カルロスとダミアン

 カルロス・ベリアッチを一言で表すと、要領の悪い小悪党であった。

 最初に犯罪に手を染めたのは十歳になる前、置き引きだった。当時の良くない仲間に唆されて、旅行者の鞄を盗み取った。それなりに裕福だった世間知らずの旅行者は、旅行鞄に相当額の現金を持っていた。仲間たちと山分けをしてなお余る小遣いに、犯罪の旨味に染まってしまった。

 少年たちはその後もずるずると小さな犯罪を続けたが、地元のマフィアなどに所属するほどの度胸はなく。成長して中途半端な小悪党となった彼は、自分の現実に不満を漏らしながら、スリや小規模の窃盗などの犯罪で食いつなぐ日々を送る。

 地球という星が何を原因として滅びに向かったのか、彼には何も分からなかった。だが突如として世の中は加速度的に壊れ始め、いつしか生き残った誰もが等しく世界の終わりを実感するようになった。

 カルロスはそんな時でもなお、自分の境遇を呪いながら生き足掻く。もともと半端に食いあぐねていた彼は、社会が崩壊しても生活に大した影響を受けなかった。救いを求めて彷徨う人々に交じることなく生きていた彼は、ある時楽園の存在を耳にする。

 箱舟の港。そう呼ばれた場所を目指して歩いて数ヶ月、どうにか生きて港への到着を果たす。最初の十万に選ばれて空を翔ける船に乗った日、彼は初めて自分が幸運な人間だったと思うのだった。


***


「……どうしてこんなことに」

「どうしたァ、相棒? 嘆いてないで早く食い物見つけろよ。ボスにまた殴られたくねえだろう?」


 相棒のダミアンの軽口には答えず、カルロスは木に止まっていた甲虫を鷲掴みにした。

 カルロスが奉公先として売り飛ばされた先は、そんなに悪くない場所だった。最初は奉公なんて続かないと思っていたカルロスが、一生をそこで過ごしても良いかと思う程度には。

 しかし、タールマケに目をつけられたことで商売が立ち行かなくなった奉公先の主人は、タールマケの悪評を知っていながらカルロスを売り飛ばした。売られたのは残念だったが、同じ立場であれば自分でもそうしただろうからあまり腹は立たなかった。最初だけは。


「お、巧いじゃねえか。じゃ、これは俺が預かっておくからよ。次を頼むぜ」

「嫌だ」

「あン?」

「数が揃わなかったら、自分の分にして手柄にするんだろ? これは俺が持って行くから、お前は自分の分は自分で探せよダミアン」

「ちッ……。こないだは悪かったって謝ったろ? 次はそんなことしねえからよ」

「……嫌だね」


 タールマケの美食趣味の食材として売られたと知った時は、泣き喚いて錯乱したものだ。それを知って自分を売り飛ばした元の奉公先への感謝は、程なく恨みに塗り潰された。その時に知り合ったのが、同じ境遇のダミアン・シグムントである。

 似たような境遇のダミアンとは最初は不思議とウマが合った。食糧とされるまでの日々を慰め合いながら過ごすうち、しかしカルロスは自分とダミアンとのの決定的な違いを理解する。

 ダミアンは邪悪なのだ。自分などよりずっと。

 今の謝罪の言葉も、ただの言葉だけ。同じことが起きたなら、間違いなく同じように彼は自分を売るだろう。そしてまたへらへらと誠意のない謝罪を口にするのに違いない。

 セガリ・ググという異星人の下につけられて、地球人狩りをさせられるようになってからもそうだ。ダミアンは巧みに自分を売り込み、カルロスが一番の下っ端のようになってしまった。

 決して要領の良くないカルロスは、セガリ・ググの機嫌の悪い時によく殴られる。そういう時もダミアンはいつだって巧いこと身を躱して、カルロスに悪いことを全て押し付ける気だ。そう、いつだったか置き引きをしていた幼い自分を警官に売った兄のように。


