見た目と本質は別だったりする

 ジョージの腹から控えめな自己主張が発生したのは、森の外がぼんやりと見えてきた辺りだった。


「燃費悪いのかい?」

「スマン。単純に十日ほど食べてない」


 なるほど、それは仕方ない。

 身体改造によって人体は随分とあらゆる悪条件に耐えられるようになるが、食事が必要という一点についてはそうそう変わらないのだ。

 体に葉緑素のようなものを植え付ける改造もあるにはあるのだが、肌の色が変わることと、決してエネルギーの生産効率が良くないことから敬遠されがちだ。


「ずっと追われていたからな。補給らしい補給も出来なくて」

「じゃあミズ・タルミラも食事をしていないのかな」

「いや。ガールにはちゃんと食事を取らせているよ。連邦の勢力圏までは逃げ切れる算段だったんだが」


 どうやらジョージは自分が食べる分を減らして、リズに優先して食べさせていたようだ。男のこういう時のやせ我慢については、スルーしてやるのが人情だろう。

 そういう意味では、カイトの食事事情は気楽なものだ。エモーションは食事しなくても困らないし、カイトはいざとなれば超能力で中央星団に戻ってしまえば良い。地球時代の教育で仕込まれた調理技術についても、役立てる場面がこれまで一度もなかったほどだ。

 多分エモーションは、カイトが料理をそれなりに嗜むことなど思いもしないだろう。まあ、出来ると知られれば事あるごとに作れと請われそうではあるが。


「ま、人間たるもの食事は必須だよね。よし、そしたらちょっと獲物を探してこようか」

「えっ?」

「君、もしかして内臓まで強化してないのかい。ここの生物には、地球人には有毒な成分が含まれているかもしれないけど」

「い、いや。それは大丈夫だが……」

「なら大丈夫かな。ちょっと待っていてくれ」


 カイトはジョージに動かないように告げると、するすると手近な木に登る。

 トータス號の墜落地点からはそれなりに離れたからか、生物の気配が感じられるようになってきた。

 出来れば地球の生物に近しい姿の動物だといいんだけど、と我侭なことを思いながら視界を一時的に強化する。


「見つけた。いい感じに四つ足だし、解体しちゃえば気にならないかな」


 足の長いアルマジロみたいな姿の生物が目に映った。体長は三メートルほど、随分と大柄だ。こちらを警戒している様子がないのは、おそらくこの辺りの捕食者としては上位に位置するからだろう。

 知性体である可能性も捨てきれないので、カイトはまず木々を飛び移って、生物の近くに体を晒す。


『ハロー』

「!?」


 言語によるコミュニケーションを取るかどうかも不明だが、言語を操るとしても、言葉が通じるわけはない。割り切って、テレパシーによる対話を試みる。

 足長アルマジロ(命名)は驚いたように後ろ脚だけで立ち上がり、周囲を見回した。目が合う。


「クギャアアアアッ!」


 威嚇。前脚を振り上げた姿は、熊っぽくも見える。

 カイトは失礼と思いながらも、足長アルマジロ氏の心を読み取るべく超能力を行使する。敵。食糧。ひ弱。食いたい。初めて読んだ心の形は掴みにくいが、こちらとコミュニケーションを取るつもりはないらしい。


「ふむ。これならまあ、この星の知性体とは判断しなくて良さそうかな」


 最悪これが発展途中の知性体だったとしても、痕も残さず食い尽くしてしまえば問題にもならないだろう。カイトは割り切ることにして、目を細めた。


「恨むなとは言わないよ」

「カガッ……?」


 足場にしている木の枝を一本拝借して、そこに超能力を通す。

 枝自体を高速回転させて投擲。超能力を通されてカイトの管理下にある枝は、真っすぐに飛翔して足長アルマジロの首を刎ね飛ばす。

 噴き出す血液の色は緑。食欲なくなる色だなあとぼやきながら、生命活動を終えた足長アルマジロの胴体を空中に浮かせた。


「さてと、下ごしらえを始めますかね」


***


 取り敢えず足長アルマジロの解体を終えたカイトは、必要な量のロース(と判断できる部位)を持ってジョージの元へと向かった。他の部位も回収しておきたいところだったが、今は目的を優先すべきと泣く泣く土を掘って埋めている。


