現地知性体、発見

 原始文明、と聞かれて思い浮かべるのは何だろうか。

 獣の皮を身に着け、石器で獣を追いかける原始人? あるいはそれ以前の頃?

 さて、カイトは自分が理解していた『原始文明』というのが、要するに地球人類を基準にしたものだというのをはっきりと自覚していた。


「はー……原始ってこういうことかぁ」


 木の上から、争い合う二種類の生物を眺めながらぼんやりと呟く。

 地球人の祖先だって、そういえば似たような姿の同族を駆逐したか血を混じえたかして版図を広げたのだったなと思い出す。そんな中に、別の知的生物がいたかもしれないし、そうでもなかったかもしれない。

 眼下で争っているのは、蜥蜴の頭に人の体を持った種族と、牛の頭に人の体を持った種族。あくまで頭部の形状が地球の生物に似ているというだけで、安易にリザードマンとミノタウロスと表現していいものなのかどうか。


「宇宙に出てみたら、他の惑星は原始ファンタジーの世界でした、だって? 三文小説にもなりゃしない」


 隣のジョージは、何やら圧倒されているかのように眼下の光景に見入っている。

 カイトはふと、ここにゴロウを連れてきたら喜んだだろうなと益体もないことを思った。

 さて。リザードマン(仮)とミノタウロス(仮)だが、現状ではどちらが有利・不利ということはなさそうだ。体格的にはほぼ互角。粗末な石器を使っているところを見ると、文明の進度も大差はないとみえる。


「どっちかにいきなり高い文明が伝わったら台無しだな、これ。連邦の皆さんが干渉を避けるわけだ」


 あくまで自然な形で文明の発展が起きてどちらかが淘汰される。それこそが健全な進化であり、そこに人為的な手を加えるべきではない。テラポラパネシオたちがそれを禁忌としたこと、その意味を実感として理解出来た。

 自分たちが今、このようにしていること。それ自体はディーヴィン人の無法の結果ではあるのだ。自分たちの祖先は機会を奪われたのか、導かれたのか。

 あるいはこの二種類のどちらかのように、自分たちとは価値観も生態も異なる隣人がいたらどうだったろうか。彼らのように争っていたかもしれないし、あるいは共存して新しい文明を生み出していたかもしれない。


「猿が支配していたとは限らない、か」


 いや、そもそも地球がもしもディーヴィンの手ではなく、地球自身が生み出した生命を発展させていたら。

 今を生きていることの罪深さを突き付けられたような気がして、カイトはその考えを振り払った。償うべき相手は生まれることすら出来なかったのだし、償いようもない。そして、自分たちも巻き込まれた被害者なのだ。

 ディーヴィンという連中の罪深さを改めて自覚しつつ、この星にはいかなる意味でも干渉すべきではないと思いを新たにするのだった。


***


 少なくともこの場所にはカルロスという男の痕跡も船の残骸もない。本人がいる様子もなかった。戦場となっている原野は遮蔽物はなく(だからこそ両種族の戦場になっているのだろうが)、そのまま突っ切るわけにもいかない。

 迂回して別の場所から移動しようと、斜め下で戦争の様子を眺めているジョージに声をかける。


「ここは通れないな。行こうかジョージ……ジョージ?」

「すげえ、すげえよ」


 どうやらジョージは、おそらく初めて見る異種族同士の戦争シーンに興奮しているようだった。


「なあ、キャプテン! すげえな。ムービーなんて目じゃねえ、リアルがある! すげえよ、浪漫だ」

「そうかい」


 拳を握り締めて、目を輝かせるジョージ。根は善良だが、こういう争いに目を輝かせている辺り、少々緊張感が足りない。地球にいる頃は、もしかするとインドア派だったのではないだろうか。

