかけた。このまま絞め殺しても良いのだぞという意思表示なのだろうが、カイトに対しての人質としては意味が弱い。

 あまりにも分かっていない様子に、誰よりセガリ・ググの方が呆れた様子だった。心なしか肩を落とし、ダミアンを止める。


「止せ馬鹿。そのチビはそのまま押さえておけ」

「何でだよボス!?」

「そのチビを殺すって言って、このアースリングが止まる理由がどこにある」

「どこにって、それは……あれ?」


 ダミアンも言っていて分からなくなったのだろう。安易に正義感などと言わない辺りには好感が持てなくもない。

 はあ、と溜息ひとつ。異星人にも溜息という概念があるのだなとうっすら感動しつつ、セガリ・ググの説明するに任せる。


「連邦サマはな、未開惑星には干渉しないのがルールなんだ。あんまり文明の色を見せたくないんだと」

「はあ。それがどうしたんで?」

「要するにだ、そこのチビに文明のあれこれを見せると、この星の連中の成長が歪むっていうんだな。チビが見ている間は、そう無茶はしない……と、思うんだが」

「ま、これは科学ってワケじゃないしねえ」

「そうなんだよなァ!」


 説明の間に十分に赤熱化を済ませた石礫を、セガリ・ググに向けて発射する。

 さすがに続けての直撃は危険だと判断したのか、なりふり構わず逃げ回る。結局背中をいくつか掠めた程度で痛打とはいかなかった。

 カイトは特に子供リザードマン(仮)への対応を考えてはいなかった。対応するのが一人や二人であれば、トラルタンのスタッフが何とでもするだろう。戦闘では常に躊躇した方が負ける。セガリ・ググへの攻勢を弱めるつもりはない。


「ぼ、ボス!?」

「うるせえ、ちょっと黙ってろ!」


 距離がある限り勝ち目はないと認識したか、カイトが三度石を拾い上げる前に突進してくるセガリ・ググ。カイトは障壁に向けるイメージを作り変えつつ、前面に展開する。

 衝撃音が響き、セガリ・ググが止まる。衝撃がもろに跳ね返ったようで、ぐらりと頭が傾いだ。


「ごっ……は。てめえ、一体どうやって」

「なに、簡単なことだよ。今回の障壁はね、ちょうど君の足元に伸びているんだ」


 厳密には、プラスの記号のように展開したという方が正しい。ぶつかった衝撃で動いたりしないように下を地面に突き刺しているのだが、わざわざ丁寧に説明してやる義理もない。

 ヒビの入った肩の傷から、体液が漏れている。余程の衝撃が返ったのだろう、セガリ・ググは態勢を整えることも出来ないようだった。


「さて、降伏するかい。それとも」

「そうもいかない事情もあってなァ」


 セガリ・ググの闘志は萎えていない。決着にはまだ時間がかかりそうだ。


***


 カルロスを連れて逃げるジョージは、時折響く破壊的な音に何度か振り返りながらも、森を抜けてトータス號へと辿り着いた。行きの半分以下の時間で戻って来られたが、現地の知性体に目撃された可能性はゼロとは言えない。

 船の修理は終わっているように見えた。少なくともトータス號の外装について作業が行われている様子はない。

 足を止めると、どっと疲れが出てくる。膝に手をついて息を整えていると、船の中からエモーションとリズが出てきた。


「旦那!」

「ああ、ガール。カルロスを連れてきたぞ」

「お疲れさん、旦那」


 やり遂げたジョージに、リズが笑顔で親指を立てた。親指を立てて返していると、エモーションが軽く首を傾げる。


「キャプテンは」

「向こうの船の船長と戦っている。名のある異星人だったみたいだ」

「名のある?」

「ああ。ええと、セガ……」

「ボスの名前はセガリ・ググだ」

「セガリ・ググ? 連邦の重犯罪者リストに名前がありますね。そうですか」


 エモーションは特に感慨も受けなかったようだ。鷹揚と事実を受け入れて頷く。

 ジョージは何だか無性にむかむかして、エモーションに厳しい視線を向けた。自分の相棒が危機に立たされているというのに、その反応の薄さは何だと言うのか。

 睨まれているのが分かったのか、エモーションがジョージをじっと見てくる。


「何か?」

「そうですか、っていうのはどういう意味だい。ちょっと冷たいんじゃないか」


 思わず言ってしまった。この冷淡な女性はどんな返答をしようというのか、身構えていると。


「その程度の相手であれば、心配するまでもないですから。キャプテンを相手にして単独で勝てる可能性を持つ個体生命を、私はテラポラパネシオ以外に知りません」

「てら……? いや、それはいい。心配するまでもないだって?」

「ええ。キャプテンがお二人を逃がしたというのであれば、単純に状況を整理したかったのではないかと。おそらくお二人を守りながらの戦闘が面倒だったという理由を推します」