「戻ったよ」

「お、おおキャプテン! 早かった……な」


 喜色を露わにしたジョージが、目を丸くした。

 カイトが自分の胴体ほどもある生肉を担いでいるからだろう。流石に大型生物、肉も中々のボリュームだ。


「大猟だったよ。さ、調理するから準備をしよう」

「ま、待て待て待ってくれキャプテン・タイト!?」

「どうしたんだい」

「ちょ、調理って、それをか!? み、緑色してるじゃないか!」

「大丈夫だって、この星の生物の体液がちょっと緑色していただけだから」

「大丈夫な要素が分からない!」

「味や栄養素はともかく、今は腹を膨らませるのが最優先じゃないかな」

「そ、そうかもしれないが……」


 これの元が巨大なアルマジロだったことは言わない方が良いかな、と会話の中身で感じたカイトは、空中に肉を浮かせて準備を始める。

 近くの木々の枝を払い、超能力で水分を奪う。奪った水分で生肉の表面を洗いながら、枝を集めて焚き火の形に。太めの枝を払って加工し、スライスした肉を突き刺して焚き火の側に差す。


「着火、っと」


 指を鳴らせば、枝の中心から軽く火が上がった。

 火が安定したところで、カイトは地べたに腰を下ろした。肉を火で炙りつつ、視線は頭上へ。


「煙もそれほど出ていないね。手早く焼いて、食べちゃおう」

「お、おう」


 出来るだけ早めに食事を終えて、調理の痕跡を消す。煙があまり出なかったのは幸運だった。

 この星にいる知性体とやらは原始的だが文明を持ち始めたと聞いている。それならば、少なくとも肉を火で炙って食うくらいの知性はあるはず。

 そう割り切ってカイトは焼けた肉に齧りつく。

 じゅわりと拡がる肉汁。脂の甘味が地球のそれとは異なるが、味としては許容範囲だろう。少なくともリティミエレの故郷の味よりは遥かにマシだ。何しろ美味い。


「食べないのかい? 毒があるかどうかはともかく、美味いよ」

「あ……ああ」


 漂う香気に我慢できなくなったか、ジョージもカイトにならって地面に腰を下ろした。肉を火で炙り、ごくりと喉を鳴らす。

 最初の一口は恐る恐る、目をつぶって。


「熱ふっ!」


 熱さは許容範囲外だったようだが、どうやら味は満足いくものだったらしい。

 味わうように咀嚼して、嚥下。ほう、と満足の溜息をつくと、二口めからは豪快にかぶりついた。


「じゃあ、僕も」


 カイトも肉を頬張る。何しろ久々の調理だ。

 後は塩でもあれば完璧なんだけどな、などと考えながら。しばらく二人、無言で食事に勤しむ。

 次に声を上げたのはジョージだった。取り敢えずの空腹は治まったのだろう、それでも肉を齧りながら行儀悪く聞いてくる。


「それにしてもキャプテン。器用なんだな?」

「そうかい?」

「ああ。俺だって超能力にはそれなりに適性があるみたいだが、キャプテンほどの操作はとてもとても」

「この力は、想像力次第で何でも出来るそうだよ」

「そうなのか?」

「師匠の受け売りだから、本当かどうかは知らないよ。僕は想像力が足りなくて、何もないところで現象を起こすのが苦手でね。例えばこの枝みたいに、媒介になるものがあれば別だけど」

「へぇ。それなら本物のキャプテン・カイトはもっとすごいんだろうな」

「どうだろうね」


 ジョージの憧憬を感じさせる言葉には、苦笑交じりで結論を濁して。

 二人は肉が無くなるまでの短い時間、しばしの談笑に興じるのだった。

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