「ついてねえ。本当についてねえよ」

「本当に悪かったって。なあ――」


 悪徳の場所というのは、地球も宇宙も大して変わらないということに気付く。

 強い者への忍従、弱い者への過剰な仕打ち、そして誰にも絶対に心の底まで気を許さないということ。


「おい、いつまでかかってんだ役立たずども! 食い物はまだかよ! さっさと持ってこねえと、てめえらこのまま叩き殺して旦那様の餌にするぞ!」

「ひえっ!」

「く、くそっ!」


 ダミアンがカルロスの持っていた甲虫を奪い取り、走り出す。


「わ、悪く思うなよカルロス!」

「ダミアン、てめえ!」


 追いかけようとするが、脚はダミアンの方が速い。早々に諦めて次の虫を探すことにする。どうせ――


「まだこれだけしか捕まえてねえのか!」

「ぎゃあっ!」


 あれだけ怒っているセガリ・ググのことだ、誰かを殴らなければ気が収まることがないことを、殴られ慣れているカルロスはよく知っていたのだから。


***


「てめえ、分かってたろ」


 恨みがましいダミアンの視線を無視して、虫集めを続ける。

 ダミアンという男は、こういった小さな恨みは絶対に忘れない。地球で最初に殺した相手がどうのこうのという武勇伝を語っていた時に、そんなことを口にしたから覚えている。

 自分で勝手に奪っておきながら、殴られれば恨みに思う。逆なら自分もダミアンを恨むだろうから、恨まれるのは特に気にはならない。

 重要なのはいつだって、自分が殴られないことだ。とにかく巧くやり過ごして、自分に被害が来ないように立ち回る。それは結局、ダミアンであれカルロスであれ変わらない。

 ぶちぶちと不満を漏らしながら、今度こそ同じように虫集めを始めるダミアン。

 大丈夫だ。自分の安全が確保されない限り、ダミアンが自分を殺すようなことはない。あるいはセガリ・ググを言葉巧みにけしかけるかもしれないが、船が墜落してしまった今、あれだって自分を殺したりはしないだろう。


「ここを出たら絶対に仕返ししてやるからな。覚えてろよ」

「どうせいつかはあのクソ宇宙人の餌だぞ、俺もお前も。お前に俺を殺す事なんて出来ねえよ」

「そうだな。だがよう、知ってるか?」

「何を」


 思わせぶりな言葉に振り返ると、ダミアンはひどく嫌らしい顔でこちらをにまにまと見てきた。


「タールマケってやつはよ、何しろ好きなモノは何度でも食いたい性格なんだとさ。だからよ、一度喰うって決めたもんは何度も再生させて食うんだそうだ」

「再生?」

「聞いたことあるだろ、蘇生装置とかいうやつ。死んだ人間を元のまんまに生き返らせるって」

「ああ。ただの噂だろ? どこかの宇宙人なら作れるかもしれないって噂話だって聞いたぞ」

「それがタールマケのところにあると言ったらどうよ」

「はぁ?」


 嫌な笑みは消えない。

 ダミアンはその話をある程度、信じているというのが感じられた。セガリ・ググから聞いたのだろうか。


「タールマケはサディストだからよ、殺した奴が生き返ったところで、調理中のそいつを見せるんだってさ。生きていた時のお前はこうだ、次はこうして食おうって言いながら食ってみせるんだと」

「おい、止せよ」

「自分だったものが食われる様を見せつけられながら、次の食い方を説明される。次も、その次も。タールマケが食べ飽きるまで繰り返されるんだってよ」

「止せって!」


 自分が食われる様子を見せつけられる? それが繰り返される? 悪夢にしたってそれよりいくらか上等だろう。

 ダミアンは嫌がる様子のカルロスをにやつきながら見ていたが、ふと表情を消して断言した。


「てめえが先だ。どんな手を使ってでも、タールマケの餌にてめえが選ばれるようにしてやる。俺は恨みは忘れねえからな」

「うるせえよ」


 怖気が走る宣言。視線を逸らして立ち上がる。ダミアンが怖くなったというわけではない。セガリ・ググが再び怒り出す前に、虫を集めなくてはならないだけだと自分に言い訳をしながら、距離を取る。

 ダミアンが見えなくなって、少しだけほっとしたカルロスは虫を探そうと身を屈めようとして――


「おい。あんたがカルロスか」


 かけられた言葉に動きを止めた。

 聞き慣れた地球の言葉。ダミアンとは違い、深く低い声。

 最初は幻聴かと思った。だが、声には聞き覚えがある。墜落する前、通信していた男の声。

 聞こえてきた方を振り向くと、上背のある、がっしりした体格の男が立っていた。夢じゃない。


「そ、その声。あんたまさか、バイパーか」

「ああ。カルロス、助けに来たぞ」


 その裏表のない笑顔を見て、カルロスは何故だか目頭が熱くなった。

 しかしそれでも。目の前の相手をどうしても信じきれない自分の心を、とても恥ずかしく思った。

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