「そりゃあ、俺だって足手まといだという自覚はあるがね! だからと言って――」


 あまりの言いぐさに食ってかかるジョージだったが、エモーションはそれどころではないとばかりに視線を頭上に向けた。

 思わずジョージも上を見るが、特に何かが見えるわけでもない。今度こそ怒鳴り声を上げそうになったところで、エモーションが鋭い声を上げた。


「連邦の船籍じゃない……!?」


 エモーションには何かが感じ取れているらしい。もしかすると彼女もタイトと同様に超能力を改造によって手に入れたのだろうか。

 こちらの視線には気づく様子もなく、エモーションはぴたりと空中を見据えたままだ。リズの方を見ると、彼女もまた困惑している様子だった。

 しばらく経って顔を下ろしたエモーションは、脈絡なく妙なことを言い出した。


「……理解しました。皆さん、キャプテンのところに向かいます。出航準備を」

「はぁ!?」


 駄目だ。まったくもって理解できない。ジョージはよくもこんなのと一緒に行動できるなと、ここにいないタイトに密かな尊敬を覚えるのだった。


***


 カイトが頭上の反応に気付いたのは、セガリ・ググとのにらみ合いがいい加減長引いてきた頃合だった。

 カイトはカイトで、無尽蔵のタフネスと馬力で反撃を封殺するという無茶な方針に切り替えたセガリ・ググを、どうしたものか決めあぐねていた。石ころの弾丸はかなり警戒されたようで、セガリ・ググは集中の暇を与えないように立ち回っている。

 無茶な全力突進はしなくなったが、代わりに決め手となりそうな隙もない。


「お迎えが来たようだね」

「迎え? まさか」

「連邦の船籍じゃないようだ。君達の方じゃないかな」

「……そのようだな」


 通信でも入ったのか、セガリ・ググが距離を取った。カイトの戦意がなくなったのを察したのもあるだろう。

 視線を別の方向に向けつつ、何やら早口で喋っている。こちらへの警戒も完全に忘れた様子ではないから、手慣れていると言うか。

 程なく、頭上に地味な色合いの船が降りてきた。


「ダミアン、乗れ」

「わ、分かったよボス」

「待つんだ。その子を解放してから行け」

「馬鹿言うんじゃねえ! 無事にここを立ち去るまで離さねえぞ!」


 疲れを感じさせている様子の子供リザードマン(仮)を引きずるようにして船の下に向かおうとするダミアンを制止する。喚きたてるダミアンの言い分も分からなくはないが、この事態に無関係の子供を連れて行くのを容認するつもりはない。


「解放しないというなら、あの船を今すぐ撃ち落とすことになるよ」

「てめえの言いたいことは分かった。だが、こっちの言い分も分かるだろ?」


 驚いたことに、セガリ・ググはカイトに交渉を持ちかけてきた。言外に、子供を解放するならそれに見合う対価を出せと言っている。


「いいだろう。君達がこの星を出て、自分たちの船団にこのまま戻るのであれば、僕は追わないことにする。君の素性も忘れよう」

「……保証は?」

「僕の名前に懸けて。どうだい」

「いいだろう。ダミアン、解放しろ」

「だ、だけどボス」

「黙れ。いいから放せ」

「し、知らねえぞ」


 ダミアンがおどおどしながら、子供リザードマン(仮)から手を離した。

 子供リザードマン(仮)は拘束から解き放たれたことが信じられなかったのか、カイトとダミアンを交互に見て、ふらふらとその場を離れた。


「これでいいか?」

「ああ、十分だ」

「あんた、悪くなかったぜ。こんな場所でなきゃ、いいカムザリの二十周期モノでも空けたいところだったが」

「ま、もう顔を合わせるべきじゃないだろうね、お互い」

「違いない」


 船から光が照射され、セガリ・ググとダミアンが船に収容される。

 素直に空の向こうへ去って行くその船を、カイトは油断なく見送るのだった。

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