小悪党と悪党と大悪党

 カイトはカルロスという男がどういう人間か、まったく知らない。

 だが、ジョージとリズがそれなりに善良だった以上、それを追っていた連中が完全に善良だとは思っていなかった。少なくともタールマケという犯罪商社に所属しているのだから、多少なりとも悪事に関わっているのは間違いない。

 ジョージは脅されていただけだと言っているが、それを頭から信じるほど世の中を単純に見てはいなかった。


「た、助けてくれるのか?」

「ああ。一緒にここを出よう。そして連邦に行くんだ」

「連邦? だ、だけどおれ、連邦に受け入れてもらえるかな」


 不要な心配だが、気持ちは分からないこともない。

 カイトもこれまで救助してきた地球人たちが、連邦への移住に対して不安を感じていたのを見てきているからだ。


「心配はいらない。地球人は連邦に移住する権利を持っている。今より状況が悪くなることはないと約束するよ」

「あ、あんたは?」

「僕も君達と同じ地球人だ。連邦の――」

「タイトだ。キャプテン・タイト。この星を観察している連邦の人工天体から来てくれたらしい」


 名乗ろうとしたところでジョージが割り込んでくる。会話の主導権を持ちたいのだろうが、あまり感心出来る態度ではない。

 しかし、これはこれで良い結果かもしれない。カルロスという人物の人となりを見るには無名の地球人の方が都合がいい。


「タイト? キャプテン・カイトじゃなくて? そ、そうだよな。いくら何でもそんな大物が来てくれるわけないよな」

「カルロス?」

「いや。ありがたいよ。連れて行ってくれないか。俺はまだ食われたくない」


 自分の体を抱きしめるようにして怯える姿は、彼がここに来るまで与えられたストレスの重さを感じさせた。


「おい、カルロス! 何してんだ!」

「あっ、ダミアン……」


 と、向こうから歩いて来るもう一人。ジョージも知らなかったようで、驚いた顔をしている。通信に参加していなかったのだろうか。


「てめえ、いい加減に……なんだてめえら!」

「ダミアンということは、君も地球人か」


 こちらはこちらで、随分と分かりやすい。

 犯罪組織が身に馴染むタイプだろう。間違っても仲良くなりたいとは思わせない手合い。目つきが野生動物のそれに近い。


「おかしいな、通信では名前も声も聞き覚えがないぞ」

「その声……バイパーとかいうやつか!」


 どうやら通信の時に同じ場所にはいたようだ。会話をしたのはカルロスだけ、ダミアンは少なくとも参加していないことが分かる。カイトはその時点でダミアンへの警戒感を上げた。