 まずは落ち着かせないといけない。カイトは戦場の一部に指をやった。


「そうだな、リアルだ。あそこで死んでいるのも、あそこで傷ついて倒れているのも、今目の前にあるリアルってやつだよ」

「っ!」


 頭をかち割られて倒れているミノタウロス(仮)に、石器が喉笛に突き刺さっているリザードマン(仮)。片方は即死、もう片方もこのままでは遠からず死ぬだろう傷だ。

 ジョージが息を呑む。戦場の空気に興奮し、視野が狭まっていたことを自覚しただろうか。


「さ、行くぞ。あんな状況のところにカルロス氏が巻き込まれたらどうする」

「そ、そうだったな。行こう」


 苦い薬でも飲まされたような顔で、ジョージが頷く。

 超能力での隠蔽はかけているが、うっかり見られても困る。出来るだけ静かに木から降りた二人は、身をかがめて森の中へと引き返した


***


「なあ、キャプテン」

「駄目だ」


 木々の間を走り抜けながら差し込まれる言葉に、カイトは思考ひとつ挟まずに返した。後ろを走るジョージが不満そうにする気配を背中に感じる。


「まだ何も言ってねえよ」

「あの争いをどうにかしたい、って言うんだろ」

「分かってるんじゃないか。やっぱりキャプテンも同じ気持ちなんだな!」

「いや、まったく。むしろ手助けをしようとか言い出したら、ここで君を気絶させて船まで戻る覚悟を決めたところだ」

「何でだよ!?」


 ジョージが苛立ちを露わに立ち止まる。カイトも足を止めた。

 説明しなければ分からないかと思ったところで、ジョージが背中に手を伸ばす。サイオニックランチャーを取り出し、右手首に装着する。

 殺気を露わにしたジョージに面倒くささを感じながら、口を開く。


「連邦法では、未開惑星への不用意な干渉を禁忌としている。その場の気分ひとつで助けたいとか言わないでくれ」

「連邦法? 俺は連邦人じゃない。あんたがどうしても駄目だっていうなら、俺だけでも行くぞ。あんたと戦ってでもな!」

「そうか。で? どっちを助けるんだ」

「えっ」

「蜥蜴の方と、牛っぽい方。どっちを助けるつもりだ、君は」

「どっち、って」


 意気込んでいたジョージが言い淀む。カイトは説教臭くなるのを自覚しながら、続ける。

 善良なのは良い。だが、善良を向ける先を間違えるのは許されない。


「彼らは争っていたよな。僕たちの事情とは関係なく。彼らの戦う事情も知らず、何を大義にして、どう助けるつもりなんだ君は」

「それ、は」

「助けた後はどうするんだ? 戦いはいけないって教化でもするか? 彼らが共存できるような道でも示してやるつもりか?」

「駄目、なのかよ」

「駄目だね。君は神様でもやるつもりか」


 唾棄するかのように、言い捨てた。

 ディーヴィンの行った反吐の出る行為については、カイトとエモーションだけの秘密にすると決めてある。だから目の前の幼稚な男に告げるつもりはない。

 ジョージはまだ諦めていない。だから言わなくてはならない。


「神様の名の下に、彼らの進化を歪めて、彼らの選択する自由を奪うのか」

「その為に、目の前で死ぬ命を見捨ててもいいと言うのかよ」

「見捨てる? 見捨てるんじゃない。彼らの選択を尊重するんだ。戦って、目の前の敵を滅ぼして、自分の子孫に出来るだけ良い未来を残そうという選択をね」

「そんなことしなくたっていいって、俺たちはそういう未来の可能性を知っているんだぞ!」

「違うね、そういう未来を掴み取ってきたんだ。僕たちの先祖が! 命を賭けて!」


 ジョージがもしも神様をやる、覚悟はあるなどと言い出したら。きっと怒りを抑えきれないだろうなと、頭のどこか冷静な部分が判断した。

 カイトのそんな思いには気づく様子もなく、ジョージもまたヒートアップする。


「それを教えようって言うんじゃないか! 何が悪い!」

「自分たちの行動に反省も後悔もなく、ただそういう未来だけを与えられることっていうのはな、責任の放棄なんだよ! もう一度聞くぞ、君は神様でもやるつもりなのか? その覚悟はあるのか!」

「あ――」

「あるんだな、神として敬われて、彼らの選択する自由を阻んで、彼らの彼らなりの発展を妨げて、彼らがいつか自分たちの力で掴み取るはずだった未来を自分勝手に塗り替える覚悟が、君に」


 ある、と。

 言おうとしたジョージの口が固まった。カイトが超能力で固めたわけではない。カイトが続けた言葉に対しての覚悟を、決めきれなかったのだ。

 一瞬で頭が冷えたらしいジョージだが、まだサイオニックランチャーを外してはいない。つまりは、戦闘態勢のまま、というわけだ。


「僕がカルロス氏を救助しようと思った理由は、基本的には善意じゃない。安易に彼ら現地の種族に接触した結果、神様なんてものに祀り上げられてみろ。この星の未来に関わる」

「俺は、そんなつもりじゃ」

「連邦が彼らに干渉しないのは、そうやって歪んだ文明に未来がないからだ。もう一度言うぞ。君が彼らを救おうなんて、その場の雰囲気に流されて眠たい世迷言を言うなら」


 カイトの髪から紫電が舞った。


「君は僕の敵だ。僕は君を止める。たとえ殺してでもね」


 それが同じ地球人として、するべきことだからだ。

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