 じり、とダミアンが後ろに重心を向けるのが分かる。やはり、こちらに対して友好的ではない。


「カルロス、お前バイパーを押さえてろ。俺はボスを呼んでくる」

「待てよダミアン! バイパーはともかく、こっち。連邦から来たらしいぞ」

「はぁ?」

「僕はタイト。この惑星……トラルタン4を観察している人工天体から来た。地球人なら連邦に移住する権利があるが、どうするね?」

「……船は?」

「少し離れた場所だ。この星の知性ある生物にあまり干渉できなくてね」


 怪訝そうな顔で、ダミアンはカイトを見てくる。値踏みするような視線は、感じて気持ちの良いものではない。

 しばらく視線を交錯させたところで、ダミアンは駄目だなと首を横に振った。


「悪いけどよ、信用できねえわ」

「仕方ないね。連邦への移住は希望しないということでいいのかい」

「ああ。バイパーだけじゃなく、もう一人地球人を捕まえるチャンスがあると聞きゃあボスの機嫌も直るだろ。俺だって食い物じゃなくて幹部への道も開けるかもしれねえ」

「ふうん?」


 どうやらカイトとジョージは、ダミアンの眼鏡には適わなかったらしい。それならそれで仕方ない。彼は選択した。それが聞ければカイトとしては十分だ。

 カルロスは連邦への移住を希望した。この時点でカイトの役割は、ジョージとリズ、カルロスの三名を無事に連邦に送り届けることに固定されたことになる。

 と、ダミアンが後ろを振り返って大声を上げた。


「ボス! 狙ってたバイパーが近くに来てるぜ! 他の地球人も一緒だ! はやく来てくれ!」

「ちっ! カルロス、来い!」


 思った通り、引率の監視役がいたようだ。ジョージが慌ててカルロスの手を引くが、ダミアンはその様子をせせら笑うだけだ。


「馬鹿がよ! 地球人がボスに勝てるわけねえだろ!」


 油断なくこちらを観察している。成程、これは悪党だ。

 最初に船はと聞いていたのもこの為か。地球人であるカイトとジョージではボスとやらに勝てない。船が近くにあったら逃げ切れるかもしれないから、こちらに乗るという算段だったのかもしれない。

 目先の分かりやすい利益を何より優先している。連邦での安全な暮らしより、カイト達三人を売り飛ばして自分が得られるだろう価値の方が重要と。

 船の残骸がある辺りから、轟音が響いてきた。なるほど、これは重量級。


「うるせえな、ダミアン! 地球人が何だって?」

「カルロスを助けに来たってよ。捕まえ損ねた船のバイパーって奴と、そいつは知らねえ。連邦から来たとかなんとか」

「連邦だぁ? ……いや、そうか。ここは連中の監視下か」


 連邦は物好きだからな、と吐き捨てたのはカイトの倍くらいの身長はある人型の異星人だった。

 エモーションが記憶していた古典メディアの中にある、特撮というジャンルのドラマに出てきそうな見た目だ。甲冑のような装甲を身に着けているように見えるが、不思議と生物じみた殻だ。


「ちょっと蟹っぽいな」

「ぶふっ!」


 カイトの呟きに、ジョージが噴き出した。どうやら同じように感じたらしい。

 だが、異星人はその反応を意に介す様子もなく、油断なく身構えた。


「てめえ、キャプテン・カイトだな」

「えっ、バイパー。彼はキャプテン・タイトだって……」

「しっ。キャプテン・カイトってことにしておいた方がハッタリが効くだろ?」

「あぁ!」


 馬鹿。カイトはジョージとカルロスの頭を張り倒してやりたくなった。

 ふたりは小声で話しているつもりだろうが、残念ながらすべて聞こえている。身体強化を果たした異星人を何だと思っているのか。


「なんだ、違うのか?」

「……どっちでもいいさ。それで、あんたは? 地球じゃ名乗りもしないで誰か聞いてくるのは、いささか無礼な振舞いなんだけど」

「そいつぁ悪かったな。俺はセガリ。セガリ・ググだ。タールマケの旦那様の下で働いている」


 セガリ・ググ。どこかで聞いたような気がするが、どこだったか。

 こういう時、エモーションが一緒ではないのが地味に困る。宇宙に出ると覚えることが多すぎて、どうしても雑多な内容は覚えきれないことがあるのだ。

 ともあれ、聞いたことがある気がするのであれば、返す言葉は決まっている。


「セガリ・ググ。有名な人物がこんな場所にいるとはね。どうだろう、僕たちを見逃してはくれないだろうか」

「そうだな。てめえが本物で、俺の名前を聞く前ならそれでも良かったかもしれないが……」


 ぎちり。セガリ・ググの甲冑が嫌な音を立てた。


「俺が旦那様の世話になっていることが知られると、旦那様に迷惑がかかるんでな。悪いが死んでもらうぜ」

「そりゃまた、見上げた忠誠心だね」

「悪いか? 悪党には悪党の筋ってモンがあるのさ。通すべき筋は通す。そういうのを分かってねえ役立たずほど、上には上がれねえもんだ」

「悪くないさ。うっかり上に上がっても、すぐに叩き潰される。どんな世間でもそういうものだと思うよ」

「違いねえ。分かってるじゃねえの、てめえ」


 なるほど、セガリ・ググ。悪党は悪党でも、大悪党だ。

 どうしたものだろうか。少なくとも、ミッションの達成について難易度が跳ね上がったことだけは確かだ。

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